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学長ブログ

学長ブログ ~学長のつぶやき~

2018年5月16日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 本学の隣の小学館は、まんが「ドラえもん」や「うる星やつら」の出版社であり、地下鉄神保町のA8出口から通う方は、これらの宣伝画像を目にすることがあると思います。小学館の隣の集英社は、週刊少年ジャンプの「ワンピース」の出版社として有名です。このように神保町は、まんがの聖地の中にありますが、エンタメとしては映画との関連も深いようです。
 神保町の古本屋には古い映画のパンフレットやブロマイドなどを専門に扱う店があります。私が本学の勤務を始めたころ(2003年頃)、休みの日に古本街を散歩していると、私の卒業大学の先輩の先生にお会いしました。その先生は、大阪にお住まいでしたが、小津安二郎の映画ファンで、その関連書籍を探しにわざわざ古本街を散策しているところでした。私には近しい先輩でしたので、大変なつかしくまた嬉しく思い、近くの喫茶店で思い出話をしました。実は私も小津安二郎の映画ファンなのです。
 神保町界隈は比較的に映画館のある街です。現在は、岩波ホールと神保町シアターがミニシアターとしてありますが、昔はもっとあったらしい。本学の本館竣工後、卒業生の方が屋上から東の高層ビルの方を指さしながら、「学生の頃、授業の合間によく映画を見に行ったけれど、その映画館はもうないわ」と言われたのを聞きました。今の三井ビルのところに映画館があったらしい。
 岩波ホールは、1968年開設の岩波神保町ビル内のミニシアターで、大手興行会社がとりあげない名作を選んで上映しているのが特徴です。日本では戦後に映画ブームがおき、映画館数は今の10倍近くあり、観客数も年間10億人を超えていました。その後、1960年代のテレビの普及に伴い、映画館数、観客数も減ってきました。私が生まれたK市は、人口5万人でしたが映画館が5館もあり、小学生のころは毎週のように祖父につれられ映画館に通いました。そのころの映画は連続活劇が多く、毎回に「続く」という終わり方をするので、次の週には見に行きたくなります。今では、その市には映画館は1館もありません。映画斜陽の時代に、映画の灯を消さないように作られたのが岩波ホールです。映画に凝っていた学生時代に見に来たのを思い出します。ちょっと難解な芸術的な映画が上映されるのが特徴です。
 私が今凝っているのは神保町シアターです。神保町シアタービル(神田神保町1-23)にお笑い劇場の神保町花月と一緒に入っています。神保町シアターは小学館運営で、いわゆる名画座の範疇に入る映画館です。名画座とは過去に封切りされた映画を、封切り映画の料金より安価で上映する映画館です。私が学生のころには都内には多くの名画座があり、安価な料金で名画が見られるのが特徴で、学生に人気でしたが、減ってきました。その中で神保町シアターは11年前にオープンしました。このシアターの特徴は、主に日本映画について特集を組んで上映し、自由席定員制、整理番号順、各回完全入替制をとり、私のようなシニアは1回千円と安価であるのがありがたい。お客さんは私より年配の方が多い。先日の特集は、先に述べた小津安二郎の特集で、「映画監督小津安二郎「をんな」たちのいる情景」として、14日間で10作品が上映されました。私はその中で私が生まれた年に制作された「晩春」をみにいきました。
 私が今見たいと思っている特集は、笛吹童子、赤胴鈴之助などの子供の時に見た冒険活劇です。
 もっと映画を見る余裕がほしいなとつぶやく学長です。







2018年5月7日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 4月29日のNHK日曜日スペシャルのテーマは、シリーズ大江戸 サムライが築いた「水の都」で、東京の水路のことが紹介されていました。
 そういえば、先日から本館の入り口に連休中の三崎神社祭禮の「のぼり」が飾られていました。三崎神社は、千代田区三崎町にある由緒正しい神社です。本学からほど近い水道橋駅の近くにありますが、三崎神社の三崎は、「岬」に通じ、元の三崎神社の界隈は海岸であったことを示唆します。
 東京は水路の街といわれますが、本学の周りにも水路があり、水路の街の真ん中にあります。3号館の前の水路は日本橋川で、日本橋に通じています。本学は、首都高速道路の竹橋の近くからキャンパスが見えるので有名ですが、実は首都高などは水路の上に建設されたために、高速道路からキャンパスが見えるということはキャンパスが水路に囲まれていることを示します。昭和39年(1964年)の前の東京オリンピックのときに東京に高速道路を建設するのに水路の上に高速道路を作るしか方法がなかったのでしょう。今は日本橋のたもとから船にのり、隅田川、神田川を経て水道橋のところから日本橋川にでて、本学の3号館前の水路をとおり、日本橋に戻る観光船があり、下から本学を望むこともできます。
 なるほど共立女子大学・女子短期大学は東京の中心にある大学であるとつぶやく学長でした。







2018年4月28日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 本学の住所は千代田区一ツ橋です。 一ツ橋は、今NHKで放送中の大河ドラマ「西郷どん」の中で活躍する「ヒー様」こと一橋慶喜の住居地として有名になるかもしれませんが、神田神保町の方が本学になじみのある町名です。神保町は本の街として有名ですが、カレー屋の多い街としても紹介されます。神田神保町界隈に300件のカレー店があるそうです。何故神保町にカレー店が多いかは、本を読みながら、片手で食べるのにカレーが適しているからだと説明されています。
 神保町はまた中華料理店が多い街で、神田チャイナタウンなどとも呼ばれることがあるそうです。私が感激したのは、すずらん通りに日本で最初に「冷やし中華」を販売した揚子江菜館(神田神保町1丁目)があることなどです。
 ところで何故神保町に中華料理店が多いかは、カレー屋が多い理由より学術的です。明治期には、日本は中国から留学生を多く受け入れたそうです。東亜高等予備学校は日本語学校の一つで、そこにはかの周恩来が学び、学校の跡地である神保町の千代田区愛全公園(神田神保町2丁目)には、「周恩来ここに学ぶ」の石碑があります。ちなみにこの愛全公園も千代田区の喫煙所が設置されていましたが、4月1日より閉鎖されたのは前のブログに書いたとおりです。
 明治期に来日した中国人を悩ましたのが当時日本で流行っていた「脚気」でした。脚気は、白米を主食とする当時の日本人に多い欠乏症で、重症となると心臓脚気を生じ心不全で死に至ることもあります。NHKの「西郷どん」の先日の放送で、又吉さん演じる徳川家定が急死したのは持病の脚気によるとされています。今ではビタミンB1欠乏症として認識されていますが、当時は漠然と食事に原因があると思われているだけでした。中国からの留学生に多い脚気を何とかしようとして中華料理を食べてもらうために中華料理店が多く開店したのが神保町に中華料理店が多い理由として説明されています。
 今日の昼食はカレーライスであったので、明日はチャーハンと餃子にしようとつぶやく学長です。







2018年4月20日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 春らしい天気の日は外に出て散歩をしたくなります。本学界隈は本当に散歩に適した街と思います。花鳥をめでるのが好きな人には北の丸公園があるし、街角ウオッチングが好きな人には神保町界隈は散歩していて飽きがきません。
 春の散歩では、春らしいにおいも楽しめますが、公園などに喫煙所が配置されていると煙草のにおいで折角の気分が害されてしまいます。今日たまたま俎橋のところを歩いていると、橋のたもとの公園内の喫煙所が閉鎖されていました。千代田区が生活環境条例により公園内禁煙を4月1日より行うことになったと区の職員により説明を受けました。
 これはとてもいいことだと思います。千代田区は、平成14年から罰則付きに路上禁煙をとりいれていました。平成15年に本学に赴任した私は、千代田区の禁煙の状況をつぶさに見てきました。路上が禁煙であるために、公園に喫煙所が設置されることになったのだと思われます。今回、公園内禁煙が条例で決まり、喫煙所の閉鎖になったようです。
 受動喫煙の問題は、他人の煙で自分の健康が害される理不尽さもさることながら、においの不快感が大きいと思います。実際に、喫煙者であってもレストランでは禁煙の席を好むのです。
 千代田区は屋外の禁煙が厳しいので、かえって屋内のレストランなどで喫煙ができるところが多い気もします。この頃は、煙の出ない電子たばこを屋内で吸うひとが増えているとはいえ、屋内禁煙もすすむことを期待するex-smokerのつぶやきです。







2018年4月17日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 4月1日より学長に就任しました。新学長のデビューは、4月1日に行われた入学式での式辞でした。人前で話すことには慣れているとはいえ、大変緊張しました。式辞の内容の準備にも時間をかけましたが、いざ登壇して多数の入学生とその保護者の方々を目にすると声がふるえました。新人のデビューは1回きりですが、これから卒業式、入学式のたびに緊張しそうです。
 4月4日の金曜日は入学式を挙行した学校が多いようでしたが、私は孫の小学校の入学式に保護者として出席しました。校長先生の式辞につい聞き入りました。内容は小学校1年生に対して短くわかりやすい話でした。「みなさん3つのことに努めてください。1つ目は、学校では元気に挨拶をしましょう、2つ目は友達となかよくしましょう、3つ目は、自分で進んで勉強しましょう。」 この3つの目標を聞いて、私が大学の入学式で話そうとしたことと大きく変わらないことに気が付きました。日本の学校の教育の目指すところは、小学校から大学まで一貫しているものと思いました。

 以上が学長のブログのデビューです。