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学長ブログ

学長ブログ ~学長のつぶやき~

令和3年4月26日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 4月12日月曜日は前期授業の開始日でした。本学は対面での授業を中心とする方針でしたので、多くの学生が校内に集まりました。久しぶりに学生が集うキャンパスとなりました。大学での学びは、多種多様な考えを持つ友人や教員・職員と場所と時間を共有することで生まれるものではないかと実感しました。もちろん、感染症対策を万全におこなっている上でのことです。
 4月14日水曜日は、東京2020開会式の100日前と報道され、この日聖火は大阪から四国に渡りました。しかし、コロナ感染症罹患者増加の著しい大阪市の聖火リレーは無観客にて万博記念公園にて行われました。オリンピックを迎える雰囲気にはなりません。1964年の東京オリンピック前の高揚した気分を覚えている私としては残念です。
 4月16日金曜日には、小池東京都知事から大学に対してオンライン授業を増やす要望文書が届きました。不要不急の外出を控え、県を超えての移動は控えるように要請されます。4月20日火曜日には、大阪の方から国に対して緊急事態宣言発出の要請がなされました。その中には映画館の休業要請が含まれます。東京にも緊急事態宣言が発出され、また、映画館が休業するのかと思うと悲しくなります。昨年の緊急事態宣言下の状況は、令和2年5月22日のブログに書きました。
 映画好きの私は、映画館にいくかわりに時々テレビで映画をみます。最近は、NHKBSプレミアムのお昼のプレミアムシネマを録画して見るのが楽しみです。プレミアムシネマの放送作品を選んでいる人は映画好きらしく、古い外国映画としてチャップリンやヒッチコック、西部劇、日本映画の名作から最近のヒット作まであり、新聞のテレビ欄で映画の名前を見るだけでワクワクするようなラインアップに感心します。
 3月30日火曜日には「笑の大学」(2004年)が放送され、私は後日、録画ビデオを見ました。この映画は、三谷幸喜原作・脚本の舞台劇を映画化したもので、2004年製作(星護監督)です。戦時下の劇団の台本を検閲する警察官と劇作家の話です。
 映画が終わった後のエンドロールには、映画製作の協力者などが示されるので、私はそれを見ながら、映画の撮影状況を想像するのが好きです。「笑の大学」のエンドロールの最後に「共立女子大学 劇芸術研究室」と書かれていました。ビデオに録画していたので停止してその場面を写真にとりました(写真)。
 この映画の製作に本学の劇芸術研究室の先生が協力されたのだろうと想像して、深津文芸学部長にお聞きしたところ、すぐに以下の返事がきました。この文章は劇芸術研究室の阿部由香子先生のメイル文章です。
 「映画『笑の大学』(2004年公開)は製作段階で共立女子大学文芸学部劇芸術研究室に取材にいらっしゃって阿部が対応いたしました。なぜうちに来たかというと、戦前の築地小劇場検閲台本のコレクションの原本を所蔵していたからです。本学でこの貴重な検閲台本を所蔵していることはよく知られており、『笑の大学』製作スタッフは、とりわけ検閲印を小道具として作るために原本を見たいというリクエストでした。当日、実際にお見せして写真も撮影を許可したかと思います。映画の中でも、冒頭で向坂(役所広司)が台本に「不許可」の印を押す場面で、印をアップにして下からのアングルで撮られています。舞台版ではこのようなシーンはありませんので、映画版を撮るにあたって検閲の印や台本(ガリ版刷り)の厚みなど、より感触が伝わる作品になっている傑作であると思っております。ちなみに「劇芸術概論A」(演劇の入門的な内容)の社会と演劇の回ではこの10年近く必ず映画『笑の大学』を見せながら観客論や検閲制度について話してきました。検閲台本も現在は図書館の貴重書扱いで保管してもらっています。本学所有の貴重な文化資源の一つとしてアピールできるタイミングがありましたらいつでもお手伝いいたします。」
 築地小劇場は、日本初の新劇の劇場で、1924年から1944年まで活動したようです。このような貴重な資料が本学にあるのは知りませんでした。本学には実は少し貴重な資料をたくさん保有しているようです。

 本学の貴重な資料がもっと世間に公開されるといいのにとつぶやく学長でした。






令和3年4月12日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言を安倍前首相が2020年4月7日に発令して1年になりますが、収束の兆しはなく、4月8日に東京都が「まん延防止等重点措置」の適用を政府に対して要請しました。そのような状況の中で、4月8日、9日に入学式を共立講堂にてとりおこなうことができました(写真左)。
 前回の共立講堂での入学式は、2年前平成31年4月1日でした(平成31年4月5日の学長ブログ参照)。昨年度は入学式を中止とし、かわりに入学お祝い学長メッセ―ジを発信しました。また、10月1日からKyoritsu Welcome Weeksとして3回にわたり共立講堂で新入生歓迎の式をおこないました(令和2年10月28日ブログ参照)が、やはり4月のこの時期に共立講堂での入学式典は、学生にとっても、私達教職員にとっても特別の感慨があります。
 今年度は、感染症対策として4回に分け、ご家族の方の列席はお一人に限り、式の様子はビデオ撮影して同時配信しました。式の内容は、国歌や学園歌、学生歌は黙唱としました。1昨年までは4月1日でしたが、今回は4月8、9日とし、また例年より暖かい日が多かったせいで、白山通リ沿いの桜の木は葉桜となり、つつじが咲き始めていました。
 学園の共立講堂を入学式典に使えることはありがたく思います。
 共立講堂は昭和13年に落成し、2500人(今の定員は1769席)を収容できる大講堂として多くの人に使われてきました、本学のシンボル的な建物です。
 戦前は三国同盟の決起集会、戦後は1948年(昭和23年)第1回のど自慢全国大会、1950年(昭和25年)湯川秀樹博士ノーベル賞受賞式から帰国後講演会などに使われました。残念ながら昭和31年に焼失しましたが、昭和32年に再建され、その当時このようなホールは数少なく、フォークの殿堂として、吉田拓郎など多くのコンサートが開催されました。そのため、共立講堂は今でも有名であり、一般の人には共立女子大学より有名かも知れません。最近私が知ったことですが、白山通リと内堀通リが交わる平川門交差点にある標識には、共立女子大学ではなく共立講堂(Kyoritsu Auditorium)と示されています(写真右)。
 協同で設立したことを意味する「共立」は一般名詞なので、共立をなのる企業は多いので、「共立」だけで本学をイメージするのは難しいです。しかし、共立女子大学のブランディングに、「共立講堂のある共立女子大学」とする訳にはいかないので、やはり「共立」(Kyoritsu)そのものを大学のブランドにすることを目指したいとつぶやく学長でした。