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学長ブログ

学長ブログ ~学長のつぶやき~

令和2年9月7日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 新型コロナウイルス感染症のピークは7月末にあったらしく、8月の感染者数は横ばい、漸減傾向にあり、本学では予定していたリアルオープンキャンパスを8月21日(金曜日)、22日(土曜日)とおこなうことができました(写真左)。完全予約制で人数と時間を制限した形ではありますが、多くの高校生と保護者の方に来て頂けました。
 7月4日からおこなっていた土日曜日限定の学校見学会も継続していますが、オープンキャンパスでは教員による学部科の紹介や模擬授業があり、高校生に学部科の魅力を直接紹介する機会になっていて、来られた方の満足度も高いようです。web オープンキャンパスもホームページ上で更新を繰り返しながら公開を継続していますが、実際にキャンパスに来られて生の講義を聴講するのは生徒や保護者の方への影響が大きいと思います。
 新型コロナウイルス感染症拡大の収束が見られないうちにキャンパスに人を集めてのイベントは感染症対策を十分に行った上で開催できるのではと思っています。寺田寅彦は、随筆の中で「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」と書いているそうです。新型コロナウイルスに対して正しく恐れるつもりで取り組んでいきたいと思います。
 8月28日には7年8か月の最長在位を記録したばかりの安倍総理が突然の辞意表明をなされました。収束しないコロナ禍や来年に延期したオリンピックのことを思えば断腸の思いであったと推察します。次期総理候補の一人として菅義偉官房長官の名前があがっています。菅氏は、平成31年の4月1日に官房長官として新年号を「令和」と記者会見で発表しました。平成31年4月5日のブログにその事を書いています。写真右は、国立公文書館(千代田区北の丸公園3-2)に展示されている菅氏が発表した時の「令和の書」の複製を写したものです。
 国立公文書館では「競い合う武士たち -武芸からスポーツへ-」と題した企画展が行われていて、私はたまたま8月20日に見学に行って令和の書の写真を撮りました。この展覧会は東京オリンピックに合わせて、企画されたようでしたが観客は少なかったです。無料でかつ予約のいらない展覧会なので見学に行って、記念に令和の写真をとりました。
 そう言えば平成の新年号を昭和64年1月7日に記者発表した当時の小渕恵三官房長官は、平成10年に第84代内閣総理大臣に就任しました。
 官房長官は政府の公式見解を公表する報道官の役割があるらしい。

 9月に予定されているオープンキャンパスも無事に行えますようにとつぶやく学長でした。  







令和2年8月19日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 新型コロナ感染症対策のために休館となっていた美術館や映画館が再開されましたが、美術館は期日指定入場券を予約して入場が求められ、映画館は座席数を半分以下にした座席指定を求められます。美術館や映画館には時間をしばられず、気の向いたときに行きたいものです。
 国立映画アーカイブ(京橋)では、「松竹映画の100年」という展覧会が7月7日から行われていて、上映会は予約が必要ですが、展覧会は予約不要なので出かけてきました(写真)。国立映画アーカイブは、前身のフィルムセンターから2018年4月に変身した施設です。令和元年11月28日のブログにも書きましたが、今回国立映画アーカイブとなってから初めての訪問でした。
 松竹が松竹キネマ合名社を創立し、蒲田に撮影所を開設して映画の製作を開始した1920年(大正9年)から今年は丁度100年になるのを記念した企画です。松竹という名が白井松次郎と大谷竹次郎の兄弟の名前に由来することを初めて知りました。
 フランスのリュミエール兄弟がシネマトグラフを発明し、映画を最初に上映したのはフランスリヨン1895年(明治29年)でした。日本での初上映は1897年(明治31年)とされ、上映館の一つに神田錦輝館があげられます。「神田錦輝館活動大写真の図」は、国立映画アーカイブの常設展示室の最初に展示されていました。神田錦輝館は、神田錦町3-3、神田税務署のところにあったとされ、1918年に火災で焼失しましたが、共立女子職業学校の学生もきっと見に行ったに違いないと思いました。
 日本における映画の製作は1899年(明治32年)が最初とされます。松竹映画は1920年からですが、その前に日本活動写真株式会社(日活)が1912年(大正元年)にできています。今回は松竹の初期の無声映画(1927~1930年)を3本鑑賞しました。松竹の映画の特徴は、小市民映画と呼ばれるメロドラマ風、喜劇風なもので、その特徴が既にでていました。
 戦後には小津安二郎や木下恵介監督が1950年代の日本映画の全盛期を作りました。1960年代以降は、松竹ヌーベルバーグと言われた大島渚監督作品、「男はつらいよ」で代表される山田洋二監督作品などを輩出しました。
 令和元年11月28日のブログで述べた黒澤明監督の「七人の侍」(東宝)は、私の見た映画の中でベストワンですが、1954年のキネマ旬報ベストテンでは、第3位です。その時の第1位は、木下恵介監督「二十四の瞳」(松竹)、第2位は、木下恵介監督「女の園」(松竹)でした。この両作品ともに木下恵介が脚本を書き、高峰秀子が主演し、音楽は木下忠司が担当しています。この3人が組み合わさった映画には世界の黒澤でもかないません。高峰秀子は、自立と自活がにあう女優でした。男性に負けない自活した女性を演じました。黒澤映画で目立つ女優は、弱い立場の妻として描かれる香川京子(天国と地獄、悪いやつほどよく眠る)か、夫をそそのかす悪女として描かれる山田五十鈴(蜘蛛巣城、用心棒)でした。そこが、黒澤監督作品が木下恵介監督作品にかなわない理由と思われます。
 8月末から神保町シアターでは、「生誕百年記念 映画女優原節子」特集をおこないます。原節子は松竹映画ができたときに生まれたことを確認しました。

 早く映画館や美術館に自由に行ける日がこないかなとつぶやく学長でした。







令和2年7月30日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 毎年6月に実施されていた健康診断は延期され、9月に実施予定と連絡がありました。健康診断は不急であるけれど、不要ではないと判断されたようです。
 定期健康診断受診は、労働安全衛生法で決められた労働者の義務ですが、健康診断は疾病の早期発見と早期治療を目指すもので、公衆衛生では2次予防と呼ばれます。早期発見を目指す疾病は、慢性に進行する比較的多い疾病で早期発見して治療することで、生命予後改善が期待されるものです。例えば、「がん」や循環器疾患(心疾患や循環器疾患)です。
 心疾患や脳血管疾患は合わせると「がん」と同じくらいの死亡率になるものです。ただ、急に発作として発症するので、発症そのものの予防は難しく、循環器疾患の危険因子(なりやすくする因子)である高血圧、脂質異常症、糖尿病などを健康診断で早期発見して早期治療することになります。急性心筋梗塞などの心疾患は急死として発症することが多いので、発症時の対策が重要となります。私は、病院で循環器内科の医師をしていましたので、急性心筋梗塞を発症して入院する患者さんの診察は経験しましたが、実は病院に到着前に心室細動などの不整脈で死亡する例の方が多いのです。
 先日、本館前で心肺停止の男性が蘇生されるのを目撃しました(写真)。中年の男性が、心肺停止の状況で倒れており、若い女性二人が心マッサージを行っていました。近くのビルの警備員らしき人が持ってきたAEDを装着し、電気的除細動がおこなわれました。当該男性は自発呼吸を開始し、やがて到着した救急隊員が心肺蘇生を引き継ぎ、救急車に乗せて搬送する様子を写したのが写真です。この男性は恐らく蘇生した心臓性急死と記録されるでしょう。心肺停止後、除細動をするまでの時間が短いほど蘇生できる可能性が高くなります。
 わが国で心疾患の救急蘇生の必要性が言われ始めたのは1990年代からで、救急救命士の第1回国家試験は1992年(平成4年)、非医療従事者もAED使用可能としたのは2004年(平成16年)からです。年間約12万件の心肺停止例が救急搬送されていますが、救急隊が到着前に蘇生術がおこなわれると救命される可能性が高くなります。
 疾病の早期発見早期治療の二次予防は、新型コロナウイルス感染症には適用されません。そもそも急性の疾患には適用されないし、早期発見しても治療法はありません。
 疾病が発症する前の予防対策は一次予防と呼ばれます。一次予防は、健康増進と特異的予防からなります。健康増進は、ある特別の病気を考えずに、病気に対する抵抗性を高める行動をいい、適度な身体活動、十分な睡眠、たばこを吸わない、適度な飲酒、生活環境改善などです。特異的予防は、ある疾病の侵入を防ぐ行動であり、予防接種、職業病の予防、事故の防止(シートベルト着用)、発がん物質の防止などです。新型コロナウイルス感染症予防では、咳エチケット、マスク着用、手洗いなどが相当します。
 7月24日はスポーツの日としてオリンピックの開会式が予定されていた日です。来年の同じ日にオリンピックが開催できるのかどうか、皆考えたくないようでテレビでも話題にはなりませんでした。オリンピック開催の条件として新型コロナウイルス感染症の予防接種ができることなどと言われます。予防接種には、集団・社会防衛を目指すものと、個人防衛を目指すものがあります。集団防衛を目指すには、集団の8割程度が予防接種を受けないと集団の免疫状態にはならないと言われます。個人防衛はインフルエンザなど、その感染症に罹患するとリスクが高い人が受けるものです。新型コロナウイルスの予防接種は、個人防衛の考えに基づくものとしてスタートすると思われます。予防接種の事は2018年6月12日のブログにも書きました。

 カウチポテトから脱却して少しは体を動かしたいものだとつぶやく学長でした。







令和2年7月13日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 7月4日の土曜日に、学校見学会の1回目が行われました(写真)。これはオープンキャンパスに代わるものとして始めたもので、土曜日曜限定1日3回、毎回完全予約制にて、キャンパスツアー、入試相談、学部科個別相談、学生フリートークなどを体験して頂くものです。写真は、最初の説明をしている学生と見学会に参加した高校生と付添者の様子です。私の挨拶は終わった後です。見学者が座る机にはアクリルボードを立てかけています。
 新型コロナウイルス感染症が収束しない状況のため、対面でおこなうオープンキャンパスは5月から7月までを中止とし、ホームページ上でwebオープンキャンパスを6月5日より本格公開しています。しかし、オープンキャンパスの本来の目的は学校に来ていただいて、キャンパスや学生の様子に直に触れて頂くことです。本学の特徴である、アクセスの良いキャンパス、親切で優しい学生のことはwebでは分かりません。そのため、土曜日曜日に人数を限定して学校見学会を行うこととしたのです。オープンキャンパスのミニ版と言えます。
 webオープンキャンパスは、いつでもアクセスできる、繰り返し視聴できる、遠方の方にアクセスの利便性がある、などのメリットがあります。しかし、キャンパスを体感して頂くには学校に一度来ていただきたいと学校見学会も企画されました。
 webオープンキャンパスのコンテンツは日々に更新されていますが、7月19日にはその日限定のone day web オープンキャンパスも準備しています。one dayはsome day の対語であり、その日限りの意味のほか、いつか必ず努力で引き寄せる未来の意味があるそうです。この時期にふさわしい言葉だと思います。ホームページ上でone day web オープンキャンパスの案内をしていただいているのは本学の卒業生で2020年度ミス・インターナショナル日本代表の方です。昨年度本学にお出で頂き、ミス・インターナショナル日本代表になったと報告がありました。その後、コロナによる自粛が進むなかで何かお手伝いできることがあればとお申し出があり、このような形でお願いすることになりました。有難いことです。
 新しい生活様式は新型コロナウイルス感染症の感染拡大による悪い状況をうまく利用して良い状況に変える「転禍為福」(禍転じて福と為す)の機会と捉えたいと思います。IT化が進むことはその一つです。講義のIT利用は予想外に進んでいませんでしたが、前期にオンラインの遠隔授業をおこなったことにより、一気に進みました。来年度以降、コロナ対策としてではなく、オンデマンド教材を用いた講義がおこなわれていくと予想されます。通学に苦労する学生にとってはメリットがあるだけでなく、アクティブラーニングのいいツールとなります。
 社会を見渡しても、在宅勤務、テレワークを取り入れる企業が増加し、毎朝の通勤ラッシュが緩和されていけばいいと思います。なかなか進まなかった首都機能の移転も進むかもしれません。地方再生の足掛かりになるかも知れません。

 「転禍為福」の絶好機 もっといい事ないかなとつぶやく学長でした。







※当該記事写真の掲載にあたりましては、小学館集英社プロダクションの了承を得ております。

令和2年6月23日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 新型コロナ感染症による休業要請が解除され、神保町の古書店も再開し、本の街神保町に賑わいが少し戻ってきました。休業要請の解除は、美術館や映画館などから始まったのは嬉しいことです。こういう時こそ不要不急のエンタメが求められると思います
 休業していた神保町シアターは、6月1日(月)より営業再開し、緊急企画「にっぽん喜劇の底力」として、1960-1970年代の喜劇映画が特集されました。フランキー堺、植木等、ザ・ドリフターズが主演の映画です。館内は席を半分にしてマスク着用にて利用する形でした。コロナ自粛の落ち込んだ気分を晴らすには喜劇はいいですが、笑い声は自粛でした。神保町シアターファンとしては閉館にならずによかったとまず思いました。
 学長ブログの2018年5月16日では、「神保町はエンタメの街」として神保町シアターとまんがの聖地のことを書きました。両方ともに本学隣の小学館が関係しています。
 「本の街・神保町を元気にする会」というのがあり、本学も理事として参画しています。今年の2月7日に理事会があり、出席してきました。その場で紹介されたのが、「現代マンガは神保町から始まった!?」という野上暁氏の原稿でした。戦後の第一次マンガブームは、1950年代に神保町周辺で創刊された月刊誌に始まります。その中には少年画報(神田三崎町3丁目)の赤胴鈴之助(2019年2月20日ブログ参照)も含まれます。
 1959年には小学館から「週刊少年サンデー」が創刊され、同時創刊された文京区講談社の「週刊少年マガジン」とともに当時小学生であった私達団塊の世代のエンタメ欲求を満たすものでした。しかし、私の家では、厳格な祖父が孫の教育をコントロールし、週刊まんが雑誌は読ませてもらえませんでした。その反動もあってか大学生になると小学館が発行する青年マンガ誌ビッグコミック(1968年大学1年生の時に創刊)や集英社の少年ジャンプ(1968年創刊)、秋田書店(飯田橋)の少年チャンピオン(1970年創刊)などにはまるようになりました。これらの漫画雑誌は、漫画は子供の読むものという認識を変え、当時の若い世代の人々に読まれました。ビッグコミックの手塚治虫、石ノ森章太郎、さいとう・たかを作品、少年チャンピオンのブラックジャック(手塚治虫)やドカベン(水島新司)などをよく読んだことを思い出します。
 小学館は私達団塊の世代が成長するにあわせてマンガ雑誌を制作するかのように1974年には大人むけマンガ雑誌ビッグコミックオリジナルを創刊しました。小学館が小学生用学年誌に、ドラえもん(藤子・F・不二雄)(写真)を掲載し始めたのは1970年であり、団塊の世代の子供をターゲットにしたようでした。ドラえもんは、作者の藤子・F・不二雄が1996年に死亡後も、テレビや映画で引き続き制作され続けています。小学館が運営する神保町シアターでは、ドラえもん映画祭2020年として、今年の2月1日から3月5日まで過去の39作品の上映会をおこなっていました。1980年の「のび太の恐竜」から2019年の「のび太の月面探査機」までです。私は、2月20日に「新・のび太の日本誕生(2016年)」を見にいきましたが、丁度新型コロナウイルス感染症の感染が始まったころで、劇場内には観客は数人しかいませんでした。ドラえもんの2020年度の新作「のび太の新恐竜」は、3月の公開を8月公開に延期しています。
 マンガ制作が新型コロナウイルス感染症蔓延による自粛の影響を受けた例として、朝日新聞5月9日の朝刊社会面に、「ゴルゴも「3密」回避 初の休載」という記事が掲載されていました。「ビッグコミック」(小学館)に1968年11月から連載52年のさいとう・たかをによる人気劇画。「ゴルゴ13」を当面の間休載するという内容でした。「ゴルゴ13」は、国籍不明のスナイパー デューク東郷が活躍する劇画ですが、3密状態での10人超のスタッフによる分業制のため3密の作画課程を維持できないというのが休載の理由でした。創刊の年から連載していたのはすごいことですが、手書きを中心とした分業制によるマンガ制作は日本独自のようです。これを契機に制作方法が変わるかも知れません。
 「ゴルゴ13」は、2016年のダッカ襲撃テロ事件を受け、外務省が作成した中堅・中小企業向け「海外安全対策マニュアル」に登場します。今回ゴルゴ13休載中にビッグコミックに掲載された過去作品は、主人公がエボラ出血熱とおぼしき感染症に罹患するストーリです。
 コロナウイルスとは関連がありませんが、漫画家のジョージ秋山氏が、2020年5月12日に77歳で逝去されたと新聞に掲載されていました。同氏は、「浮浪雲」をビッグコミックオリジナルに1973年から2017年まで連載していたので有名でした。浮浪雲は江戸時代末期の品川宿にて問屋をいとなむ頭を描いた漫画で、渡哲也主演でテレビドラマ化もされました。
 大学時代からまんが好きであった私は、毎週のようにマンガ雑誌を購続していましたが、2003年に本学に赴任以来中断していました。今回、上記のような新聞記事をみて、もう一度読んでみたくなり、先日来ビッグコミックとオリジナルを買って読んでいます。久しぶりながら昔から連載している作品があり、いいなと思いました。

 早くゴルゴ13連載復活してほしいとつぶやく学長でした。







令和2年6月4日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 5月25日に45日間の緊急事態宣言が解除され、東京都の大学休止の要請も解除されました。本学では6月1日より一部の科目の対面授業を開始し、一部の学生が登校を開始しました。緊急事態措置の解除といっても、「新しい生活様式」に従い感染予防対策をおこないながらの学校再開です。
 写真のように入構時にチェックし、食堂ではお弁当のみの販売として、座席は対面にならないようにしています。対面の授業は主に実験・実習・実技系科目ですが、先生方にはマスクやフェイスシールドをして講義をおこなっていただいています。
 学生はみなマスクをして登校してきます。休み時間の様子ではマスクはしているけれどソーシャルディスタンス(最低1m)を保つのは難しいようです。
 そもそも本学の校訓には「友愛」があります。学生同士の距離が近く、仲がいいのが特徴です。「新しい生活様式」のソーシャルディスタンスには抵抗があるかもしれません。
 しばらくは、自分がコロナかからないために手洗い励行し、ソーシャルディスタンスを保ち、食堂などでは対面で座らない。他人にうつさないために、マスクをし、おしゃべりはほどほどに、毎朝検温し、発熱など体調が悪い時は登校しない、という生活様式が求められます。
 行動変容とか生活様式などの言葉は健康科学の領域で、健康づくりのための行動変容、たとえば喫煙しない、運動をする、朝食を毎朝食べる、野菜は1日350gなどポジティブな行動を継続する目的で使われます。おしゃべりを控えてソーシャルディスタンスを保つというような生活様式はいつまで続けるのかと思ってしまいます。

 アマビエ様にお祈りするしかないのかと弱気な学長です。







令和2年5月22日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 新型コロナウイルス感染症対策に対する緊急事態宣言が延長され出口が見えないなかで、在宅勤務を中心とした生活が続いています。テレビ視聴が多い中で、コロナウイルス感染症対策に関する様々な言葉よく聞くようになりました。
 例えば、『「3密(密閉・密集・密接)」を避けるために、「不要不急」の外出を避けるようにしましょう。できるだけ「Stay Home (巣ごもり)」に努めましょう。外出しなければならないときはマスクをして、「ソーシャルディスタンス」を保ちましょう。』などです。また、救急医学の用語である「トリアージ」も話題になりました。いずれも今年の新語・流行語大賞に選考されそうな言葉です。
 この中で私にといって一番インパクトが強かったのは「不要不急」です。様々な社会活動を休止するかどうかの判断をするときに色々考えさせる言葉です。緊急事態宣言を受け、東京都から休業の要請を受けた業種には、古本店があり、写真のように神保町の古本店の大部分が休業に入りました(テレビ放映では9割が休業と放送されました)。新刊書店はそのまま営業を続けている店が多いので、古本販売は不要不急と判断されたのでしょう。
 大学は休業を要請され、本学も学生の入構を制限し、閉鎖しています。その中で、5月4日からオンライン授業を遠隔で始めることができました。その準備が大変でしたが、昨年度より運用が始まっていた新kyonetが役立ちました。大学の授業が不要不急と判断されずによかったです。もっとも、今回のことを契機に、大学での授業の在り方が変わることが予想されます。様々な職業を不要不急の判断から区別するような方向性には反対ですが、新型コロナウイルス感染をきっかけに社会が変わることは間違いなさそうです。
 映画館の多くは「3密」を避ける上で休業中ですが、映画そのものを「巣ごもり」生活で鑑賞する需要は高まっているように見受けます。映画と観客の関係性が変わる可能性があります。以前のブログ(令和2年2月1日)で述べた「映画は映画館で鑑賞するものだ」という自分の考えも変更せざるを得ないかもしれません。
 5月15日の朝日新聞夕刊には、「ドライブインシアター復権 山梨などで開催、神奈川・大磯でも企画」という記事が掲載されていました。「ドライブインシアターは、駐車場などの野外に大きなスクリーンを設置し、FMラジオを通してカーステレオから音を出す上映方法。車社会の米国で生まれ、日本でも1990年代に流行したが、シネコンの普及などによって下火となっていた。しかし最近は米国や韓国など海外でも、コロナ流行下の映画鑑賞方法として復活の兆しをみせている。」と記載されています。
 たまたま「映画館と観客の文化史」(中公新書、2006年、加藤幹郎著)を読んでいて、ドライブインシアターの歴史を知りました。ドライブインシアターは、1933年に米国ニュージャージー州で誕生し、1950年代に「戦後の大衆車文化の到来と住宅地の郊外化」の波に乗って最も広がりを見せますが、ちょうどテレビの普及によって映画産業が衰退するのと同期して少なくなっていきます。ドライブインシアターは、家族や恋人同士で映画を楽しみたい要望にあったものでした。1950年代の「古き良きアメリカ」を描いた映画ではドライブインシアターを楽しむカップルがよくでてきます。私は残念ながらドライブインシアターの経験はありませんが、小学校の校庭にスクリーンを張った、屋外映画鑑賞会での開放感は覚えています。ホームシアターの大きなテレビ画面で映画を楽しめる時代にドライブインシアターが日本で普及するとは思えません。しかし、残念ながら映画館の密閉空間で映画を鑑賞する機会は今後少なくなりそうです。

 学長職が不要不急の職のようだとつぶやく学長でした。







令和2年5月1日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 オリンピックのレガシー(遺産)は、オリンッピクの開催都市ならびに開催国にレガシーを残すことを推奨すると2002年にIOCがオリンピック憲章に記されてから、意識されるようになりました。レガシーには、スポーツ、社会、環境、都市、経済などの側面があり、負のレガシーとされるものもあります。2012年のロンドンオリンピックの時のロンドン東部地区の再開発が都市レガシーとして有名です。
 1964年の東京オリンピックは、物心両面で様々なレガシーを残しました。東京オリンピックを契機に完成した東京を縦横に走る首都高速道路、新幹線などの移動手段の変化は日本人の生活を変えました。写真は、首都高速の竹橋ジャンクションです。首都高速は、過密な東京のため水路の上に作られ、竹橋ジャンクションは日本橋川の上に作られました。東京の水路と首都高速の話は、2018年5月7日のブログで述べました。日本橋の上の首都高速の建て替え問題が起きていることを考えると、首都高速は負のレガシーと言えるかもしれません。もっとも本学は、首都高速の竹橋ジャンクションから神田一ツ橋キャンパスが見え、中央高速から八王子キャンパスが見えることで有名ですので、高速道路のメリットを受けています。
 ちなみに、写真に写る3号館は、昭和38年(1963年)、東京オリンピックの前年に本学創立75周年事業として落成したものです。当時は文科系の校舎として使われました。外壁壁面には洋画家和田三造による聖女奏楽の像があります。和田三造は、1953年に公開され、カンヌ国際映画祭グランプリを獲得した映画「地獄門」(衣笠貞之助監督)の衣装デザインを担当し、アカデミー賞の衣装デザイン賞を受賞したことで有名です。3号館は本学にとっての東京オリンピックのレガシーかもしれません。
 東京オリンピックの時、私は中学3年生でした。あの時の高揚した気分は忘れません。それが心理的なレガシーかもしれません。しかし、今、本来なら、オリンピックの聖火が全国を駆け巡り、全国的に歓迎ムードになっていたと思われるのに、COVID-19の国内感染は収束の傾向がなく、オリンピック関連だけでなく様々なスポーツ活動の自粛が続いています。気分は落ち込みますが、「明けない夜はない」と元気づけています。

 来年オリンピックが無事に開催され、私達に夢と希望を与えてくれますようにとつぶやく学長でした。







令和2年4月1日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の国内感染は収束の傾向がありません。また、世界的には更に拡大傾向があり、3つの条件(①換気の悪い密閉空間、②手の届く距離に多くの人がいる、③近距離での会話や発声がある)が重なる場をできるだけ避けることが求められるようになりました。この3つの条件が重なる場はまさに学校ではないかとある事務職員がつぶやきました。学位記授与式中止、入学式中止に引き続いて、春休みの後の授業再開も延期を決定しました。
 このウイルス感染は、隔離や検疫で予防するのが難しい性質を持っているようです。3月24日には、東京オリンピック・パラリンピックの1年延期がついに決定されました。無観客スポーツイベントは面白くないなどと言っている場合ではないようです。
 4月1日予定の入学式中止の判断をおこないましたので、その代替として入学お祝い学長メッセ―ジを発信させて頂きました。その中で、「協働とリーダーシップ」のKWUビジョンを強調し、新年度から導入された全学共通副専攻制度「リーダーシップ」を紹介しました。キャッチフレーズは、Major in anything. Minor in Leadership. (主専攻は様々な専門分野、副専攻はリーダーシップ)です。
 ここでのリーダーシップは、単に上に立つリーダーとしてではなく、自ら主体的に動きながら、他者や周囲を励まし、支援するリーダーシップをさします。この4月に開設したビジネス学部の人材養成目的に通じる考え方です。昨年の春のビジネス学部開設準備の広報では、「一人の愛よりチームの愛」というキャッチフレーズを示していました。ラグビーワールドカップ日本チームの「ワンチーム」より早くとなえていました。
 新型コロナウイルス感染拡大を抑制する社会的使命がある中、大学では教職員がワンチームとなって感染症予防対策を行っていく必要があります。その時に必要なのが皆それぞれのリーダーシップだと思います。
 本館1階ロビーの展示室には私の知らないうちに写真のような入学お祝いのメッセージが飾られました。これを自主的に作って頂いたのは学生課職員のリーダーシップによるものと感謝しました。

 本館ロビーの展示は学長のビデオメッセージよりいいなとつぶやく学長でした。