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学長ブログ

学長ブログ ~学長のつぶやき~

令和3年7月28日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 「三度目の正直」と3回目の緊急事態宣言発出時には、4度目は無いだろうと希望を持っていましたが、仏の顔も三度までと、7月12日の4度目の緊急事態宣言が東京に発出されました(5月20日ブログ参照)。これを最後の発出としたいと希望的な感想が述べられていましたが、東京都での新規罹患者数の増加の勢いは止まりません。そのような中で、何とか前期が終われそうです。
 オリンピックの開会式は23日、無観客で始まりました。ブルーインパルスの5輪マークを描く飛行も行われ、自宅マンションから少し見えました。
 オリンピック関連のイベントはほとんどが中止となるなか、神保町シアターでは7月17日土曜日から「あっぱれニッポン! 祝祭の映画」の特集上映が始まり、初日は「東京五輪音頭(1964年、日活、小杉勇監督)」が上映されるので、見に行ってきました(写真左)。東京五輪音頭を三波春夫が劇中歌として歌い1964年のオリンピック当時の雰囲気の味わえる映画でした。東京の築地が舞台になっていますが、オリンピックに向けて東京に首都高速ができ、新幹線が開通し、国中が湧きたつ雰囲気が表現されています。
 令和2年5月1日付けのブログでは「オリンピックのレガシー」のことを書きました。当時日本では、埃っぽい道路が舗装され、ごみが整理され、街が清潔になった気がしました。東京五輪音頭の映画の中で「東京で2度目のオリンッピクが見られるかね?」というつぶやきがありますが、当時中学3年生であった私もそう思いましたが、今2度目のオリンピックを目の当たりにしています。1964年のオリンピックの開会式は天候晴れで、学校が休みとなったので自宅で、テレビ観賞したのを思い出します。
 TOKYO2020オリンピックは、1年延期、新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言下の無観客と異例づくしのオリンピックとなりました。私はただ選手を応援したいと思います。
 7月23日の開会式はテレビで観賞できました。テーマは「多様性と調和」とし、抑制した演出だと思いました。選手行進では選手のほとんどがスマホのカメラを手に持っているのが、印象的でした。新しくできた国立競技場は1週間前に見学に行ってきました(写真右)。周囲は塀で覆われていましたが、競技場の雰囲気を味わえました。新国立競技場は2020のオリンピックのレガシーの一つとして記憶されるでしょう。
 河瀬直美監督は東京2020の記録映画を作ることになっています(令和元年11月28日ブログ参照)。彼女がコロナ禍のオリンピックをどのように記録するか今から楽しみとつぶやく学長でした。






令和3年7月9日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 前期の授業も残り2回、オリンピック開会式まで2週間となりましたが、新型コロナウイルス感染症の状況は改善の兆しがなく、都内公道での聖火リレーは中止となり、オリンピックに向けて盛り上がりません。1964年(昭和39年)の時は、私は中学3年生でしたが、何となく気持ちが高揚したのを思い出します。そのような高揚感を今回は感じられませんが、日本で2回目のオリンピックを見ることができるとは思ってはいなかったので、私自身は密かに楽しみにしています。
 1年前のブログ(令和2年7月30日)には、健康診断が不要ではないが不急と判断され、9月に延期になったことが書かれています。健康診断は私達労働者に年1回受診が義務化されているものです。今年は緊急事態宣言中でしたが、学内にて6月9日、10日に行われ、その結果が6月30日に送付されてきました(写真)。健康診断は疾病を早期発見し、早期治療に結び付ける二次予防が目的ですが、日ごろの生活習慣の状況を把握して、健康増進に結び付ける一次予防的な役割もあります。今回の健診では、コロナ前と比較して体重が4㎏、腹囲が5㎝増加していました。日ごろの身体活動量の低下の影響と考えます。体重1㎏、腹囲1㎝の原則が成り立ち、増えた体重は内臓脂肪によるものでしょう。
 職域の健康診断では業務上疾病の早期発見を目的とした項目があります。聴力検査もその一つです。今回初めて聴力検査の左耳高音域での低下を指摘されました。聴力検査は低音域(1000ヘルツ)と高音域(4000ヘルツ)で検査します。騒音に長時間暴露されての難聴は高音域に生じるとされていますが、加齢による難聴も高音域に生じます。私は学生達の騒ぎ声を騒音と思う時もありましたが、難聴の原因は加齢だと思います。学生のころ、心臓の音を聴診器で聞く場合、高齢になって難聴になっても、心臓の音は低音なので聞こえるはずであると学びました。
 このごろ、他人の声が聞こえにくいと思うことがあります。そういえば、体温計のピピという音がよく聞こえないと思っていました。
 朝日新聞誌上で朝日川柳(2021年6月26日 「聴力も測ってくれる体温計」(群馬県樺澤信雄))を見つけ、上手いとつぶやく学長でした。






令和3年6月28日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 4月25日から始まった3度目の緊急事態宣言は、延長を繰り返した後、6月20日に解除され、まん延防止等重点措置に移行しました。本学では、6月30日までの準備期間を経て7月1日より対面を中心とした授業に移行する予定です。学生は夏休み前に大学に来る習慣を取りもどしてほしい。
 6月14日から前期の授業見学会が始まりました。緊急事態宣言中に関わらず保護者や外部の方に授業見学に来ていただけました。授業見学ではハイフレックス型の講義を見学して頂くのが今回の主な目的となりました。ハイフレックス型授業(HyFlex:Hybrid-Flexible)は、同じ授業を教室での対面と、オンライン双方で受講できる方法です。本学では、教室内のカメラで撮影してLIVE配信する方法を取っています。今年の4月の新学期に合わせてほとんどの教室にwebカメラを設置し、同期して配信できるシステムを備えました。Kyoritsu DX 推進プランと呼んでいます。ハイフレックス型授業では教室内で少数の学生が受講している様子が見学できました。この授業では自宅でも対面と同じように学べるので大学に通学するのに不安を持つ学生は自宅で受講することが出来るので、教室内で受講する学生は少数になりました。
 医学系の学術集会は、昨年来のコロナ禍で、中止、延期となり、またフルオンライン等で行われてきました。今回、日本心臓リハビリテーション学会はハイフレックス型で学術集会をおこなうと連絡があり、教育講演の座長を依頼されましたので、6月19日会場の幕張メッセに行きました(写真左)。学会場に出かけるのは令和元年以来久しぶりです。
 学術集会は、ハイフレックス型の発表と、オンデマンド配信の両方からなります。ハイフレックス型の発表では、写真右のように会場に椅子をまばらに配置し、実際に会場で聞いている人は少ない状況でした(写真右)。丁度、本学のハイフレックス型授業の状況と同じです。大学での授業では教員は教室での講義が求められますが、学会では発表者は、会場で発表する場合とオンラインで発表する場合があります。この学会は、医師、看護師、理学療法士が集う学会で、いつもは多数の学会員が集う集会ですが、今回は会場内にいる会員が少なく、寂しい限りでした。
 オンラインの学術集会のメリットは、遠方からの参加が容易となる点があげられます。しかし、私のように学術集会参加を地方の観光や友人との情報交換のための会食を主な目的としているものには、オンライン学術集会は魅力がありません。
 今回参加した学会の心臓リハビリテーション学会のリハビリテーションの意味は、「再び社会に適合させる」です。フランスのジャンヌダルクが、異端として破門され火刑になりますが、その後復権したことをリハビリテートと言ったことに始まります。私が関係していた心臓リハビリテーションは、心疾患で低下した機能を訓練して、社会復帰させることを目的とします。本学の教育学術推進課長はハイフレックス型授業で在宅でのオンライン授業に慣れた学生を対面授業に変更させるにはリハビリが必要と言われました。

 学生の皆さん、大学に来て対面授業へのリハビリをしてくださいとつぶやく学長でした。






令和3年6月15日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 緊急事態宣言再延長下、新型コロナウイルスワクチン接種は企業や学校を対象に始めると報道され、本学でも学内でのワクチン接種の体制を考える時期が来たようです。前向きに検討していきたいです。本学の学生のうち、臨地実習や教職実習を予定している学生には早くワクチン接種ができたらいいと思います。
 6月1日以降の緊急事態宣言延長では、美術館や映画館の休業要請は緩和され、多くの映画館が人数制限して再開しました。映画館好きな私には、大変喜ばしいことです。6月5日土曜日には、神保町シアターが再開し、4月24日土曜日公開を予定していた「没後40年横溝正史 銀幕の金田一耕助」が上映されることになりました。私は早速6月5日に出かけました。多くのファンがかけつけ、半分にした定員がほぼ満席となる盛況を嬉しく思いました。上映作品は「三つ首塔(1956年、東映)」で、「金田一耕助を最初に銀幕で演じたのは時代劇スター片岡千恵蔵」がうたい文句です。探偵の謎解きの面白さはありませんでしたが、昔なつかしい昭和の映画という感想でした。
 5月25日の朝刊には2020年10月16日から公開されていた「鬼滅の刃」が興行収入過去最高400億円、入場者数2896万人と報道されていました。この映画は外国では「Demon Slayer」として公開され、外国でもヒットしました。しかし、コロナ禍で昨年の春から公開が延期されている「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」や「ゴジラvs コング」のようないわゆる大作が公開されなければ、アフターコロナの映画界と言えません。
 緊急事態宣言下でも営業を続けている映画館、岩波ホールには「ブータン 山の教室」に次いで「ペトル―ニアに祝福を」を見に行きました(写真左)。この映画は、2019年の北マケドニア映画(女性監督テオナ・ストウルガル・ミテフスカによる)です。北マケドニア共和国のことは知りませんでした。旧ユーゴスラビアから独立した国で、元々はマケドニア共和国であったのが、ギリシャの圧力で北マケドニアとなりました。マケドニアはアレクサンダー大王の生誕の場所でもあり、ギリシャにとっても大事な地域なので国の名前にこだわったと思われます。
 映画は、大学で歴史を学んだ32歳の無職の女性が男女差別のなか、就職活動をおこなうところから始まります。就職の担当者が、大学でアレクサンダー大王のことを学んだのかと聞くと、彼女は共産主義と民主主義の兼ね合いを学んだと答えます。マケドニア正教にも男女差別があり、女性に禁じられた幸せの十字架を偶然手に入れたところから、彼女の戦いが始まります。この映画は女性の「自立と自活」をテーマにした映画だと思いました。英語の原題「God Exists, Her Name is Petrunya.」の方が映画の主題をよくあらわした題名だと思いました。
 5月28日金曜日から再開したヒューマトラストシネマ有楽町へは5月30日に「5月の花嫁学校」(2020年、フランス、マルタン・プロヴォ監督)を見に行きました(写真右)。私の妻が珍しく見て見たいとつぶやいたのでいきました。1967年、フランスのアルザス地方(ドイツとの国境地方)の1年制の花嫁学校での話。この花嫁学校(字幕では家政学校と訳されていた)は、良妻賢母、夫唱婦随を養成するために調理、裁縫を教える学校ですが、丁度5月にパリで革命がおこり、その影響で女性の自立と自活の意識が高まる喜劇映画です。英語の題名は「How to be a good wife」ですが、日本語の題名「5月の花嫁学校」は、5月革命の5月が入っていてうまく作ったと思いました。
 1967年パリの「5月革命の自由の風」は、1968年大学1年生の私にも影響し、前代未聞の授業ボイコット、学内ストライキにつながりました。この映画をみて、昔の学生時代を思い出しました。パリの学生運動の中心地のカルチェラタンから駿河台や神保町付近は神田のカルチェラタンと呼ばれました。

 女性の自立と自活をテーマにした映画はそれほど多くありませんので、今回ブログでとりあげました。

 自立と自活、学生の皆さん就活頑張ってとつぶやく学長でした。






令和3年6月2日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 緊急事態宣言延長下、感染者数の顕著な減少が無く、6月20日まで宣言の再延長が5月28日に発令されました。学内に登校する学生は少ないのですが、対面授業も堅実に行われています。今は新型コロナウイルスの予防接種の拡大に頼るしかない状況で、地方自治体だけでなく国の予防接種センターの運用も開始され、少しずつ進み始めました。そのせいか少し前向きな雰囲気が見られるのはいい傾向です。
 私は65歳以上なので住居地の文京区から高齢者への新型コロナウイルスワクチン接種の案内がきて、4月30日(金)からの予約受付でした。ICT音痴の私は、ネットによる予約に四苦八苦していると、大学事務部長が来てさっと予約して頂きました。私の妻を含め、高齢者の方が予約に苦労しているのが分かりました。
 予約した時間と接種場所は、5月19日午後2時半、順天堂大学7号館でしたので、大学を早退し出かけました。神保町から水道橋まで都営三田線に乗り、水道橋からお茶の水坂をお茶の水方面に上っていくと、左手に順天堂大学があります。
 順天堂大学7号館は2020年にA棟(新研究棟)に生まれかわり、写真の地下1階が接種会場になっていました(写真)。受付、問診、接種、経過観察と順調にすすみ、30分以内に終わりました。副反応としては次の日の接種部位の軽い痛みだけでした。3週間後に同じ場所で2回目の接種です。
 待合室としていた部屋に順天堂の歴史資料が展示されていました。順天堂の初代堂主和田泰然(後の佐藤泰然)は、1838年(天保9年)に江戸日本橋に日本最古の蘭医学塾(和田塾)を開始しました。神田お玉が池の種痘所は東京大学医学部の発祥の地とされますが(2018年6月12日のブログ参照)、それは1858年とされるので、それより早い開始です。佐藤泰然は、その後1843年(天保14年)下総佐倉に移り、「天道に順う」の言葉から順天堂と称します。2代目の佐藤尚中は、大学東校(東大医学部の前身)の初代校長ののち、1873年(明治6年)下谷練塀町(現在の秋葉原駅構内)に東京の順天堂を開院し、1875年(明治8年)に現在地の本郷湯島の高台に順天堂医院を開設し、初代院長になります。
 本郷湯島の高台は本学ともゆかりがあります。写真の建物から油坂を経た隣の順天堂病院B棟の地は、本学の前身である共立女子職業学校が、誕生した地です。明治19年3月に渡辺辰五郎の裁縫私塾(和洋裁縫伝習所)に間借りした形で誕生しました。その後、本郷弓町、神田錦町(設立地)を経て、明治20年に現在地(神田校舎2号館のところ)に落ち着きます(共立女子学園の110年、1996年、による)。
 今回初めて、順天堂と本学とゆかりがあることを知りました。順天堂センチュリタワーのある所には、最初の私立医学校である済世学舎(明治9年)の発祥の地もあります。
 江戸末期から明治初期の蘭医たちは、天然痘(疱瘡)の予防接種である種痘の普及に努めました。ワクチンはドイツ語のVakzin(英語ではvaccine)によりますが、昔は痘苗(弱毒化した牛痘ウイルス液)とも言われ、ラテン語のVacca(雌牛)に由来し、種痘が牛痘で天然痘予防することに始まったことによります。牛痘の痘苗を接種すると牛になるという風評にもめげず先人達は種痘を広めました。それぐらい、天然痘の被害が大きかったと言えます。
 今は、ワクチンと言えば新型コロナウイルスのワクチンをさしますが、コロナのワクチンは遺伝子ワクチンと言われるもので、病原体から精製したものとは異なります。

 早く2回目の接種が終わって気持ちが楽になりたいとつぶやく学長でした。






令和3年5月20日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 5月11日までの緊急事態宣言は5月31日まで延期となりました。学内ではハイフレックス型授業も順調に進み、学生の入構者数は制限できています。
 3回目となる緊急事態宣言でも新型コロナウイルス感染症の収束は見られず、「二度あることは三度ある」となりました。「三度目の正直」と収束すればいいのですが、「仏の顔も三度まで」と感染爆発が生じたら困ります。
 このような時には神様仏様と疫病退散のお祈りをしたくなります。日本においてパンデミックが続いた過去の疫病に天然痘(疱瘡)があります。天然痘は新型コロナウイルス感染症に比較すれば、感染力、致死率、後遺症などの点で比較にならないくらい恐るべきウイルス感染症です。しかし、予防接種である種痘が全世界に広まり、1980年にWHOが根絶宣言しました。そのことは、2018年6月12日のブログに書きました。5月14日は「種痘記念日」とされ、1796年にイギリスのジェンナーが少年に牛痘のうみを接種した日とされます。日本ではその50年後ぐらいに種痘が広まることになります。
 天然痘、疱瘡のことは「いも」ともいい、「いもあらい(一口)」は、疱瘡の治療のことをさすようです。千代田区神田駿河台1丁目の太田姫(一口)稲荷神社(写真左)は、もともとは疫病(天然痘)退散祈願の社のようです。私は、2回目の緊急事態宣言の後3月31日にお参りに行き、お祈りしましたが、残念ながら3回目の緊急事態宣言が発令されました。
 この社のいわれは、「江戸城にいた太田道灌の姫君が疱瘡にかかり命があやういとき、山城の国の一口の里の一口神に祈祷したところ、姫君は平癒したことにより江戸の市民の悪病除災の信仰を集めた」とあります。最初、江戸城内にあったのを家康が駿河台土堤上に移したのが始まりです。JRお茶の水駅の秋葉原よりにあったのが、総武線の線路敷設用地と重なり、1931年に現在地に移設しました。JRのお茶の水駅のところには「元宮」と書かれた板が木についています。
 元宮の目の前の坂である淡路坂(江戸時代に鈴木淡路というひとの屋敷があったので)と下方の神田川にかかる昌平橋は、それぞれ一口坂、一口橋とも呼ばれます(以上、「長沢利明、江戸東京の庶民信仰、講談社学術文庫、2019年」によります)。また、「横関英一、江戸の坂 東京の坂(全)、ちくま学芸文庫、2010年」によると、「いもあらい坂」は今、東京に3つしか残ってなく、千代田区九段北3丁目と4丁目の境の一口坂(ひとくちざか)は、もとは「いもあらい坂」と言ったのを明治以降に「ひとくちざか」と呼ぶようになってしまったとあります。「いもあらい(一口)」は芋洗とも書き、疱瘡神が芋を好むことに由来するようです。
 3回目の緊急事態宣言を受けて、多くの美術館や映画館は休業を余儀なくされましたが、本学の博物館では、「和と洋が出会う博物館 共立女子大学コレクション・7」が開催されています(4月5日~5月22日)。5月1日に見学させて頂きました。春と初夏をテーマにした展示でしたので、コロナが明けた来春に思いをはせました。
 博物館の入り口にて「アーツ千代田3331」(外神田6丁目)の特別企画展「疫病・たいさーん! 江戸の人々は病いとどう向き合ったか」(4月17日~5月16日)の紹介がされていたので、ついでに見に行きました(写真右)。
 江戸時代に疫病である疱瘡や麻疹(はしか)退散を祈願するために神仏にお祈りをした様子の絵のコピーが展示されていました。疫病退散には源為朝や鍾馗さんが神田祭りの山車人形として飾られていたようです。令和2年12月17日のブログで紹介した酒呑童子は禍の象徴であり、その首を引き回した須田町の例祭のこと、疫病退散の力を持つと信仰された牛頭天王(令和3年1月8日ブログ参照)は素戔嗚尊(スサノオノミコト)に通じることなど知りました。
 本来疫病退散の祭りである神田祭などの例祭は今年も中止になりそうですが、コロナ禍が明けた後の例祭が楽しみとつぶやく学長でした。

 岩波ホールは上映を続けているので、5月8日に「ブータン 山の教室」を見ました。ブータンの秘境の教室に赴任した先生の話。そこには電気もトイレットペーパーもなく、携帯もつながらないけれど、勉強したいと思う子供たちがいましたというストーリーで、教職を目指す学生は見た方がいいと思いました。






令和3年5月7日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 4月25日から5月11日まで、3回目となる緊急事態宣言が発令されました。変異株の影響もあり、新型コロナウイルス感染症の勢いは止まりません。本学では対面を中心とした授業展開を進めていましたが、緊急事態宣言を受けてハイフレックス型授業を先生方にお願いして、対面でおこなう授業を同時双方向で配信し、学外で受講することを勧めました。その結果、学生の来校者数は半分以上減りました。
 ハイフレックス型授業が可能になったのは、新学期から全教室にカメラを設置して対面授業の配信ができる環境を整備したからです。これを本学では、kyoritsu 教学DX推進プランと呼んでいます。
 4月26日には新型コロナウイルス感染症の死亡者数が累積総数1万人を超えたと報道されました。1月の緊急事態宣言時と異なり、今回の宣言下では昨年の第1回に近い制限が要請されましたが対応はやや不統一です。神保町の本屋街では、古本屋の休業が目立ちます。映画館では神保町シアターは休業し、岩波ホールは営業しています。
 神保町シアターでは、「没後40年横溝正史 銀幕の金田一耕助」が4月24日(土曜日)から始まる予定でしたのが、上映中止となりました。横溝正史の金田一耕助は、昭和51年(1976年)に角川映画第一作として公開された「犬神家の一族(市川崑監督、石坂浩二主演)」の大ヒットで有名となりました。角川春樹はメディアミックスの手法を用い、原作本の売り出し、テレビコマーシャルの併用などで映画をヒットさせました。横溝正史の本も角川文庫として出版し、よく売れたようです。角川春樹のメディアミックスについては令和2年12月17日のブログに書きました。
 今回の特集では、金田一耕助を演じた俳優として6人が紹介されています。私としては、子供時代の「三つ首塔(昭和31年公開東映映画)」の片岡千恵蔵の金田一を見るのを楽しみにしていましたが、中止になり残念に思いました。この6人の俳優の名前をすべて言える人がいたら、相当な日本映画のマニアだと思います。
 新型コロナウイルス感染症の影響で大型映画の公開が延期され、かわりに普段なら日本で公開されにくい小型の映画が公開されるのは「転禍為福」と喜びたいです。有楽町イトシアにあるヒューマントラストシネマ有楽町では、ちょっと風変わりで楽しい小型の映画が公開されるので、時々見に行きます。都営三田線の日比谷で降りてすぐなので大学からのアクセスもいいです。
 今回は、「ブックセラーズ」というアメリカ映画を4月24日(土曜日)にみにいきました(写真左)。世界最大規模のニューヨークブックフェアで米国の希少本、古本などを売る人たちが出演するドキュメンタリー映画です。ネット社会になり本の役割が問われる中、本を愛するひとたちの熱意が伝わる映画でした。
 映画のエンドロールの最後に出演者の一人が再度でてきて「本はひとに貸してはいけません。ひとに貸した本は絶対戻ってきません」と訴えるシーンには笑ってしまいましたが、同感です。世界共通の悩み事だと思いました。
 4月23日が「世界本の日」であり、スペインのカタルーニアのサン・ジョルデイ伝説から、赤いバラを添えて本を贈る日であることを初めて知りました。神保町は本の街ですが、世界本の日のことは聞いたことがありませんでした。赤いバラを添えて本を贈る習慣を素敵だと思います。
 この映画は本の日4月23日(金曜日)に合わせて公開されたのに、今回の緊急事態宣言を受けて4月27日(火曜日)には休館になってしまったようです。休館になる前に見られてよかったです。
 1616年4月23日はスペインのセルバンテスとイギリスのシェイクスピアの命日だそうで、これも本の日の由来になります。
 シェイクスピアが16世紀末から17世紀初頭にイギリスロンドンで活動した時、何回かのペストの流行により劇場(グローブ座)の閉鎖を余儀なくされ、隔離されていた時に「リア王」を書いたというエピソードを「シェイクスピアの窓、村井華代、文芸学部報135号」から知りました。学長室には、前学長の入江先生か残して下さったロンドン、テムズ川の俯瞰図があり、1647年当時のグローブ座を見ることができます(写真右)。

 米国の第93回アカデミー賞が4月26日に発表になりました。例年より1か月遅い発表でした。「配信大手のネットフリックスが7部門、アマゾンプライムビデオが2部門を獲得した。コロナ禍で映画館が休業する中、今年は映画館での上映という要件が緩和された。その影響もあるだろう。ただし、配信映画の隆盛の流れはもはや止まらない。」そんな中で、作品賞の「ノマドランド」で主演女優賞を得たフランシス・マクドーマンドが、受賞スピーチで「今夜紹介されたすべての作品を、大きなスクリーンで見て下さい。知り合いを連れて映画館に行き、暗闇の中で隣の人と肩と肩を触れあわせながら見てください」と話したそうです(以上 朝日新聞4月27日朝刊 文化欄、編集委員 石飛徳樹による)。同感です。

 本の街、映画の街、神保町 頑張ってとつぶやく学長でした。






令和3年4月26日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 4月12日月曜日は前期授業の開始日でした。本学は対面での授業を中心とする方針でしたので、多くの学生が校内に集まりました。久しぶりに学生が集うキャンパスとなりました。大学での学びは、多種多様な考えを持つ友人や教員・職員と場所と時間を共有することで生まれるものではないかと実感しました。もちろん、感染症対策を万全におこなっている上でのことです。
 4月14日水曜日は、東京2020開会式の100日前と報道され、この日聖火は大阪から四国に渡りました。しかし、コロナ感染症罹患者増加の著しい大阪市の聖火リレーは無観客にて万博記念公園にて行われました。オリンピックを迎える雰囲気にはなりません。1964年の東京オリンピック前の高揚した気分を覚えている私としては残念です。
 4月16日金曜日には、小池東京都知事から大学に対してオンライン授業を増やす要望文書が届きました。不要不急の外出を控え、県を超えての移動は控えるように要請されます。4月20日火曜日には、大阪の方から国に対して緊急事態宣言発出の要請がなされました。その中には映画館の休業要請が含まれます。東京にも緊急事態宣言が発出され、また、映画館が休業するのかと思うと悲しくなります。昨年の緊急事態宣言下の状況は、令和2年5月22日のブログに書きました。
 映画好きの私は、映画館にいくかわりに時々テレビで映画をみます。最近は、NHKBSプレミアムのお昼のプレミアムシネマを録画して見るのが楽しみです。プレミアムシネマの放送作品を選んでいる人は映画好きらしく、古い外国映画としてチャップリンやヒッチコック、西部劇、日本映画の名作から最近のヒット作まであり、新聞のテレビ欄で映画の名前を見るだけでワクワクするようなラインアップに感心します。
 3月30日火曜日には「笑の大学」(2004年)が放送され、私は後日、録画ビデオを見ました。この映画は、三谷幸喜原作・脚本の舞台劇を映画化したもので、2004年製作(星護監督)です。戦時下の劇団の台本を検閲する警察官と劇作家の話です。
 映画が終わった後のエンドロールには、映画製作の協力者などが示されるので、私はそれを見ながら、映画の撮影状況を想像するのが好きです。「笑の大学」のエンドロールの最後に「共立女子大学 劇芸術研究室」と書かれていました。ビデオに録画していたので停止してその場面を写真にとりました(写真)。
 この映画の製作に本学の劇芸術研究室の先生が協力されたのだろうと想像して、深津文芸学部長にお聞きしたところ、すぐに以下の返事がきました。この文章は劇芸術研究室の阿部由香子先生のメイル文章です。
 「映画『笑の大学』(2004年公開)は製作段階で共立女子大学文芸学部劇芸術研究室に取材にいらっしゃって阿部が対応いたしました。なぜうちに来たかというと、戦前の築地小劇場検閲台本のコレクションの原本を所蔵していたからです。本学でこの貴重な検閲台本を所蔵していることはよく知られており、『笑の大学』製作スタッフは、とりわけ検閲印を小道具として作るために原本を見たいというリクエストでした。当日、実際にお見せして写真も撮影を許可したかと思います。映画の中でも、冒頭で向坂(役所広司)が台本に「不許可」の印を押す場面で、印をアップにして下からのアングルで撮られています。舞台版ではこのようなシーンはありませんので、映画版を撮るにあたって検閲の印や台本(ガリ版刷り)の厚みなど、より感触が伝わる作品になっている傑作であると思っております。ちなみに「劇芸術概論A」(演劇の入門的な内容)の社会と演劇の回ではこの10年近く必ず映画『笑の大学』を見せながら観客論や検閲制度について話してきました。検閲台本も現在は図書館の貴重書扱いで保管してもらっています。本学所有の貴重な文化資源の一つとしてアピールできるタイミングがありましたらいつでもお手伝いいたします。」
 築地小劇場は、日本初の新劇の劇場で、1924年から1944年まで活動したようです。このような貴重な資料が本学にあるのは知りませんでした。本学には実は少し貴重な資料をたくさん保有しているようです。

 本学の貴重な資料がもっと世間に公開されるといいのにとつぶやく学長でした。






令和3年4月12日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 川久保 清

 新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言を安倍前首相が2020年4月7日に発令して1年になりますが、収束の兆しはなく、4月8日に東京都が「まん延防止等重点措置」の適用を政府に対して要請しました。そのような状況の中で、4月8日、9日に入学式を共立講堂にてとりおこなうことができました(写真左)。
 前回の共立講堂での入学式は、2年前平成31年4月1日でした(平成31年4月5日の学長ブログ参照)。昨年度は入学式を中止とし、かわりに入学お祝い学長メッセ―ジを発信しました。また、10月1日からKyoritsu Welcome Weeksとして3回にわたり共立講堂で新入生歓迎の式をおこないました(令和2年10月28日ブログ参照)が、やはり4月のこの時期に共立講堂での入学式典は、学生にとっても、私達教職員にとっても特別の感慨があります。
 今年度は、感染症対策として4回に分け、ご家族の方の列席はお一人に限り、式の様子はビデオ撮影して同時配信しました。式の内容は、国歌や学園歌、学生歌は黙唱としました。1昨年までは4月1日でしたが、今回は4月8、9日とし、また例年より暖かい日が多かったせいで、白山通リ沿いの桜の木は葉桜となり、つつじが咲き始めていました。
 学園の共立講堂を入学式典に使えることはありがたく思います。
 共立講堂は昭和13年に落成し、2500人(今の定員は1769席)を収容できる大講堂として多くの人に使われてきました、本学のシンボル的な建物です。
 戦前は三国同盟の決起集会、戦後は1948年(昭和23年)第1回のど自慢全国大会、1950年(昭和25年)湯川秀樹博士ノーベル賞受賞式から帰国後講演会などに使われました。残念ながら昭和31年に焼失しましたが、昭和32年に再建され、その当時このようなホールは数少なく、フォークの殿堂として、吉田拓郎など多くのコンサートが開催されました。そのため、共立講堂は今でも有名であり、一般の人には共立女子大学より有名かも知れません。最近私が知ったことですが、白山通リと内堀通リが交わる平川門交差点にある標識には、共立女子大学ではなく共立講堂(Kyoritsu Auditorium)と示されています(写真右)。
 協同で設立したことを意味する「共立」は一般名詞なので、共立をなのる企業は多いので、「共立」だけで本学をイメージするのは難しいです。しかし、共立女子大学のブランディングに、「共立講堂のある共立女子大学」とする訳にはいかないので、やはり「共立」(Kyoritsu)そのものを大学のブランドにすることを目指したいとつぶやく学長でした。