共立女子大学・共立女子短期大学

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学長ブログ

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平成29年7月20日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 入江和生

 6月から7月にかけては夏休み前のあわただしい時期でしたが、この間にも学内ではいろいろな催しがありました。
 6月半ばの昼休みに「留学生ランチパーティー」がありました。海外からの長期・短期の留学生が本学の学生や教職員とささやかな懇親会を催しました。学生たちは日常的に留学生と学生寮や学生食堂で私的な「懇親会」を催しているわけですが、そこに私が顔を出すわけにもいかないので、こういう機会があることをとても有難く思います。国際情勢はいつも波乱含みで何も問題がない時期などありえないのですが、若い人たちには「今」の問題をきちんと理解したうえで手をつなぐことが求められます。そのことが将来の平和の基礎となるのです。いろいろな国籍の学生たちのはじけるような笑顔を見て心強く思ったことでした。
 6月末には短大文科主催の英語スピーチコンテストが実施されました。海外留学経験者を含む20人ほどの学生が社会問題や関心事について英語で、そして笑顔で、語りました。私も採点者の一人でしたが、どれも優れているので採点に苦労しました。英語も内容も態度もしっかりしていて、本当の意味で「聞かせる」ものばかりでした。参加した学生はそれぞれ努力したことと思われますが、参加した意義は大きく、その効果はおそらく生涯に及ぶだろうと思われます。この意欲と能力と笑顔が国際社会では必要とされているのです。
 7月始めの3日間は「浴衣デー」でした。この間には学生が浴衣を着て授業に出ても「ふつうのこと」とされます。多くの学生が浴衣姿で学内を歩くのは日常性を打破するに十分でした。学生ばかりでなく教職員も浴衣を着ることが奨励され(男性の場合は、許容され)、それぞれが少しばかり高揚した気分を楽しむことができました。外国系の学生の浴衣姿は独特の魅力にあふれていて、一緒に写真に写ろうと友人たちが集まっているあたりは笑顔の花園のようでした。浴衣は最近では気軽に着られる和服として外国人旅行者にも人気だと聞きます。「留学生ランチパーティー」も浴衣でやればいいのに、と私は気軽な感想を抱きました。
 インターナショナルな笑顔をたくさん見ることのできた1か月でした。







平成29年7月6日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 入江和生

 本学は皇居平川門から約300メートルのところにあります。外国からのお客さんに「皇居はすぐそこですから帰りにお寄りになったらどうですか」と言うと、皆さん、目を輝かせます。
 これだけ近いと、どうしても「厳粛」とか「静謐」とかの気分の中で日々を過ごすことになります。学生も、「襟を正して」勉学に励まないわけにはいきません(学生諸君、大丈夫ですか?)。
 皇居は昔は江戸城だったわけで、近くの三崎神社は参勤交代の大名たちが道中の無事を祈って参拝したとされます。本学から世界に向けて「旅立つ」学生にとって、まことに恰好の地と言えます。
 神社といえば、やはり神田明神が有名ですね。本学は幾人かの教授が学生を動員して神田明神と地域文化振興のためのコラボを楽しんでいます。少し足を伸ばせば湯島天神や東京大神宮もあります。神田明神の隣に湯島聖堂があり、さらに神田川を挟んだこちら側にニコライ堂があり、もっと本学寄りのところにこれも古い歴史を誇る神田教会があります。また、「こんにゃく閻魔」の通称で親しまれている源覚寺もあります。数え上げればきりがありません。本学は特定の宗教とつながりを持たないだけに、ますますこういう環境にあることを幸福に思います。
 しばらく前に東京大神宮を訪れたところ、若い女性がたくさん参拝に来ていたので驚きました。なんでも若い女性に大人気とか。そういえば、神田明神のすぐ近くの妻恋神社も若い女性に人気があると聞いたことがあります。神様もいろんなことを期待されて大変だなあと年配者は思うのです。
 そういう話をある女性の教授にしたら、「いやいや、神田明神だって若い人に大人気なんですよ」と言われました。なんでも「アニメ聖地」として有名だとか。さらに、このあたりにはアニメ聖地と呼ばれる場所が多くて、全国から大勢の「巡礼者」が訪れるとか。
 いつのまにか、この地域はいろいろな意味での「聖地」になっていたようです。
 でも、そうなると、「厳粛」とか「静謐」とかはどうなってしまうんでしょうね。







平成29年6月8日

共立女子大学・共立女子短期大学 学長 入江和生

 本学は神保町のいわゆる古書店街から徒歩で数分以内のところにあります。古書店街であると同時に新刊書店も多く、また大小出版社の密集地でもあるので、文字通り「本の街」と言えます。
 私がはるか昔に都内のある大学に入学したとき、ある先生が「テキストは神保町の書店に注文しておいたから買いに行くように」と言われました。それが私が神保町に足を踏み入れた最初でした。その書店の前を通る度にそのことを思い出します。あれはその先生の教育的配慮だったのだということがよくわかります。
 縁あって本学に奉職してから長い年月が経過しましたが、この間に神保町の書店の店頭で懐かしい顔に出会うということを何度も経験しました。神保町を「心のふるさと」と感じている人はとても多いのですね。
 文芸評論家の小林秀雄は、学生時代に神保町の古書店でフランスの詩人ランボーの作品に出会った感動を、「向うからやってきた見知らぬ男が、いきなり僕を叩きのめしたのである」*と書き記しています。神保町は本との衝撃的な出会いの場でもあるのです。
 私もそれなりに教育的配慮を示そうと、学生を連れて古書店巡りをしたことが何度かあります。20人ほどの女子学生がぞろぞろと入って行くと、ふだん若い女性があまり来ることのない古書店内にただならぬ気配が立ちこめて、「な、なにかあったの?」とささやきかわす声が聞こえたものでした。
 いつだったか、共立の本館のすぐ前にある地下鉄神保町駅の階段を下りていたら、下から学生時代に教わった先生が上がってきたことに気づきました。
「ああ、先生、お久しゅうございます。お元気でいらっしゃいますか」
「いや、それがね、癌になりましてね。明日入院するんです」
 それからまもなくその先生は亡くなられました。
 あのとき先生は生涯親しんだ神保町に最後のお別れを言いに来られたのだということが痛いほどにわかります。
 私はこの地の大学に勤めていることに、限りない喜びと誇りを感じています。

*小林秀雄「ランボオIII」
(『作家の顔』新潮文庫、1961)