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更新日:2017年11月07日

【国際学部】リレー・エッセイ(20) 橋川俊樹「『文豪ストレイドッグス』の文豪たち」

『文豪ストレイドッグス』の文豪たち

橋川俊樹


 『文豪ストレイドッグス』とは、原作:朝霧カフカ・作画:春河35によるマンガである。『ヤングエース』(KADOKAWA発行)に2013年1月号より連載中。ふつうのマンガと少し違うのは、原作つきであり、マンガからのスピンオフ小説が4冊も出ていることである。


 この作品に私(橋川)が興味を持ったのは、私の専門が日本の近代文学、特に夏目漱石研究であるからで、『文スト』の主役たちのほとんどが馴染みの「文豪」たちであるからだ。


 文学研究者なのに国際学部の専任であることには少々イワクがあるが、この際は関係のないことなので話を進めると、今までにも文豪や文学作品を描いたマンガは数多いが、名前と一部のイメージだけを借りて、「文豪」たちに異能力バトルを繰り広げさせるという発想に驚いた。


 主人公と言えるのは二人、太宰治と中島敦であるが、私はこの二人よりも国木田独歩を彼らが所属する「異能探偵社」の中心人物に据えていることの方が面白かった。それからスピンオフ小説の一つ『文豪ストレイドッグス 太宰治・黒の時代』の主人公に織田作之助を持ってきたのも意外で興味をそそられた。


 2016年に2クール(3か月の毎週放映が2回)、テレビアニメ化され、いま人気と実力のある声優が「文豪」たちを演じているのも見どころの一つである。


 とはいえ、このリレーエッセーをお読みの方で『文スト』に詳しい人はそう多くはないであろうし、詳しい人でもモデルとなった「文豪」たちには詳しくない場合が多いと思うので、ここでその紹介と彼らの魅力について語ってみよう。


 まずは、中島敦と太宰治。

 中島敦は、1909年(明治42年)、東京・四谷生れ。ただし、父親の仕事先や両親の離婚の影響で、埼玉、奈良、朝鮮の京城(ソウル)と引越しを繰り返す。第一高等学校から東京帝国大学国文科卒。横浜高等女学校の教師時代に多くの作品を書いた。『文スト』が〈ヨコハマ〉を舞台にしているのはこのためであろう。


 中国の歴史物語や民話・伝説などに材を採った小説が多く、『悟浄出世』、『狼疾記』、『名人伝』、『弟子』、『李陵』などがあるが、今でも教科書に必ず採られている『山月記』(孤独で狷介な詩人が虎になってしまう話)が何といっても代表作であろう。


 『文スト』のアツシくんの能力は、〈月下獣〉。巨大な〈白虎〉に変身する能力である。身体能力と再生能力が高く、また孤児院育ちからくるハングリー精神が彼の特徴であり、魅力になっている。


 太宰治も実は、1909年(明治42年)の生れ。

 本名、津島修治。青森・津軽の生れ。大地主であり、地元の名士の家の11人きょうだいの10番目。青森中学、弘前高等学校、東京帝国大学仏文科(結局、除籍)。1930年(昭和5年)にカフェの女給と心中未遂。そののちも自殺未遂を繰り返す。1936年、処女短編集『晩年』刊行。薬物中毒のために強制入院させられる。1938年石原美知子と結婚後、創作が安定し、『女生徒』、『富嶽百景』、『駆け込み訴え』、そして『走れメロス』(これも教科書の定番)などを発表。戦争中も旺盛な執筆活動を続けたが、疎開していた津軽の実家から帰京してからは、いわゆる〈無頼派〉らしい自堕落でデカダンな雰囲気の作品が多くなる。代表作は『斜陽』もあるが、やはり『人間失格』。


 『文スト』のダザイの異能力も〈人間失格〉だが、この能力は掟破りで、相手のどんな異能力も無効化してしまう能力。そのおかげで与謝野晶子の治療能力も効かないので、ケガの回復が遅れたりすることもある。ダザイは趣味のように自殺未遂を繰り返し、『完全自殺マニュアル』を愛読している。もとは探偵社の敵である「ポートマフィア」の幹部だった過去があり、「探偵社」の社長・福沢諭吉からも「ポートマフィア」首領の森鷗外からも特別に目をかけられている。


 基本的にオチャラケのキャラなのだが、『黒の時代』のオダサクに対する思いのように、真面目で情熱的な面を時おり見せる所がダザイの魅力である。


 国木田独歩は、彼らよりだいぶ年上で、1871年(明治4年)生れ。千葉・銚子で生れているが、これは播州竜野 (兵庫県)の藩士だった父親の乗った船が銚子沖で難破して、しばらく滞在していた間に土地の女性との仲が深まり、それが独歩の母親である。本名、国木田哲夫。


 山口・柳井で育ち、山口中学に入るが中退して上京。早稲田に入り、当時は政治家志望だったが、詩人を目指す一方、ジャーナリストに志望変更した。詩の代表作は、「山林に自由存す」。民友社ほかの新聞・雑誌社に関係し、一時は独歩社を興して経営した。また、盛んに小説・エッセーを執筆、随筆『武蔵野』(1898年)は有名。小説には、『忘れえぬ人々』、『少年の悲哀』、『酒中日記』、『春の鳥』などの短編があるが、代表作は『牛肉と馬鈴薯(じゃがいも)』だろう。〈理想〉の生活を目指し、じゃがいもで我慢しながら北海道の開拓に従事したが挫折した男の昔語り。


 クニキダの異能力は〈独歩吟客〉。これは独歩が詩を書くときのペンネームの一つ。「理想」と表紙に書かれた手帳(クニキダはそこに自分の将来の予定をすべて書き込んでいる)に書いたモノを何でも実体化することができる。たとえば「マシンガン」と書けば、即座に実体化して使用できる。


 「異能探偵社」の中では福沢社長の右腕で、いい加減なダザイとは真逆の律義者。仲間からの信頼も厚く、仕事や計画はたいていクニキダが中心で、〈頼れるリーダー〉の魅力がある。


 探偵社のメンバーとC.V.(キャラクターボイス、担当声優)は以下の通り。


 ・中島敦 -上村祐翔

 ・太宰治 -宮野真守

 ・国木田独歩 -細谷佳正

 ・江戸川乱歩 -神谷浩史 *異能力「超推理」。ただし、実は異能力ではなく、純粋な推理能力。

 ・与謝野晶子 - 嶋村侑  *異能力「君死に給うこと勿れ」。瀕死になった患者だけ回復させる。

 ・宮沢賢治  - 花倉洸幸 *異能力「雨ニモマケズ」。どういう訳か、単なる「怪力」の能力。

 ・谷崎潤一郎 - 豊永利行 *異能力「細雪」。 作り出したイメージで空間を満たし、幻惑させる。


 ポートマフィアのメンバーとC.V.


 ・芥川龍之介 - 小野賢章 *異能力「羅生門」。着ている黒コートの布地を鋭い剣か鞭のように自在に変化させ、攻撃する。太宰のお気に入りの敦を敵視している。

 ・樋口一葉 - 瀬戸麻沙美 *異能力があるか不明。銃で攻撃する。芥川の部下で、慕っている。

 ・中原中也 - 谷山紀章 *異能力「汚れちまった悲しみに」。触れたものの重力をあやつる。

 ・尾崎紅葉 - 小清水亜美 *女性。異能力「金色夜叉」。甲冑武者(女性)を出現させて攻撃。

 ・泉 鏡花 - 諸星すみれ *もとポートマフィアの暗殺担当。途中で「探偵社」に入社。女の子。異能力「夜叉白雪」。仕込み杖をもった甲冑武者(女性)を召喚する。


 このほかにも、梶井基次郎、広津柳浪、田山花袋、夢野久作、坂口安吾などが登場する。

 

 ポートマフィアとの抗争のあとは、海外のマフィアや犯罪集団との戦いが描かれている。主だった海外「文豪」を挙げると、スコット・フィッツジェラルド、スタインベック、モンゴメリー、エドガー・アラン・ポー、ホーソーン、ドストエフスキー、アンドレ・ジイドなど。


 どの「文豪」も名前を借りているだけで、なぜそんな「異能力」を持っているのか意味不明の場合も多いが、森鷗外が使役する「エリスちゃん」や、最近の12巻になってやっと現れた夏目漱石の異能力「吾輩は猫である」などは傑作といえる。興味のある方は確認してもらいたい。


 どんな描かれ方であっても、特に明治時代の古い作家の名前が学生や若者に知られることは、教える立場の人間からすると、たいへんありがたい。国木田独歩、田山花袋、尾崎紅葉、広津柳浪などの名前がまさかこのタイプのマンガに登場するとは考えもしなかった。


 また近頃は、海外の古典的な文学作品がほとんど読まれなくなっている。古典新訳などで読みやすい文庫本も出ているので、『文スト』を機会に是非彼らの作品にも触れてほしいものだ。


 私の授業では、よくアニメ作品を使用しているけれども、アニメというのはオリジナル作品は少なく、たいていはマンガ・小説・ゲームなどの原作から出来ている。つまりアニメを扱うことは、それらの原作やメディアミックスによる他の媒体、それに海外展開などさまざまな広がりを視野に入れる必要があり、どう扱うか難しい面がある。


 そんな中で『文豪ストレイドッグス』は、私の専門との親和性の高い、有難いコンテンツだと言える。



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