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更新日:2019年09月27日

【国際学部】リレー・エッセイ2019(12)黒澤啓『アルバニアの思い出』

アルバニアの思い出

黒澤啓

 

 ギリシャの北にアルバニアという国がある。面積は四国の約1.5倍、人口は300万人弱という小さな国で、1991年に民主化するまで、社会主義政権下で数十年間鎖国をしていたという珍しい国である。隣の国のコソボと同じく、国民の大半がイスラム教徒で、母国語はアルバニア語。現在でもヨーロッパの中では最貧困国と言われており、日本もJICA(国際協力機構)などを通じてODA(政府開発援助)により、病院の医療機材を供与したり、廃棄物分野の技術協力などを実施している。筆者は2009年から2012年まで、JICAバルカン事務所(セルビアのベオグラード)に在勤中、年に数回、アルバニアに対する援助について先方政府と協議するためにアルバニアを訪問した。


 さて、2010年の2月にアルバニアの首都ティラナを訪問したときのこと。打ち合わせを兼ねた夕食を終えて、かなり遅い時間にティラナ市内のホテルにチェックインをした。民家を改造したような趣きのあるホテルで、家庭的な雰囲気もあって気に入っていたので、ティラナに行くといつもそこに宿泊していた。2月のティラナはかなり冷え込む。しかし、部屋に入ってみると非常に寒く、エアコンをチェックするとなんとドライモード。これでは冷えるのは当たり前と思い、暖房に切り替えようとしたが、リモコンが壊れていて作動しない。レセプションに電話して来てもらったが、その日は修理できないとのことで、向かいの部屋に移ることになった。しかし、運が悪いことに、そこもエアコンが故障していて作動しない。再度レセプションにかけあうと、エアコンはつくがお湯が出ない部屋ならあるとのこと。暖かい部屋で寝たいのでシャワーは諦めてその部屋に移ることに。

 

 もう時計の針は12時を回っていたが、荷物をスーツケースから出して一段落し、暖かい部屋で気持ちも落ち着いてきたので、買ってきたジュースを冷やしておこうと思って冷蔵庫を開けてびっくり。なんと飲みかけの1リットルの牛乳パックがはいっていた。前の客が置いていったのを掃除の人が気がつかなかったのだろうか。気持ちが悪いが、もう深夜だったので今更レセプションに言ってもしょうがないと思い、とりあえず気を沈めようと、ミニバーにあったワインのミニボトルを開けようとしたところ、キャップが古すぎてさびついていたのかなかなかあかない。渾身の力を絞って開けようとしたところ、ブリキのキャップが破れて指から出血。夜中に血を流していったい私は何をしているのだろうと情けない気持ちになりながらも、その日は、とりあえず暖かい部屋に満足して眠りについた。


 翌日、言いたいことは山ほどあるが、気持ちを抑えて、とりあえず飲みかけの牛乳パックのことだけクレームしようとレセプションに行ったところ、クレームを言う前に、レセプションのスタッフから驚きの発言。「今日キャサリンが戻ってくるので、部屋を替わってほしい。」 キャサリンっていったい誰??


 驚きをかくせないまま気を取り直して聞いてみると、アメリカ人のキャサリンがその部屋に泊まっていて、昨晩だけ地方に旅行に行ったので、その部屋が空いていたとのこと。1日で戻ってくるので、キャサリンの飲みかけの牛乳パックもそのままにしていたらしい。さらに私に追い討ちをかけた言葉が、ワインを開けようとして指を怪我したことをクレームしたところ、ワインを開けたのならチャージするとのこと。飲もうとしても開けられず、しかも指を切ったにもかかわらず、チャージするとの一言で限界に達した私は、すぐにタクシーを呼んでホテルを替わることにした。


 後日、ホテルのオーナーに事の顛末をまとめた苦情レターを送ったところ、次回は連泊しても1泊無料にするので是非また来て欲しいとの丁重な返事が来たが、その後、2度と行くことはなかった。


 それまで常宿にしてひいきにしていたのに、たった1回嫌な出来事に遭遇しただけで見限ってしまったのは、ホテルのレセプションに声高にクレームを言ってしまったので、また会うのはバツが悪いというのもあるが、それよりも、そのホテルに泊まるとまた何か不愉快な思いをするのではないかというトラウマになってしまったことが大きい。人間同士、国同士でも同じであり、一旦こじれるとそれまでの信頼関係が損なわれ、それを修復するには時間がかかる。このティラナのホテルでの出来事以来、それまで以上に、些細なことで人間関係を損なわないよう細心の注意を払うよう心がけているが、果たして功を奏しているのか、自問する日々である。



ティラナ市内の中央広場



中央広場の一角にあるスカンデルベグ像



ヨーロッパの佇まいのあるティラナ市街