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文芸学部取り組み・プロジェクト紹介

更新日:2016年04月10日

文芸メディアコース

受験生へのメッセージ(北村 弥生)

自己物語Self-Narrativeにおいてこそ未来の私が作られる
「私」自身をあの手この手で語りなおす、紡ぎなおす、そして発信し続ける。大学時代は、そうした作業の繰り返しなんじゃないかと思う。そうすることで「私」の未来の礎(いしずえ)ができあがる。

 

自己物語Self-受験生へのメッセージ

卒業論文ゼミナールの学生である智香さんは、北村先生にインタビューを申し込みました。北村先生の研究と先生が今の受験生にどんな希望を持っているのか、ということについて伺ってみました。

 

智香:北村先生の研究ってどんな研究ですか?
北村:人々のとりわけ若者のセルフナラティブ(自己の物語)はどのように生まれるのか、何によって影響されるのか、どのような類型があるのか、そして、その後の人生にどのように影響するのか、ということを研究しています。

 

智香:物語?小説家を目指している人の研究ですか?
北村:いえいえ、自分のことを物語る人、特に若い人たちが自分のことをどのように語るかという研究です。

 

智香:若者がみんな小説家を目指しているわけじゃないと思うんですけど。
北村:物語というのは、小説とか文学作品はもちろんのこと、もっと広い意味での物語をさします。特に私が注目するのは、自分の人生を語ってくださいと頼んだ時、彼女彼らは今までの人生のどの経験とどの経験を繋げて「これが私の人生です」と語るのでしょうか、という点です。それらのばらばらの経験を組織化して一つの秩序とかシステムとして把握することが自分の生を物語る、ということと捉えているのです。私は若者が自分の生を物語るその物語自体とそれがどのように語り直されていくのかということに興味があるのです。

 

智香:自分の物語を語るっていうことを対象にする学問は文学ではないですよね?心理学で研究されるってことも聞いたことがあります。
北村:その質問はよく尋ねられます。ですが、私は社会科学の視点で研究しています。どちらかというと社会学です。自己物語を医学の分野で研究するアメリカ人のお医者さんもいますけれど。

 

智香:じゃあ先生は社会学ご出身なんですね?
北村:法学部出身です。えーっ?なんでそれなのに、そんなことを?と次に聞きたいでしょう?少し説明させてください、法から自己物語へと研究関心を移行させてきたその経緯を。

 

智香:ひゃーっ、長そうなお話。北村先生と私の母、同じ53歳なんです。うちの母も昔のこと話すと長いんですよ〜。
北村:わかった、わかった、できるだけ短く分かりやすく説明してみます。

 

智香:よろしくお願いいたします。

北村:現代は、法化社会と言われます。ご存知ですか?

 

智香:(げっ。いきなり難しい話。まいったな〜)全然知りません。
北村:(相手を見透かしたように)難しい話じゃないです。例えば、少子化といえば社会の中で子供が少なくなっていく傾向を指しますよね。法化社会というのは、自分でルールを作って自分を律することをよしとする社会といったらいいかな。いつ法化が始まったかというと1990年代ですかね。

 

智香:そのころに私が生まれてます。正確には1990年代の終わりごろですが。
北村:そうですね、東西冷戦の壁が壊れてアメリカ型のグローバリゼーションの影響化にあらゆる産業セクターで自由競争が促進される、いわゆる規制緩和の時代が幕をあけたころです。以来、自律する個々人が自己責任において行動することが要求されてきました。消費者基本法とか、高齢社会対策基本法とか。それに、司法制度改革として、法科大学院(ロースクール)がいっぱい出来て、裁判員制度が導入されたり。裁判員制度は高校で学んだでしょう?

 

智香:はい、市民が起訴された人について本当に重い罪を犯した人かどうか判断するんですよねえ。評決っていうんでしたっけ。あれしんどそうだなあ。法律の専門家でもないのに、殺人したかどうか一般人が決めろなんてねえ。
北村:裁判員制度だけでなくてADR(Alternative Dispute Resolution 裁判外紛争解決手続)とか検察審査会制度とか、どれも市民が自分の力で自分のことを決するシステムが、多く注目されてきたのね。

 

智香:自分のことは自分で決めろ?
北村:そうです。そして、その流れでできた法規によって非正規雇用(アルバイトとかの正社員ではない働き方)の多様性が許されると、雇用が流動化(辞めたり再就職したりの繰り返し)があちこちで始まって、大学生たちは未曾有の就職氷河期を経験しました。

 

智香:就職できない社会が来たってことですね。法化社会はだいたいわかりました。でも北村先生の研究の話とその法化社会がどうかかわるのですか?
北村:ごめん、ごめん。つい話が長くなってしまいました。わたしはね、そうした法化社会のなかで弱者をどうやって守るべきだろうかという視点で民法の不法行為法という分野の研究をしていたの。

 

智香:弱いものの味方になろうとしていたんですね。
北村:今思えばずいぶん不遜なことでした。だって、自分の生活すらやっとの事で営んでいるのに、経済的弱者を守るための民事法のあり方について考察するというのは、どう考えても矛盾を孕んでいるような気がしたのです。

 

智香:正面から正義の味方をやる大人が少ないから、ずっとその研究でもよかったんじゃ。
北村:まあ、そうなんだけどね(笑)。このころ私は、実はあるチャンスを掴んでしまったの。それはITの世界で仕事をすることです。上述の法化社会の到来と同時に、我が国は情報革命が進行します(今もその渦中ですが)。1990年代は、パソコンのユーザーインターフェースが爆発的に普及し、クリックしたりドラッグしたりということに人々が夢中になり始めます。ウェブの世界では一時的に大変な人出不足になりました。その時に北村はチャンス到来と思ってしまったのでした。

 

智香:お父さんがパソコン初めて買ったって言ってた時期だとおもいます。
北村:そうです。そのころ私は、必死にアメリカのウェブ技術の本を読み漁り様々な技術を学びました。基本的にオタクの傾向があるんですね、私。ほんの一時期のことですが、その時期は面白いほど仕事がありました。それで修士号をとって間もない時期でしたが躊躇なくITの仕事を始めました。世間ではバブルがはじけて大変だとかデフレスパイラルだと言っていたその時に考えたことは、たった一つです。競争社会の加速と情報社会普及で、たしかに格差社会がやってくる、過酷な社会だ、でも、女性にとっては一発逆転できる時代が来た。今こそ、自分の能力を使ってこの社会で自己実現するチャンスが飛躍的に増加すると。学歴あるなしにかかわらず、女性の努力がいままでよりずっと適切に報われる社会がやってくるのだと。

 

智香:なるほど、負け組ばっかり出てくることを心配する前に、自分はコツコツ技術を身につけて勝てるチャンスを掴めばいいって思ったのですね?
北村:まあそんなところです。大学の研究を一時中断して、情報の仕事にありついてしばらくしたところで、たまたまニューヨーク州立大学バッファロー校の言語学研究室で1年仕事をするチャンスに恵まれました。招聘インストラクターとしての肩書きをもらって、そこで、現在の私の仕事の基礎のようなものができました。ウェブ制作とそれを人に教える仕事を始めたのです。

 

智香:えっ?いきなり英語圏で仕事ですか?だって英語はどうしたの?
北村:そりゃあ、大学時代から、将来金髪のボーイフレンドが出来た時に備えて英語を勉強していたのです。半分冗談です。

 

智香:つまり、半分本気で大学時代から将来を夢想していたのですね。その点は私と同じかも。
北村:そして、研究者としての道に再び戻るチャンスにも恵まれました。たった1年ですがニューヨーク州に滞在して帰国すると大学で教壇に立つ仕事を頂くチャンスにも恵まれたのです。

 

智香:なんだかチャンスが次から次にやってくる人生ですねえ。苦労はなさらなかったのですか?
北村:人に言えない苦労続きの人生ですよ(笑)。お金、人間関係、すべての点で苦労していますがここでは割愛。

 

智香:それから日本でどういう仕事をなさったんですか?
北村:ある女子大で情報の先生として雇われました。自分でもびっくりしましたが人で不足だったんですね。当時その分野は。そして、同時にそこで女子大生の恐ろしい就職難を目の当たりにしました。女性の努力がいままでよりずっと簡単に報われる社会がやってくると信じていた私は、大変大きなショックを受けました。真面目で柔和な女子大生達が、目の前で次から次へと就職活動に失敗して絶望のどん底に叩きつけられていく、その状況を他人事として見て見ぬふりはできませんでした。そこで、ならば女子大生のキャリア形成の問題を社会問題として研究しようと思ったのです。いままでに1000人以上の女子大生の物語を取材してきました。将来、食べていくためのキャリアを立ち上げるために、「自分」をどのように物語ったらいいのか、それがいつの間にか私のライフワークとなりました。今まさにそのデータの海に溺れそうになりながら、遅ればせながら博士論文を執筆中です。いつになったら完成させられるか…

 

智香:だいたいわかりました。先生の長い人生。
北村:研究者としての人生はまだまだです。

 

智香:今の女子高校生におっしゃりたいことがあったらひとことで!
北村:ひとことじゃ無理だなあ。3つあります。

 

智香:はい、じゃあ一つ目は?
北村:今も不景気は続いています。競争に勝てば勝つほど勝者が勝者に有利に働くルールを作る、そのことに社会全体が寛容になるというのなら、市民の立場からは、ルールは上から与えられたものでお行儀よくそれを守るという姿勢でいてはいけません。ルールそのものを疑って、間違ったルールなら修正しなければならない。そのためには現状を冷静に把握して問題を見出し、これは問題だと発言する勇気が必要なのです。

 

智香:なるほどそれが法化社会で負けない力ってことですね?では2つ目はなんでしょうか?
北村:自分の語りをあらゆる方法で発信するっていうことです。テレビや新聞だけがニュースソースだった時代は、情報のコントロールをできる立場の人々は限られていた。放送局の人とか新聞社とか。そして、その背後には国家があった。でも、いまや情報はFBやツイッターでだれでも発信できるようになりました。あなたのところへ報道記者が取材に来なくても、あなたはあなた自身のことを自作自演で報道することができる。情報発信の力は市民に解放されたのです。自分のことをいろいろに語り分けることができる。ツイッターでは自分のこういうところをアピールしよう、Instagramでは自分のこういう美意識を示そう、とかってね。

 

智香:自分のことを、メディアの特徴によって語り分けるってなんだかかっこいいですね。自分の表し方を変えるというか、そういうことですね?
北村:そうです。多メディア発信力。そして、3つ目はなにかというと、これがちょっとむずかしいのですが、一言で言うと、探索されるための想像力をもつってことです。情報発信の力が市民に解放されたということは、つまり、自分が発信する情報を誰が検索するかについて熟慮しなければならないということをも意味します。あなたが何を発信したとしても、それはあなた自身の物語の一部となって先方に勝手なイメージとなって伝わってしまう。検索されることを前提とした想像力があると、相手方に浮かび上がる勝手なイメージそのものをある程度コントロールできますよね?

 

智香:う〜ん、なんかよい例はありませんか?話が抽象的で。
北村:そうですねえ。それでは、英語が話せる人を恋人にしたいとあなたが思ったとしましょう。その恋人が仮に今地球のどこかにいるとして、その恋人はどんな女性を探しているでしょうか?やっぱり英語が喋れる女性がいいなあと思っているはずではないでしょうか?だったら、その恋人と知り合う為に今あなたがやるべきことは、どこかのインカレのクラブに入るよりもまず、英会話を真剣に学ぶことの方が遠回りのようで近道です。自分が求める人自身が何を求めているかを想像するのは実は結構大変なことです。そのための想像力は、簡単に培うことができません。あらゆる社会状況あらゆる文脈の陰影のなかに自分を語り直し紡ぎなおすことで少しずつわかってくるものです。文芸学部の学び舎でこのことと格闘していると、気がつけば将来の「私」、希望通りに検索される「私」がその語りの中に芽を出している筈です。

 

智香:発言する勇気を持つこと、多メディアで自分のことを語り分けること、検索される「私」を想像すること、この3つということでしょうか?
北村:そうですね。


智香:ありがとうございました。
北村:こちらこそ。