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更新日:2017年04月26日

【国際学部】リレー・エッセイ(2) 木戸雅子『ジャコメッティとともに』から始まった

 『ジャコメッティとともに』から始まった


木戸雅子


 昨年、上海にある余徳耀美術館でアルベルト・ジャコメッティの大回顧展が開かれた。ジャコメッティ(1901-1966)は、スイス出身でパリを拠点に活躍した現代彫刻を代表する作家である。針金のように細く肉体を削り取った独特の人物彫刻で良く知られている。ジャコメッティの彫刻展が開催されるのは久しぶりであったし、上海の現代アート美術館に250点もの作品が出品されると知り、これはどうしても見なければと7月に上海へ飛んだ。


 「どうしても見たい」という思いは、若い頃に大きな影響を受けた一冊の本への少々センチメンタルな懐古からでもある。それは哲学者の矢内原伊作(1918-1989)による『ジャコメッティとともに』(1969年 筑摩書房)という本で、当時の新進気鋭の彫刻家アルベルト・ジャコメッティとそのモデルを務めた矢内原との精神的な交流の記録である。パリに留学中に矢内原はジャコメッティと知り合い、ジャコメッティの求めに応えてモデルを引き受ける。「見えるとおりに描きたい」と時間を忘れてジャコメッティは矢内原の肖像を描くが、「これではだめだ、もう少しで見えてくる」と言っては一日が終わると消してしまう。こうした日々が延々と続き、矢内原は真実に近づこうと苦悶する芸術家の仕事を中断するのが忍びなく、何度も帰国を延期してジャコメッティの前に座り続けた。


 漠然と芸術とか美術に憧れて東京藝術大学の芸術学科に入学したばかりの私に彫刻科の友人がこの本を貸してくれた。作品を作るのではなく物の本質に近づくために、表面のウソを削り取っていくかのように対象を見ようとする作家の姿勢や、その間に発せられる言葉の一つ一つが心に響いた。当時は実存主義や記号論などが流行っていて、藝大でも「存在とは何か」をテーマに食堂でサルトルやメルロ・ポンティなどの読書会が開かれているような時代だった。一方大学の庭では彫刻科の学生たちが、晴れても雨でも朝から晩まで、大きな石の上に乗っかって黙々と鑿(のみ)を振るい続けている。彼らは到底私にはできそうもないし、やろうと思ったこともないことをしている人たちとしか見えなかった。だが、この本を読んで以来、矢内原がジャコメッティに向ける眼差しと私が彼らに向けるそれが重なってしまったような気がする。彫刻家への一種の畏敬の念が生まれたのだ。


 余徳耀美術館は、飛行機の格納庫だった巨大な建物を中国の現代アートのコレクションを展示するために改築(建築家、藤本壮介)して、2014年に開館した新しい美術館である。ジャコメッティ展は、パリのアトリエの内部の再現から、画家であった父の作品、スイス時代の初期の油彩画や彫刻から晩年の代表作である巨大な<歩く男>まで充実した内容の展覧会だった。<歩く男>のシリーズは、美術館の中央の巨大な空間に展示されても決して空間に負けない見事な存在感を与えていた。そのそばにジャコメッティと矢内原の交流を紹介するコーナーが設けられていた。画架に矢内原の肖像を載せ、その後ろの壁にはジャコメッティとその妻アネットと矢内原の写真が拡大して展示されており、『ジャコメッティとともに』が再現されているのが嬉しかった。かつてこの本を貸してくれた夫とともにそこに立てたことも。


 この展覧会の一部が日本にやってくる。6月14日から9月まで六本木の国立新美術館で開催される没後50年を記念するという「ジャコメッティ展」である。上海の美術館とは異なる空間でジャコメッティの作品がどのように見えるのか、今から楽しみである。


 今年は、この他にも「ミュシャ展」、「草間弥生展」、「バベルの塔―ブリューゲル展」、「シャセリオー展」、「アルチンボルト展」など充実した展覧会が目白押し、本物を見ることができる絶好の機会をお見逃しなく。


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