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更新日:2019年05月17日

【国際学部】リレー・エッセイ2019(2)細野豊樹「トランプ政権期のアカデミー賞受賞映画」

 移民やイスラム教徒に対する白人労働者層の反感を煽る扇動政治により、2016年の大統領選挙でドナルド・トランプが当選しました。そして現在のアメリカ政治は、何が何でもトランプという35%前後の強固な支持層と、トランプを否定する45%前後の反トランプ層に二極化している状況です。最近のハリウッド映画は、こうした世相を反映し、トランプの扇動と逆のメッセージを発する作品が目立つようになりました。以下では2018年アカデミー賞長編アニメ賞受賞の『リメンバー・ミー』(原題:Coco)および2019年作品賞の『グリーンブック』を、トランプ流の政治と関連づけてみたいと思います。筆者は政治学者なので、作品の中身の評価はなるべく控えて、主に政治的文脈やビジネスの観点からの考察を心がけます。


メキシコが舞台の『リメンバー・ミー』 

 『リメンバー・ミー』はメキシコの「死者の日」を題材にした、ディズニー/ピクサーによる3DCGアニメーションです。近年の長編アニメーション賞受賞作は、ディズニー/ピクサーの作品が多いので、そこに驚きはありませんが、「死者の日」に先祖を供養するメキシコの習俗を前面に出した舞台設定は新鮮でした。アメリカの3DCGアニメーションは、舞台設定が無国籍的なファンタジーが主流です。そのほうがグローバルなマーケティングに有利だからと考えられます。歴代長編アニメーション興行成績全米1位の『インクレディブル・ファミリー』を始め最も儲かっているアニメーションは、特定の文化にあまり深入りしない作品で占められています。

 

 こうしたなかで、『リメンバー・ミー』はメキシコの文化に最大限のリスペクトを払い、舞台設定がメキシコ人にも支持される作品をものにしました。『リメンバー・ミー』はメキシコにおける歴代興行成績1位を記録しています。ディズニー映画には、『パール・ハーバー』のように、日本の描写が奇妙であったり、明らかに史実に反する場面が残念な事例もみられます。これに対し『リメンバー・ミー』の制作では、プロデューサーのダーラ・アンダーソンおよび原案発案者のリー・アンクリッチ監督を始めとする関係者がメキシコの現地取材を行い、声優をヒスパニック系で固め、コンサルタントを雇い、共同監督・脚本にヒスパニック系のエイドリアン・モリーナを起用するなどにより、メキシコの文化を正しく描くことに注力しました。

 

 隣国を作品の題材とする場合は、文化摩擦を起こさないよう神経を使う必要があります。例えば『リメンバー・ミー』にメキシコの国民的画家のフリーダ・カーロが登場します。この映画では全く問題になりませんでしたが、カーロが2001年にアメリカの記念切手の意匠となった際に、ジェシー・ヘルムスというトランプに似た右派の扇動政治家から攻撃されています。カーロが共産主義に共鳴していたからという理由です。このように外国の文化を題材にすると、思わぬことが摩擦を招くリスクが高まります。舞台が国籍不詳の作品には必要のない気配りが求められるので、異文化を扱った作品の制作は難易度が高いのです。

 

 メキシコを題材にした『リメンバー・ミー』が、トランプ政権の2年目にアカデミー賞を受賞したことは、誠に時宜を得ていました。それはトランプ大統領による扇動政治の要が、メキシコ系移民に対する反感を煽ることだからです。2015年6月にトランプタワーでトランプは大統領選へ立候補を表明するのですが、その際にメキシコからの入国者を「麻薬をもたらす」「犯罪をもたらす」「レイプ魔」と述べて攻撃し、その後もこうした中傷を繰り返しました。そしてメキシコとの国境に壁を築き、その建設費をメキシコに負担させると公約しました。トランプ大統領は当選後も今日に至るまで、この国境の壁の建設に執着しています。2018年の中間選挙で共和党が連邦議会下院で過半数を失い、建設費の予算化が困難になったにもかかわらずです。

 

 トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」は、わが国では保護貿易の観点から注目されていますが、アメリカの産業労働者の数は過去20年間に半減しており、居住地域も中西部の一部に偏っています。外国人労働者や不法入国者を叩くほうが、広い範囲の保守層にアピールできるのです。2016年大統領選において産業労働者からの得票増がトランプの当選に寄与したのは間違いないですが、トランプの得票を詳しく分析すると農村・小都市での得票が大きく寄与しています。これらの地域ではメキシコ叩きのほうが票になったと考えられます。近年、人口や経済が停滞して繁栄から取り残されたと住民が感じる農村地域が欧米で増えており、排外的なメッセージが受け入れられやすくなっています。こうしたトレンドについては、欧州の右傾化と農村地域の不満を関連付ける『ワシントン・ポスト』の論考が参考になります。

 

 アンクリッチ監督がこの作品の原案を発案したのは2011年に遡ります。トランプが大統領選に立候補するはるか以前のことであり、先見の明があったと評価できます。実は非大学卒の白人(特に男性)が熱狂するトランプ旋風の下地は、この時期からありました。2010年の中間選挙において民主党が大敗しましたが、その背景にリーマンショックによる景気後退に直撃された非大学卒の白人の不満が存在しました。オバマという初の黒人大統領への反感も寄与したと考えられます。こうした不穏なムードが高まる中で、プロデューサーのアンダーソンやアンクリッチ監督が、メキシコ人一家の家族愛をテーマにしたアニメーションを構想して時代を先取りしたことは、特筆に値します。

 

 『リメンバー・ミー』の興行成績は全米第37位の約2.1億ドルにとどまりました。同じディズニー/ピクサーでアンクリッチ監督とアンダーソンが組んだ『トイ・ストーリー3』の歴代5位、約4.15億ドルなどと比べると見劣りします。米国を除く国際市場では歴代第10位の約5.9億ドルと善戦し、アメリカ国内よりも国外の評価が高い興行成績です。プロデューサーのアンダーソンは、今までスクリーンで描かれなかった題材を取り上げたこの作品について「一生に一度の取組み」であると感じたとインタビューで答えています。ベテラン製作者のアンダーソンには、メキシコ文化を前面に出すことが興行的には不利だと分かっていたと思われます。それでも是非とも手掛けたい作品だったのでしょう。


『グリーンブック』のメッセージ 

 2019年のアカデミー賞作品賞ノミネート作品8作品のうち、『グリーンブック』および『ブラック・クランズマン』)が人種問題を扱い、『バイス』が大統領府の権力濫用をテーマとし、『ROMA/ローマ』が1970年代のメキシコを舞台としていて、トランプ大統領の政治との接点を感じされる作品が目立つ年でした。作品賞を受賞した『グリーンブック』は、人種差別に満ちた1962年の南部で公演ツアーを行った天才黒人ピアニストのドナルド・シャーリーと、彼が雇ったイタリア系白人の運転手/ボディーガードのトニー・ヴァレロンガとの友情を扱っています。同じ2013年に2人が死去した後、ヴァレロンガの息子によって描かれた実話がベースです。トランプ政権下という文脈で、人種を超えた友情を扱った映画の受賞は、時宜を得ていました。主人公のヴァレロンガは、人種差別的意識を持つ白人であり、こうした人物が雇主である黒人との相互理解を深めるという心温まる物語には、トランプ政権期ならではのメッセージ性があります。

 

 トランプ大統領について、かつての顧問弁護士が「人種差別主義者」だと連邦議会の公聴会で証言しています。トランプは2011年に翌年の大統領選立候補を検討していたのですが、オバマ大統領の出生地について執拗に疑問を唱えて注目を集めました。オバマがハワイ生まれであることは明白ですが、外国生まれのイスラム教徒であるという誤解・偏見が右派的な人たちでの間で少なくありませんでした。オバマ政権はこうした言いがかりを無視していたのですが、トランプからの再三の攻撃にたまりかねて、出生証明書の公開を余儀なくされました。初の黒人大統領への反感を抱く人たちを狙った人気取りだったといえます。

 

 トランプによる反イスラム的言動も2016年大統領選において目立ちました。特に注目を集めたのは、2001年9月の同時多発テロの際に、ニュージャージー州ジャージー・シティにおいて、対岸のニューヨーク市ワールド・トレード・センターの倒壊を喜ぶ数千人の群衆を目撃したとの主張でした。メディアの調査で事実無根とされています。上述の元顧問弁護士はトランプを「詐欺師」とも呼んでいます。

 

 『グリーンブック』はエンターテインメントとして楽しめる作品であり、筆者がシネコンで観賞した際も中高年の観客で賑わっていました。しかし、シャーリーの遺族からは事実に反すると批判された作品でもありました。映画でのシャーリーは孤独な天才ピアニストとして描かれており、ヴァレロンガとの交流を通じて心を開くようになったとされていますが、遺族がこれを否定しているのです。

 

 問題はそれだけではありません。ヴァレロンガの息子はトランプ大統領のファンであり、上述のジャージー・シティの群衆をめぐるトランプの主張について「100%正しい」と2015年にツイートしていたことが批判され、2019年1月に謝罪しました。また、ピーター・ファレリー監督および主演のヴィゴ・モーテンセンも不適切な言動で謝罪しています。それでも2019年の作品賞を受賞したのは『グリーンブック』でした。

 

 こうした結果は、作品の面白さもさることながら、受賞作を選定するAMPAS(映画芸術科学アカデミー)のメンバー構成とも関係しているといえるかもしれません。AMPASは構成員を公表していませんが、『ロサンジェルス・タイムズ』の調査により、改善の努力は行われているものの、白人男性に傾斜していることが明らかにされています。2016年において投票権を有した6,216名のうち、1,500名が女性で535名が非白人でした。受賞候補作などを決める執行部は実に98%が白人で占められていました。同紙の2012年の報道では、50歳以下は14%にとどまり、構成員の年齢の中央値は62歳でした。メンバーは終身制なので、構成員の入れ替えにはある程度時間がかかります。

 

 2019年の作品賞候補のうち、黒人を主人公とした『ブラック・パンサー』の2018年興行成績(約7億ドル/1位)は、『グリーンブック』(約8,500万ドル/31位)を圧倒していました。にもかかわらず、事前予想の段階からコミックを原作とした『ブラック・パンサー』は受賞圏外であろうと評されていました。年齢構成が高いAMPASの保守性の表れなのかもしれません。初の黒人大統領への反動ともいえるトランプ政権の時代だからこそ、AMPASおよび映画業界は構成員のダイバーシティ(多様性)に向けた取組みの加速を突き付けられているといえます。

 

 以上、最近のアカデミー賞受賞作品について、主に政治的文脈、ビジネスそしてダイバーシティの視点から論じてみました。国際学部の面白さは、こうした社会科学と文化研究を融合した学びができることです。