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更新日:2018年07月24日

【国際学部】リレー・エッセイ2018(14) 佐藤雄一「大切な記憶」

大切な記憶

佐藤 雄一


 あなたが一番大切に思っている記憶は何ですか?


 この質問を夫婦それぞれにすることによって、夫婦の愛情の絆の強さをはかるという場面が、ノーベル賞作家カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』に描かれています。


 私が一番大切に思っている記憶は…、と記憶をたどり始めたとき、脳内ではどんなことが起こっているのでしょうか。「記憶をたどる」と表現しましたが、実際には脳内のどこかに古い順に並んでいる記憶を「たどっている」のではなく、思い出そうとしている瞬間に記憶を作り出しているらしいのです。

 

 1970年代ごろまでは、ある特定の記憶が特定の分子の形をとって脳細胞中に貯められるという記憶の仕組みが想定され、記憶物質をつきとめる実験がおこなわれていたようですが、実際に記憶物質が存在するわけではないようです1


 私たちの体は、私たちが摂取した食べ物で作られています。私たちが摂取した食べ物は分子レベルまで分解され、いったん私たちの体を構成するものの、それはやがて分解されていきます。体として見えているものは、同じ物質がずっとそこにあるわけではなく、絶え間なく合成され分解されていく流れのなかの一時的な状態であると考えられます。このように生命が絶え間ない流れの中の一時的な「淀み」にあることを福岡伸一は「動的平衡」と呼んでいます。


 私たち自身が物質の分解と合成の流れの中に存在するのであれば、そこに記憶物質が存在し続けることは不可能だということになります。脳細胞の分子も次々と入れ替わり、いつかは分解されなくなってしまうのですから。


 では、私たちの記憶はどこにあるのでしょう。福岡は細胞と細胞の間にあると考えています。


 神経の細胞は互いに結合して神経回路を作っていますが、この神経回路は経験や学習などさまざまな刺激と応答の結果として形成されます。回路のどこかに刺激が入ってくると、その回路に電気的な信号が伝わり、信号が繰り返し回路を流れると、回路はその都度強化されます。神経回路は、クリスマスに飾りつけされたイルミネーションのようなもので、電気が通ると順番に明かりがともり、それはある形(たとえば星座のような形)を作ります。たとえ、個々の神経細胞の中身のタンパク質分子が合成と分解を繰り返し、すべて入れ替わってしまっても、細胞と細胞とが形作る回路の形は保持されています。


 この回路に何らかの刺激が入力されると、刺激はその回路を伝わり、順番に神経細胞に明かりを灯していきます。長い間忘れていても、回路の形はかつて作られたときと同じ形を保っていて(長い年月のうちには少しずつ変容するかもしれませんが)、すっと残っていくことになります。


 これが福岡が考える記憶の仕組みです。


 分子レベルでは常に物質が入れ替わっている「動的平衡」状態にある私たちにとって、記憶は重要な働きをしています。1年前の私と、現在の私は分子レベルでは全く異なっているにもかかわらず、私は私自身を(1年分老けた感じはするけれども)私であると認識しています。R.D.レインはアイデンティについて、「アイデンティティとは、それによって、この時この場所でも、あの時あの場所でも、過去でも未来でも、自分が同一人物であると感じるところのものである」2と述べていますが、記憶(同じ形を維持している神経回路)によって私はかつての私と現在の私が「同一人物である」と感じることができるのです。


 先日ホームカミングデイが開催され、多くの卒業生たちと思い出話に花を咲かせ、楽しい時間を過ごすことができました。国際学部の前身である国際文化学部が八王子キャンパスにあったころ地下の食堂でお寿司パーティーを開いたことや、コース旅行で北海道に行ったこと、高尾山へ登山に行く人たちと一緒に登校していたこと、八王子から神田へ移転する際に卒論ゼミだけ神田の3号館で行なっていたことなど、コースやゼミが違っていても共通の思い出がいろいろとあり、とても懐かしく感じました。


 毎年、多くの学生が入学し、卒業していきます。1年単位でみると、国際学部は約1100名の学生で構成されていますが、入学と卒業を繰り返し、その構成要素は決して同じではありません。学生は4年経てばほとんどが入れ替わってしまいますし、教員も長い年月の間に入れ替わってしまいます。


 卒業生同士、あるいは卒業生と教員のそれぞれの記憶を共有する(共通の記憶をその場で作り出す)機会がホームカミングデイだとすると、多くの学生が入学しては卒業する、教員が着任し退職するという流れの中で、ホームカミングデイは、共立女子大学国際学部としてのアイデンティティを確認する貴重な時間なのかもしれません。


 現在国際学部に在籍している学生たちが、数年後ホームカミングデイに来てくれた時、そこではどんな記憶が語られるのでしょうか。時間を超えてつながっていけるようなこと、星座の形を残し続けられるようなことが何かできないですかね。


1 福岡伸一(2017)『新版 動的平衡』小学館新書

2 R.D.レイン著 志貴春彦・笠原嘉訳(1975)『自己と他者』みすず書房


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