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更新日:2018年01月13日

【国際学部】リレー・エッセイ(28) 神田千冬「外国語のカタカナ表記」

外国語のカタカナ表記

神田千冬


 昨年六月に生れたパンダの香香は生後六ヶ月を迎え、一般公開も始まった。その愛くるしい姿は人々の心をなごませ、「シャンシャン」という名前もメディアを賑わせている。


 「香香」の中国語での発音は中国語表音ローマ字では“xiangxiang”と表記され(イントネーションを示す声調記号は省略する。以下同様)、あえてカタカナで書くなら「シァンシァン」が原音に近い。「シャン」と表記すると、“shang”または“shan”の音が思い浮かぶ。“shang”は「上野shangye」の“shang”でもあり、中国語を知る者にとっては「シャンシャン」は「上上」かと思ってしまう。事実、あるラジオ番組では「上野動物園で生れたから『上上』と名づけたのかと思った」というリスナーの手紙を紹介していたという。


 また、香香の一般公開直後、中国外交部の華春瑩副報道局長が定例記者会見で「シャンシャン」について日本人記者から質問を受け、一瞬、日本外務省の杉山晋輔事務次官に関する質問と聞き違えたというニュースも報じられた。「杉山」の表音ローマ字表記は“shanshan”でまさに「シャンシャン」と発音するからだ。中国語の発音からみると、「シャン」は“shang”や“shan”とは結びつくが、“xiang”とは結びつきにくいことがわかる。このように中国語では“xiang” と “shang”は別の音であり、意味も違ってくるので、カタカナでも書き分けるのが望ましい。


 同様の例は中華料理の定番「青椒肉糸」(チンジャオロース)の「椒jiao」や「小籠包」(ショーロンポー)の「小xiao」にも見られる。 “jiao”には似た音に“zhao”があり、「ジャオ」と書くと両者の区別がつかない。“jiao”を「ヂァオ」、“zhao”を「ジャオ」と書き分ければ、完全とはいえないまでも区別できる。“xiao”も類似音の“shao”と区別するには「シァオ」と「シャオ」に書き分けたいところだ。


 しかし、他の外国語でもカタカナ表記が原音の違いを書き分けていない例がある。例えば、「シンクタンク」(thinktank)の“think”と「シンク」(流し)の“sink”はそれぞれ語頭の子音が違うが、どちらも「シンク」と表記されている。“club”(クラブ)や“drum”(ドラム)のようにlとrの違いも同じ「ラ」行になってしまう。


 カタカナ表記にはもう一つ日本語の発音という問題が関わってくる。日本語の音節は大部分が「子音+母音」の構造だが、母音は単母音で、複母音(2つ以上の母音が1音節となる構造)がない。「キャ・キュ・キョ」(kja・kju・kjo)のように半母音[j]を伴う拗音の構造がやや二重母音に近い。一方、中国語の母音には“ia・ ie・ uo”などの二重母音や“iao・ uei”などの三重母音、また複母音に“n ・ng”がついた“iang・ uan”などの鼻母音があり、日本語より複雑で音節数も多い。中国語学習の入門段階でこの二重、三重母音を正確に習得するのはなかなかむずかしい。例えば、「家jia」は「ジャ」に、「橋qiao」は「チャオ」に、と拗音的になりやすいし、「図書館」の「館guan」(グァン)は“u”が抜けて「ガン」になりやすい。日本人は二重、三重母音に慣れていないからである。「香香」も仮に「シァンシァン」と表記しても、多くの日本人は「シャンシャン」と発音してしまうだろう。拗音の「シャ」の方が言いやすいからだ。


 カタカナはどんな外国語も巧みに日本語にとりいれているようにみえるが、やはり日本語の文字という限界を超えることはできない。カタカナ語と元の外国語との違いはすでに多くの研究者の指摘するところである。


 とはいえ、日常生活における外国語や外来事物の増加によってカタカナ語も少しずつ変化している。かつて、”fan・film”を「フアン・フイルム」と発音した世代は減り、「ファン・フィルム」は定着した。「デュエット」の「デュ」や「カンツォーネ」の「ツォ」も外国語の影響で生れた表記である。“raincoat”は「レーンコート」より「レインコート」の方が優勢になってきた。後者は原音の二重母音[ei]を反映させている。“play”も「プレー」に加えて「プレイ」も見られる。このような外国語のカタカナ表記の多様化がこれからも進んでいくならば、中国語のカタカナ表記もどう変化していくのか、興味深いところである。


 日本に生れ、カタカナの名前をもらったシャンシャンが元気にすくすくと育ち、ことばの壁を越えて日中両国で愛され続けることを願っている。



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