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更新日:2017年11月17日

【国際学部】リレー・エッセイ(23) 八十田博人「ランペドゥーザの人々」

「ランペドゥーザの人々」

八十田 博人



 イタリア最南端の島、ランペドゥーサ島は、シチリア島のパレルモ(シチリア州の州都)からプロペラ機で1時間50分、シチリア島南部のポルト・エンペドクレ港からだとカーフェリーで10時間の位置にある離島である。シチリア島よりもアフリカ大陸のほうが近い位置にある(といっても、最も近い港でも200kmはある)ため、装備が不十分な船で地中海を渡り、EU領内に入ろうとする移民(難民を含む)が海上で救助された後に上陸する島として有名になった。


 私は、2017年3月上旬と9月下旬の2回、この島を訪れた。ランペドゥーサ島は、もともとは漁業が中心の静かな島だったが、近年は手つかずの自然が好まれ、夏はマリン・スポーツを目当てに人口6千人の島に3万人の観光客が押し寄せる。冬は閑散としている目抜き通りでも、夏はカフェが屋外に所狭しとテーブルを並べ、夜中まで店を開いている。


 幸い、3月の滞在で宿泊したB&Bを経営するパオラさんが、島民の有志と協力して移民たちの支援活動をしていて、この島と移民の関係について幾つかのことを知ることができた。


 まず、私が到着した日には、パオラさんの友人の弁護士が本土から来ていて、島の教会の一室を借りて、支援活動にかかわる市民たちと難民申請を準備している移民たち数人に手続きなどの法的なアドバイスをしていた。移民たちはセネガルやトーゴなどサハラ以南の出身者で、旧宗主国の言語である英語やフランス語は話せてもイタリア語は話せないので、地元の人でそれぞれの言語に通じた人が通訳についていた。質問内容はどれも真剣なもので、申請手続きの微細な部分に及んだ。



 翌日には、午後に海上で移民を救助したスペインのNGOの船が港に着くと聞いて、対岸の丘の上からカメラを構えた。近くに行っても問題はなかったのだが、救援活動の邪魔をしたくなかったのである。イタリアやEU各国の海軍や海上保安庁なども地中海に船は出しているが、現在では移民の救助よりも違法密航業者の摘発に重点が置かれており、それらがカバーできないところでは、こうしたNGOが自ら船を出して救助しているのである。移民たちは体温を守るために黄色い薄手のアルミニウム製のジャケットを着せられているが、それが風になびいて光り、遠くからでもよく見える。移民たちは赤十字のスタッフらに導かれ、整然とバスに乗り、受け入れ施設に運ばれていった。



 滞在最後の日には、自前の資金で難民を空路で安全に運ぶ「人道的回廊」事業を行っているイタリア・プロテスタント教会系の組織「地中海の希望」(Mediterranean Hope)が、ドイツからの訪問団に島の共同墓地内にある移民たちの墓を案内するのに混ぜてもらった。その墓の一つに、「ヤシン」という名のエチオピア人男性の墓があったが、碑銘には「この男性はヤシンという名と思われる」「スウェーデンの受け入れ施設に妻子がいると思われる」とある。支援活動をしている人たちが関係者に聞き取り調査をして可能な限り得られた情報を入れたのだが、証明する文書もないので、断定はせず、遺体が島に到着した日付以外は、「と思われる」という記述になっている。つまり、これは断片的な情報なのだが、それでも無名のままとせず、一人の個人として埋葬して、人間の尊厳を守ろうとする島の人たちの思いが伝わってきた。


 パオラさんによれば、島内でも移民に対する受け取り方はさまざまだという。実際、移民の受け入れに前向きだった中道左派の女性市長は、6月の市長・市議会選挙でより慎重な元市長に敗北した。しかし、私が島内で支援活動をする人たちから感じたのは、特定のイデオロギーではなく、自分たちの島は移民に対して人間的な接し方のできる島であってほしいという真摯な思いである。そういう人たちが現に少なからずいることがとても貴重なことに思えた。


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