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Vol.42 森 優子 34回生

Vol.42 森 優子 34回生

1.今の自分(自己紹介・職業紹介)

今は、声優の仕事をしています。私は自然が大好きな活発な少女でした。物心つく頃には、女優や歌手になる夢を抱いていました。声が大きく良く通ると褒めてもらう機会が多かったので、自然に声優になりたいと思うようになりました。声優の専門学校へ行きたいと思うようになり、両親と話し合い大学まで進学をしました。そして、大学4年の秋、声優事務所の一般公開オーディションに合格し、卒業と同時に声優事務所(株)シグマ・セブンeへ所属しました。声優になるためには、専門学校や養成所へ通うのが一般的なので、私の場合は少し特殊なルートで声優の世界へ足を踏み入れました。声優業界のルールや基礎などを習ったことが無く、とくかく必死に独学で学びました。今やらせて頂いている声優のお仕事の内容は、アニメのアテレコだけではなく、洋画の吹き替え、マスコットキャラクターの声、テレビ番組・CMのナレーション、ラジオ、レポーター、教材の音声やなど幅広く、多岐にわたります。教材の音声では全国の学生の方へ向けたお仕事もやらせて頂いているので、もしかしたら皆さんの日常のなかで、私の声が聞こえているかもしれません。

2.共立女子第二中高時代の思い出、学校の良さや受験生に伝えたいこと

共立二高へ入るきっかけは、小学6年の秋に、姉の推薦入試の迎えに初めて学校へ来た日でした。大自然の中にどーんと建つ白い大きな校舎。庭にはうさぎやにわとりが放し飼いになっていて「なんて素敵なところなの」と心ときめきました。そして、姉とともに共立二高へ入学しました。広い体育館や大講堂など、はじめて見るスケールの大きさに、カルチャーショックを受けました。12歳から18歳という様々な年齢の生徒が同じ環境で過ごすことも刺激的で、先輩に憧れたりもしました。入学してすぐ、ポスターのモデルに選ばれました。撮影は初めての経験だったので良い思い出です。

そして二高の思い出で私にとって欠かせないのが、部活動です。演劇部へ入ると決めていたのですが、友人に誘われ元々運動が大好きだったこともあり、バドミントン部へ入部しました。部活動は心身共にとてもハードで、顧問の先生や先輩から沢山のことを学びました。ここで身についた忍耐や諦めない勝負強さなどの経験が、今の仕事のなかでも生きていると感じます。八王子市の春と夏のバドミントン大会で優勝し、毎学期末、大講堂の壇へ上がり全校生徒の前で表彰されるのが楽しみでした。

バドミントンに夢中になっていたその頃、もちろん声優の夢も追いかけていました。台本をすらすら読めるように漢字検定を取ったり、歌舞伎の「外郎売」を丸暗記したりと様々な努力をしました。昼休みに中庭でボイスレコーダーへ声を吹き入れて練習していると、先生に見つかり没収されてしまったこともありました。その後、先生は「森さんは声がよく通るから」と言って授業のときに、私に教科書を読ませてくれました。進路のことで不安になった時にも、先生方が親身になって励ましてくれて心強くかったです

共立二高での6年間は、どちらかというと優等生の反対だった私にいつも全身全霊で向き合ってくれた先生方が、とっても印象に残っています。時に厳しく叱られたこともありますが、そこには愛がこもっていました。そして、苦楽を共にした大切な友人との思い出は、いまでも思い出し笑いをしてしまうくらい宝物です。

3.受験生へのメッセージ

共立二高は、学校も先生も友達も全てがアットホームな雰囲気です。いつも自然体でいられます。そして体育祭や白亜祭、合唱コンクールなどのイベント事は先生方と生徒共々、全力で大盛り上がりします。体育祭は男子がまぎれているんじゃないかと思うくらいの気迫があって楽しいですよ。そして必ずどんなときも先生方がとても親身になって寄り添ってくれます。友人と共に笑い、共に泣き、成長しあえる環境があなたを待っています!

4.この学校の良さを、ひと言で表現すると…

第二の故郷のような暖かい学校。

5.プロフィール

1987年7月  東京都八王子市 出身
2000年3月  八王子市立浅川小学校 卒業
2003年3月  共立女子第二中学校 卒業
2006年3月  共立女子第二高等学校 卒業
2006年4月  共立女子大学 文芸学部 文芸学科 劇芸術コース専攻 入学
2010年4月  共立女子大学 卒業
2010年4月  (株)シグマセブンe 所属
2019年現在  アニメ・テレビ・外画・ラジオ等さまざまなジャンルで活動中。
        テレビ番組「日立 世界・ふしぎ発見!」ナレーション
        テレビアニメ「約束のネバーランド」ラニオン役 etc…