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vol.9

共立のあの先生が解説!

キャリコ通信

ポップミュージックからリアルな人々の想いを読む

2017.05.25

欧米をはじめ世界中の人々から愛される、ポップミュージック。
 
BGMとして聞くのも楽しいけれど、じつは歌詞やミュージックビデオにはさまざまな社会的メッセージが込められているといいます。その本当の意味を知ることができたら、きっと新しい世界が見えてくるはず。そこで、共立女子大学文芸学部文芸学科でブラジル音楽や比較文学を教える福嶋伸洋准教授に、音楽からわかる人々の想いについてお話を伺いました。
 
「大学の授業では、ポップミュージックのなかでも特にメッセージ性の強い曲を選んで流します。最近では、アメリカの歌手、ジェニファー・ロペスが歌う『Ain't Your Mama』のミュージックビデオを取り上げました。2016年に話題を呼んだ曲です。演説者になったジェニファーがテレビを通して女性たちに自立を呼びかけ、それを見た主婦やタイピスト(これもジェニファーが演じている)が家庭に服従することを放棄し、路上に出て同じ意思を持つ女性たちと踊るというもの。家庭内での仕事を女性に押し付ける考えに対して抗議をしたプロテストソングです」
 
プロテストソングとは、社会的抗議のメッセージを含んだ曲のこと。アメリカでは多くの女性が自らの社会的権利を主張したいと考え、こうしたプロテストソングが大ヒットしたのだとか。
 
「近代の資本主義経済において『男性=稼ぎ手、女性=主婦』という考えが確立し、女性は生産の現場から退去させられてきました。さまざまなメディアで“女性らしさ”や“母性の価値”がうたわれ、恋愛や結婚が奨励されました。そして、女性が家事という“不払い労働”に従事することで夫の労働力を支えるべきとされ、それが「愛」のために自発的になされるものとされてきたのです。もちろん女性にも様々な生き方があり、一人ひとりが自ら選んだ道を否定するわけではありませんが、社会に根深く残るそうした女性特有の状況に対して、ジェニファーは『あなたの生き方はあなた自身のもの』『慣れてしまった現状にくすぶらないで』と女性たちに問いかけ、意識の変化を呼びかけています」

▲ジェニファー・ロペス『Ain't Your Mama』(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル)のCDジャケット。ラテン系のジェニファーが、アメリカの白人女性を演じている
▲コモン『Black America Again』(ユニバーサル ミュージック)のCDジャケット

短い期間で作ることができるポップミュージックは、文学などと比べてタイムリーに社会状況に反応できるため、アメリカでは社会的抗議のツールとして大きな役割を果たしています。また、ポップミュージックで人気ジャンルのひとつであるヒップホップにも、社会的なメッセージを強く発信するプロテストソングがたくさんあります。
 
「ヒップホップは、奴隷制から引き継がれた黒人差別への抗議を歌っているものもあります。なかでもわかりやすい2016年の例が、シカゴ出身の社会派ラッパー、コモンの曲です。彼は、ドナルド・トランプが大統領選でキャッチフレーズにしていた「Make America Great Again」への応答として、『Black America Again』という象徴的な曲を作りました」
 
2008年のオバマ大統領の就任は、アフリカ系アメリカ人だけでなく、アメリカのなかで肩身の狭い境遇に置かれてきた民族的にマイノリティの人々の勝利と受け止められました。しかしそれに反発するかのように警察官による黒人射殺事件が多発。トランプ政権化では、さらに黒人差別が顕在化しつつあります。これに対してコモンのこの曲は、2012年に自警団に射殺された少年トレイボン・マーティンの悲劇についても歌い、抗議を表明しています。
 
「この曲は、アメリカやヨーロッパで長く行われてきた奴隷制と黒人差別、そしてアメリカが先住民であるネイティブアメリカンから土地を奪ったという非人道的な2つの暴力を重ねて社会批判を行っています。コモンとともにこの曲の歌い手として登場するスティービー・ワンダーは、次のようなフレーズを歌っています。“私たちは、アメリカの歴史を書き直さなければいけない”」
 
一方、日本のポップミュージックシーンでは、主張を持った曲が作られることはあまりないそう。それどころか、曲の中で歌われる女性像は旧態依然としたものが多く、大きな批判を巻き起こしたヒット曲もあるといいます。
 
「日本では恋愛をテーマにした曲や、うれしい、楽しいといった単純な歌詞が好まれ、社会的メッセージのあるような主張の強い曲はうとまれる傾向にあります。依然として男性中心主義の考えが根強く残り、女性はその中でうまく順応していくしかないという状況があるのではないでしょうか。日本も、もっと女性が自己主張できるような社会を目指していきたいですね」
 
何気なく聞いている曲にも、思わぬメッセージが込められているポップミュージック。注意深く聞いたり、見たりすることで、社会のよりリアルな声を聞くことができるはず。たまには、そのような視点で音楽を聴いてみると、新しい発見があるはずです。

取材にご協力いただいた先生はこの方!

共立女子大学 文芸学部 文芸学科

福嶋伸洋 准教授

抒情詩/ブラジル音楽/比較文学等が主な研究分野。モダニズム/抒情詩/小説/ボサノヴァ/ポピュラー音楽等のキーワードを軸として、教育・研究に取り組んでいる。

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