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vol.8

共立のあの先生が解説!

キャリコ通信

和食の“うまみ”を生み出す微生物の正体

2017.04.18

2013年、ユネスコ無形文化遺産に登録されたことでも話題となった伝統的な食文化“和食”。日本の豊かな自然から採れる食材や、先人の知恵を受け継いできた味、四季ごとの年中行事など食に関する習わしが評価され、遺産登録に至りました。
 
なかでも和食の核となる“うまみ”を作り出していたのは、なんと目に見えない微生物たちでした。その驚くべき働きについて、共立女子大学家政学部食物栄養学科の川上浩教授にお話を伺いました。
 
「和食の根幹をなす“うまみ”は、それまで認識されてきた甘味、塩味、苦味、酸味に加え、1907年に東京大学理学部の池田菊苗教授が新たに発見した味です。池田教授は、昆布のだしに含まれるグルタミン酸という成分が“うまみ”の素であることを発見しました」
 
この“うまみ”にはさまざまな成分が存在していますが、とくに和食に含まれる“うまみ”の代表的な成分が、昆布に含まれるグルタミン酸、鰹節や煮干しに含まれるイノシン酸、椎茸に含まれるグアニル酸の3つです。
 
「世界でも、グルタミン酸が含まれるトマトをイタリア料理でふんだんに使用したり、イノシン酸やグアニル酸を含むミルクやキノコをフランス料理で使用したりと、特定の食材が美味しさの素となっていることは認識されていました。日本人は、その美味しさが“うまみ”成分からくるものであることを科学的に証明したのです。以降、海外では“umami”という表現で知られるようになりました」
 
この“うまみ”成分は、特定の微生物が食物の分子であるたんぱく質や脂肪、でんぷん、食物繊維などを細かく分解することで生まれます。最初に発見された“うまみ”成分のグルタミン酸は、昆布が北海道で収穫され、長い時間をかけて海路と陸路で京都や大阪の店まで運ばれる間、昆布に付着した微生物によって偶然生まれたものでした。
 
「その微生物とは、カビの一種である麹菌や乳酸菌、酵母菌のこと。採ったばかりの昆布は青臭いですが、運ばれる間に昆布に付着した麹菌や昆布の酵素で、昆布の成分が分解されます。その分解物を乳酸菌や酵母がさらに代謝することでグルタミン酸をはじめとするさまざまな“うまみ”成分が増加。北海道から大阪へ移動する間に自然とこのような熟成が起こり、美味しい昆布になっていたのです」

▲昆布の表面に見える白い粉は、昆布の甘味成分である「マンニトール」という糖質。料理に使う時は洗い流したり拭いたりせず、そのまま使うと旨味成分であるグルタミン酸との相乗作用でだしがより美味しくなる


つまり、カビ菌が出す酵素が食材を美味しくしていたというわけ。お米も口に入れた瞬間は無味ですが、口のなかで噛んでいると甘くなってきます。これは、でんぷんが唾液の酵素により分解され、麦芽糖になるからなんだとか。
 
「麹菌は、でんぷんの分解が得意な酵素や、たんぱく質の分解が得意な酵素など、30種類以上の酵素を産生します。麹菌の酵素が食物の分子を細かく分解してはじめて、乳酸菌や酵母が栄養分の分解をはじめます。酵素の分解だけで“うまみ”が出ることもありますが、乳酸菌や酵母が働くことでさまざまな“うまみ”が誕生するのです」
 
こうした微生物の不思議な働きに気づいた日本人は、何百年もの時をかけて、数多くのカビのなかから最も食べ物を美味しくしてくれる菌とめぐり合います。それが黄麹菌です。
 
「黄麹菌は日本にしか存在しない麹菌。でんぷんやたんぱく質を分解する力が非常に強いと言われる菌です。もとは強い毒素を出す天然のカビでしたが、食べ物の発酵に適した菌として使いやすいものが取捨選択され、さらに改良されて黄麹菌になりました。2006年には、日本醸造学会により国菌に指定されています」
 
和食の“うまみ”の素で、発酵食品の代表ともいえる味噌や醤油、みりん、酢、日本酒などはすべてこの黄麹菌によって作られているのだとか。
 
「麹菌の種菌を扱っている業者は現在日本に5~6軒しかなく、一子相伝で厳しく管理されています。全国の酒蔵、味噌蔵はこの5~6軒から黄麹菌を買い付け、発酵を行います。蔵元によってそれぞれ製品の味が異なるのは、黄麹菌の後にさらなる発酵を行う乳酸菌や酵母が、それぞれの蔵元に棲みつく菌によるものだからです。乳酸菌や酵母は、まさに製品の個性を生み出す微生物といえます」
 
私たちの食生活を豊かにしてくれる、微生物たち。そして、それらを巧みに利用してきた先人たちによる優れた和食の知恵こそが、ユネスコ無形文化遺産登録の理由なのです。世界に誇るべき、日本の“うまみ”をこれからも大切にしていきたいですね。

取材にご協力いただいた先生はこの方!

共立女子大学 家政学部 食物栄養学科

川上浩 教授

研究分野は、食品科学・生化学。食物由来の生理活性成分や微生物の機能性と安全性について、生物学的観点からの教育と研究に取り組んでいる。

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