株式会社東和エンジニアリング 代表取締役社長
新倉恵里子さん
共立女子短期大学 文科第一部卒、松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社。営業業務の仕事にやりがいを感じていたが、妊娠・出産を第一に考え、27歳の時に退職。出産後ご主人の経営する建設設備会社に入り、経営の立て直しに尽力。その後、お父様(創業/前社長)の誘いを受け、東和エンジニアリングに入社。2004年社長に就任し、「理念浸透活動」や「TOWAROW」ブランディング計画に注力する。
vol.5
卒業生の社長にインタビュー!
共立社長のオキテとホンネ
2017.03.23
音響・映像・ICT技術を用いて、企業や教育施設に快適なコミュニケーション環境を提案している東和エンジニアリング。そのサービスは、同時通訳システム、テレビ会議システムと多岐にわたります。ふたりの子供を育てる専業主婦から一変、二代目社長として更なる発展を目指し、改革を成し遂げた新倉さん。波瀾万丈の人生を振り返っていただきながら、働く上で大切にされていること、未来を照らす目標を見つけるヒントを伺いました。
株式会社東和エンジニアリング 代表取締役社長
新倉恵里子さん
共立女子短期大学 文科第一部卒、松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社。営業業務の仕事にやりがいを感じていたが、妊娠・出産を第一に考え、27歳の時に退職。出産後ご主人の経営する建設設備会社に入り、経営の立て直しに尽力。その後、お父様(創業/前社長)の誘いを受け、東和エンジニアリングに入社。2004年社長に就任し、「理念浸透活動」や「TOWAROW」ブランディング計画に注力する。
――松下電器(現パナソニック)の事務職を経て、24歳の時に結婚した新倉さん。2人の子供に恵まれ、一度はママに専念するも、「社会と繋がっていたい」。その一心で、帰宅後のご主人に子供達の面倒をお願いし、深夜にアルバイトをしていたそう。本格的に社会復帰を果たしたのは、ある事件(!)がきっかけでした。
「ある日リビングのテーブルに、主人が経営する会社の決算書が置かれてありまして。こっそり覗いたところ、数字の近くに黒い三角がたくさんあったので、決していい内容ではないのかなと。そこで、漠然とした不安を解消するためにも、一度会社を見学させてもらうことにしたんです」
――そこで目にした光景は、新倉さんの闘志にメラメラと火をつけることに。
「倉庫には、大量の在庫が積み上げられていて、赤い文字の伝票(=返品の伝票)がひらひら床を舞っていました。しかも帳簿のデータは、途中から途絶えている。まずい状況であることは、主婦の私でも理解することができました。居ても立ってもいられず、仕事中の主人を捕まえて『仕事を手伝いたい!』と直談判しました」
――真っ先に取り組んだのは、仕入れの縮小、売掛金の回収の促進。そのほか、経営のスリム化に励んだ結果、2年後には会社の経営は好転していきます。
「その間子供達には申し訳ないけれど、子育てはほとんど友人や母・妹に助けてもらっていたと思います。会社が軌道に乗り“ようやく、親業のやり直しができる!”と喜んで退職したのですが、悲しいかな、小学校高学年と低学年の兄妹は、すでに子離れしていて母親の出番がありませんでした(苦笑)」
――予期せぬ展開に暇を持て余していたところ、お父様が『うちの会社で働くか?』と声をかけてくれたそう。
「時給1000円に釣られたのもありますが(笑)、父の会社がここまで発展した理由、父が人生をかけてやってきたことを知りたい、という気持ちに背中を押されて、入社を決めました」
――こうして、38歳の時に東和エンジニアリングに入社。目の前に問題があれば、解決に向けて一直線に走り出す性格は、ここでも健在でした。
「創業以来、約50年間イノベーションを起こし続けてきた企業だったはずでしたが、企業体質も古く、甘くなり、緊張感が欠けていました。そのため、社長が戦略として出した計画が実行されない。会議で伝えても、その後フォローアップしていく仕組みがなかったんですね。危機感を感じ、とにかく改善のための対策案を社長に提案する日々でした」
――なんとか承認を得るも、上層部の理解を得られず、実質は紙だけの改革に留まってしまう。そんな苦しい状況が4年間続き、新倉さんは自らが社長になることを決断します。
「どんなに方向性を示しても、長年続けていた業務や企業体質は、そう簡単には変えられるものではない。私が社長にならない限り、本当の意味で変革は出来ないと悟り、前社長に自己申告しました。父は『そうだな』とひと言。これは娘の勘ですが、父はその言葉を待っていたのだと思います(苦笑)」
――この大きな決断の裏には、新倉さんの背中を押してくれた人がたーーーくさんいます。
「度重なる改革の失敗に、ストレスで体調を崩してしまったことも。諦めかけた時に心を照らしてくれたのは、他でもない弊社の社員でした。問題の解決案策定に協力してくれた方々、改革の必要を感じていた若手社員より『あの対策案を是非実現してほしい!』などと激励のメール、手紙、電話をいただきました。手前味噌ですが、こうしたモチベーションが高い社員こそ、当社の財産であり、最大の強みだと思っています」
――固定観念に囚われず、徹底した意識改革と業務改革に努めた結果、会社は更なる発展を遂げることに。今では東和の技術力は、多くのネットワーク企業に支持されています。
「あの時、諦めなくて心からよかったです。とはいえ、社長業に完全に慣れたわけではなくて(笑)。今でも書類に判子を押す時に不安になることもありますよ。そういう時は“正邪・善悪・顧客”を心に念じます。その内容に嘘偽りなく、善いことであって、顧客のためになるか。トップとして、物事を判断する時に大切にしている考えです」
――座右の名のほか、“社員とのコミュニケーション”も大切にされている新倉さん。社員と気持ちの距離が近く、良好な関係を築けているのは、子育ての経験が大きいといいます。
「子供と十何年もいると、仕草や表情、言動で相手が何を考えているのか、自然と想像できるようになります。この能力を応用すれば、社員と話していても『緊張しているのかな?』『他に言いたい事があるのかな?』などとわかるので、相手の緊張をほぐす言葉をかけたり、先回りして本音を引き出すこともできるようになります。技術力も先見性も乏しい私ですが、人との距離を短く取れるのは、子育ての経験があってこそ!ですね」
――妊娠・出産は、キャリアを重ねていくうえで妨げになるという考えもありますが、新倉さんは「子供を育てることは、とても幸せなことですよ!」と笑顔で語ります。
「“無条件で人を愛すること”。これは、何にも増して得がたい喜びです。同時に、それを知っているということは強みになると思うのです。たとえば、仕事上のトラブルって難しく考えがちですが、意外と“相手を想う気持ち”で回避したり、解決出来たりするんですよね。誰かを深く愛した経験は、あらゆる場面であなたを支えてくれるはず。幸運にもそういう機会に恵まれたら、喜んで受け入れてほしいですね」
――最後に社長が考える、自立している女性とはどのような人ですか?
「目の前にやるべきことがある人、でしょうか。やるべきことに気が付いているということは目標があるということ。もっと言ってしまえば、夢や理想があるということだと思うのです。夢を叶えるために、目の前に課されたやるべきことを愚痴をこぼさず、出来ない言い訳をせず、真面目にまっすぐ取り組む人が自立した女性だと思います」
――目の前のやるべきことに気が付くためには、在学中の過ごし方にもポイントがあるそう。
「出来るだけ“一流”に、触れて欲しいと思います。スポーツや音楽、演劇、芸術でも。感動する経験をたーーくさんすれば、心が大きく動きます。心が動けば、目標が見つかるきっかけにもなるはず。共立の授業でも、一流に触れることはできますよ。“見る・聞く”を通して、感動する心を育みましょう!」
――背負っているものの大きさを感じさせず、フランクにお話ししてくださった新倉さん。従業員に愛される秘訣は、ずばり人柄にあり! 貴重なお話ありがとうございました。
新倉社長の1日スケジュール
多忙を極める社長は、どんな1日を過ごしているの? そこには、効率よく働くヒントが隠されていました!
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