ンをするみたいなことがアウトカムなのであれば、それはどういう助けを使ってもいいということあるかもしれませんけれども、実はそのプロセスで、いろいろな多様な年齢の人と言葉でコミュニケーションをして自分の考えを伝えるということが学習目標として設定されているのであれば、そのような場面のため別途、言語活動を鍛える機会を持つことも望ましいのかと思います。次、「ChatGPTを、大学の日本語や文章表現の授業にうまく取り入れたら,おもしろく活用できそうなら教えてください」。生成AIを使って、学生が作成したレポートを、教員が用意した評価基準に基づいて改訂を提案させて、学生が個別にレポートを改訂するような方法もあり得るのではないかと思います。壁打ちのように、自分が作ったものを直していくような活動をやらせるみたいなほうが、恐らく効果的なのかなと思います。次、「人間の制作過程で能力が退化してしまう気がする」。やはり制作をする、創作の能力とか、経験って非常に重要だと思うんですよね。先ほどのFireflyを使った授業で、生成された画像を見ながら議論をする機会を作ることで、作られものを批評する能力は多少身につくかとは思いますが、何かを作る能力というのは、それだけで身につかないとは思います。「生成AIやExpressなど、学生により、使える、使えないの差が大きいのはどうするか」と。生成AIは、もうExpressもそうですが、実は、使い方はあまり難しくないので、あまり私心配していません。つまり、テンプレート、これ作ってくださいと言ったら、とりあえず物はできてしまいます。これまで大学は、Creative Cloudにはプロツールを使って授業をしようとしたので、プロツールの使い方を教えないといけなかったのですが、そこは飛ばせるというのは、実はメリットとしては大きいのかなというふうに思います。次、「生成AIにアイデアをもらって作った制作物の場合、文学作品、絵画作品などの場合、どこからが個人の作品とみなされるのか。どこまでがAIの領分なのか」。先ほどの私の説明を使うことができる気がしますが、本人が例えば創作性をもって特定のプロンプトを入れたりとか、人間の意思だったり、創作の意図を持っている部分というのは、人間の生成物になる著(81)文學藝術 第47号(2025)
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