文學藝術
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作性が認められる範囲となっています。だから、それ以外のところはAIのものでしょうけれども、アイデアとか創作の意図が含まれて表現されているところというのは、その人の著作物というふうになっているような考え方だと私は理解しています。次、「本来は分業している専門職の仕事を、教員がワンオペで指導して評価までやるというのは、荷の重さが求められる。必要なスキルの高さがあまり理解されない状況があるのではないか」。前半のところは、まさにおっしゃるとおりで、だからこそ相互評価の導入をお考えいただければと思います。評価基準をあらかじめ設定し、学生同士評価する機会を増やし、最終的な制作物を教員が評価する。そういった基準を示して学生にチェックさせるということ自体が学びになります。あとは、「スキルの高さがあまり理解されない状況がある」のではという質問。これはお書きになった方、どなたですか。○教員  どんどんAIが進化するなか、人間はそんなに急に進化できませんが、今の授業にAIを導入するためには高いAIスキルが必要です。新たな仕事が増えることの大変さを理解されないままで、安易に「あれもやれ、これもやれ」と求められる状況が続くと、現場がブラック企業化するという懸念があるんです。○重田  ご指摘の通りかと思います。うまく生成AIを研究や教育の業務を効率化する道具として使うべきかと思います。また、学生にとって必要なことは授業の到達目標に達することで、生成AIの利用は必須でないと思います。学習の過程で学びのサポートに無理なく使える範囲で生成AIを導入することが理想的なのかなというふうには思います。最後の質問になりましたね。「御紹介いただいた授業の履修者が23人だったというお話、履修者の専攻と、どういった学生さんだったのか」。北大の場合は、いわゆる総合選抜の学生が多いので、あまり決まっていないです。文系総合、理系総合みたいなのが多いですから、どういったタイプの学生が多いということはありません。結構ばらついています。なので、理工系の学生、文系の学生、女性、男性も(82)プロジェクト文學藝術・「生成AI時代における創造的な学びの創出に向けて」講演録

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