文學藝術
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同時に、意識のないところから意識が発生して、再び意識のない状態に落ちて行くという構図、なおかつ、それが繰り返されるものであるという可能性が暗示されている点においては、仏教的な思想の内在が看取され得る。すなわち、死を前提とした無常観と、それとは異なる輪廻転生思想の混在である。輪廻転生を意識しているが故に胎児が重要なモチーフとなっているのであり、「心理遺伝」という作中の学説は、輪廻転生説の擬似科学的な再構築にほかならない。『ドグラ・マグラ』は、科学的なガジェットと宗教的なそれとを融合させ、意図的に難解な構造――まるで九龍城のような、違法建築的な、読者が自己の現在地をロストして彷徨い続けるほかない構造――を作り出して、読み手をそこに彷徨わせようとしている。理と狂の狭間で覚醒と酩酊を行きつ戻りつする小説。それが、花岡青洲の〈偉業〉をひとつのルーツとした『ドグラ・マグラ』という名の麻酔なのであった。(注)(1) 夢野久作と福岡の関わりについては以下拙稿を参照。今井秀和「『犬神博士』と幻魔術空間〈福岡〉」『文藝別冊 夢野久作』河出書房新社、二〇一四年二月。(2) また、暁斎は幼少期、珍しい蓑亀と勘違いして神田川から引き上げてしまった人間の生首を家に持ち帰り、写生したともいう。暁斎の画業や人物像に関しては、鹿鳴館などの設計者で、暁斎に弟子入りした英国人ジョサイア・コンドル(暁英)による以下の書籍が詳しい。ジョサイア・コンドル著・山口静一訳『河鍋暁斎』岩波文庫、二〇〇六年。(3) 『ドグラ・マグラ』本文の引用に際しては以下を用いた。西原和海・川崎賢子・沢田安史・谷口基編『定本 夢野久作全集』第四巻、二〇一八年。(4) 拙稿「『ドグラ・マグラ』作中人物、「戸倉仙五郎」に関する一試論」、「日本文学論集」三十四号、大東文化大学日本文学専攻院生会、二〇一〇年。(9自由テーマ・画狂人とマッド・サイエンティスト

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