る。その点では、ゲーテ『ファウスト』と並ぶ、意外な全研究者必携の書、と呼べるかも知れない。また、メフィストフェレスを引き合いに出したついでに言うわけでもないが、本稿でも確認してきたように『ドグラ・マグラ』作中には「胎児」、「麻酔」、「マッド・サイエンティスト」等がおどろおどろしいイメージをもって描きこまれ、ときに読む者の脳裏に、中世ヨーロッパの錬金術におけるホムンクルス(人造胎児)のイメージや、マンドラゴラのイメージをオーバーラップさせてくる。四 眩暈、麻酔、ドグラマグラ本稿を締めくくるにあたって考えておきたいのは、麻酔による眩暈や意識の混濁といった身体感覚が、『ドグラ・マグラ』の主題に深く関わっているのではないか、という問題である。麻酔薬と麻薬とは目的を異にしているだけで、多くの場合、その成分には重複が見られる。人工的に朦朧とした酩酊状態や昏睡状態を作りだせるからこそ、麻酔薬は機能するわけだが、逆に言えば、昏睡に陥らない程度の朦朧とした状態、あるいは幻覚を期待するのが麻薬である。混沌とした内容を持つ『ドグラ・マグラ』は、ある意味でドラッグ小説的な側面を持っているが、しかし、ドラッグがテーマ化されているわけではない。トマス・ド・クインシー『阿片常用者の告白』やアレイスター・クロウリー『麻薬常用者の日記』、ウィリアム・バロウズ『裸のランチ』など、ドラッグ・カルチャーに関わる作品類との差異は明らかである。『ドグラ・マグラ』作中の用語「ドグラマグラ」は、切支丹伴天連の使う幻魔術の意から転じて、摩訶不思議なモノゴトを指し示すこと、として用いられている。また、『ドグラ・マグラ』冒頭では朦朧とした状態からの覚醒が、末尾では再び朦朧とした状態への回帰が描かれる。冒頭・末尾の双方に挿入される「ブウウ・・・ンン」という、蜂の羽音にも似た擬音も、朦朧とした意識の中でスロー再生のように聞こえるボンボン時計の音であった。この描写に(7自由テーマ・画狂人とマッド・サイエンティスト
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