文學藝術
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開発は成功したのである。しかし、科学技術の進歩を目指す為に犠牲者が出たことに違いはない。こうした点で言えば、西洋医学にも多くの類例が見られる。たとえばイギリスの医学者、エドワード・ジェンナー(一七四九―一八二三)は、息子に天然痘を接種し、使用人の息子に牛痘を接種して種痘法を開発した。また、ジェンナーの師にあたり、近代外科学の基礎を作った外科医・解剖学者のジョン・ハンター(一七二八―一七九三)は、たびたび非合法的な手段を用いて、特徴的な身体を持つ人々の死体標本を蒐集していた。生前から目星をつけていた人物の死体を、その遺志に背いて標本化するなど、東洋で〈外げ法ほう使い〉と呼ばれる異端の宗教者にも似た行為を繰り返していたのである。彼らは、医学に革命的な進歩を齎した〈偉人〉として評価されている。しかし、その為に犠牲が生じる可能性を知りながら是とした時点で、本稿で言うところの〈マッド・サイエンティスト〉でもある。ジェンナーやハンターと青髭との間の溝は、クレバスと呼べるほど深いものではない。そして誤解を恐れずに言えば、現在〈偉人〉として扱われている華岡もまた、前近代の日本が生んだ〈マッド・サイエンティスト〉の一人にほかならないのである。夢野久作が『ドグラ・マグラ』で描き出した、呉青秀という画狂人と、正木・若林両博士というマッド・サイエンティストたちは、みな、当初の目的と手段とを取り違えてしまい、手段の目的化という悪弊に陥った知識人であった。しかし、他者による聖と狂との評価は紙一重である。呉青秀のモデルの一人とおぼしき華岡青洲の場合、実験が成功したことにより、その名声は確固たるものとなったが、仮に失敗していたとしたら、評価はどうなっていただろうか。毒薬の研究で妻の身体を蝕み実母を殺した狂気の医者、という評価になっていた可能性は、多分にある。ゲーテの『ファウスト』で有名な錬金術師のファウスト博士は、己が欲望を満たす為、その魂と引き換えに悪魔メフィストフェレスを召喚した。『ドグラ・マグラ』には、研究という行為の背後に潜む目的と手段の倒錯、言わばメフィストフェレスの誘惑にも似たジレンマが描きこまれているのであり、医学の実験性に対する批判的視点が含まれてい((文學藝術 第47号(2025)

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