「狂人の解放治療」なる概念を打ち出した『ドグラ・マグラ』の設定および呉青秀の名前に、近代日本における精神医学の泰斗、呉秀三が影響を与えている可能性は、先行研究においてすでに指摘されている(((。呉秀三は大正五(一九一六)年から十四年にかけての『神経学雑誌』に、古今の日本文献に記載されるパラノイア関連とおぼしき記事の一大集成「磯辺偶渉」を連載しており、これによく似たスタイルの文章が、『ドグラ・マグラ』内テクストである「心理遺伝論附録」には配置されている(((。夢野久作が『ドグラ・マグラ』を著すに際し、呉秀三の研究を参考にしていた可能性は高い。このように、九州帝国大学医学部を主な舞台とする『ドグラ・マグラ』に対して、これまでは精神医学の周辺情報から読解のためのアプローチが試みられることが多かった。しかしながら本作には、法医学的な情報に基づく外科手術の知識も動員されているのである。こうした、外科にまつわる知識を参照しつつ、『ドグラ・マグラ』を読み直してみた場合、どのような景色が開けてくるであろうか。実は、呉秀三は『華岡青洲先生及其外科』という、日本で最初に麻酔実験を行い、その実用化を果たした江戸期の医者、華岡青洲(一七六〇―一八三五)の伝記をものしている(7(。華岡は、麻酔薬を実用化する為、曼まんだらげ陀羅華(チョウセンアサガオ)や草そう烏う頭ず(トリカブト)など毒性の強い植物から成分を抽出して、協力者である妻や実母、親戚らを次々と被験体にして麻酔実験を行った。そして、世界で初めての全身麻酔による手術(乳癌の切除)を成功させたことで広くその名を知られている。ここでは、『ドグラ・マグラ』が医学を大きな軸に据えた物語であること、呉青秀・華岡青洲のどちらもが妻の同意を得た上で実験台にすること、青秀・青洲の字面および発音「せいしゅう」に共通点が見られることなどから、呉青秀というキャラクターの造形および正木・若林両博士の実験の背景のひとつに、江戸期の医師、華岡青洲の医業があったことを指摘したい。なお『華岡青洲先生及其外科』初版の奥付には誤植があり、著者の氏名が「呉 秀」となっ((自由テーマ・画狂人とマッド・サイエンティスト
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