文學藝術
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こうした評価は、その後の上演でも続いていく。歌扇と菊右衛門のコンビについては、大正八年(一九一九)十一月の『鬼一法眼三略巻』で「菊右衛門の智恵内と歌扇の虎蔵でぴつたり呼吸が合ひ」(朝(9(9/((/(()、翌九年四月の『実録先代萩』で「御殿は歌扇の浅岡と菊右衛門の片倉がぴつたり呼吸の合つた面白い芝居を見せる」(朝(9(0/0(/0()との評価を受けている。歌扇と歌江のコンビに代わって、菊右衛門という人気と実力を兼ね備えた役者を歌扇と組ませることで、観客を満足させていた様子が窺える。また、新十郎は一貫して九代目團十郎を思わせる演技で人気を呼んでいたことが分かる。大正八年十二月に歌扇と『扇谷熊谷』に出演したときには「新十郎の熊谷は例によって九代目張り」(朝(9(9/((/(3)、翌九年二月の『妹背山婦女庭訓』では「新十郎の鱶七は諸事師団十郎張りにちょい/\自分の工夫を混てゐた」(朝(9(0/0(/(()と評される。そして、歌扇の巧さが神田劇場を支えていたことは間違いないだろう。「歌扇のかさねが十分に脂の乗つた芸を見せ」(朝(9(9/((/(()、「歌扇の板額が柄一杯に大きく芝居をして相当に面白い」(読(9(0/0(/(()といった具合に評価が高い。この三人の高評価は、例えば中村琴右衛門に「琴右衛門の与市は見た目は立派だが、動きと動きの間に、上方式のわざとらしい形をするので他との調和を破る」(読(9(0/0(/(()など、辛口の評価が目立つことからも(11(、歌扇、菊右衛門、新十郎の三人が優れていたことが推測できる。とはいえ、批判もある。平山蘆江は(1((、新十郎について「芝居の影絵を見るやうな人である」とし「一糸乱れずして味のない人」と形容する。菊右衛門についても「口と鼻ばかり尖らして、一向に面白味のない役者である」と批判する。歌扇についても「時々、役其のものになる事を廃めて、役者といふ心を出す時がある。…(『毛剃』の小女郎で―筆者注)金貸して下さんせと、女郎の口から云ひ憎い事を云ふ苦しさが歌扇に少しも見えず、金は毛剃が飲み込んだと受ける新十郎にも飲み込んだやうな意気が少しも見えぬ」と、役になりきらないこと、気持ちが入っていないことを批判する。厳しい批評で知られる岡鬼太郎も、「其の好い調子が(口跡は褒められている―筆者注)、唯楽々と口の先からばかり出て、響に何の情も聞えず、台詞廻しに持つた所がないゆゑ、時代物として、お初として、乃ち調((自由テーマ・女役者、中村歌扇と歌舞伎俳優(男優)の共演

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