文學藝術
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自由テーマ女役者、中村歌扇と歌舞伎俳優(男優)の共演―― 「旧劇本位」の神田劇場 ――土 田 牧 子はじめに大正四年(一九一五)十一月に開場した神田劇場では、女役者の中村歌扇(一八八九~一九四二)を座頭に、女役者による女優劇(旧劇=歌舞伎)と新演劇の男優と女役者の共演による新派劇とを軸とする興行が約四年間続いた(((。それが途絶えた理由のひとつは、大正八年(一九一九)十月六日、歌扇の「妹」として人気を博した中村歌江が二十九歳の若さでこの世を去ったことである。歌江が亡くなったとき、神田劇場では十月公演として女優劇『八百屋お七』と新派『渡し守』を上演していた(配役未詳)。歌江が六日に亡くなり、九日・十日を休演にして葬儀を執り行うと、十一日もしくは十二日から二の替を開けたらしい(((、二の替は、石川雛子主演の女優劇『清水一角』と、関根達發と島崎光一による新派『波の囁』、喜劇『やかず聟』の三本であった。神田劇場は開場以来、女優劇と男女合同の新派劇(連鎖劇含む)との二本立てに、ときどき舞踊や喜劇を添えるという形を貫いてきたが、それがこの大正八年十月の二の替で終わりを告げることになった。神田劇場は十月二十一日から月末までを休業し、「内外に大修繕」(3自由テーマ・女役者、中村歌扇と歌舞伎俳優(男優)の共演

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