たい。紅葉賀巻で、藤壺は光源氏そっくりの若宮(不義の子)を生み露見の恐怖におののき、若宮と初めて対面した光源氏も改めて苦悩する。そんな中、光源氏は、命婦(藤壺の侍女)を通して、宮中にいる藤壺に和歌を贈った。 御前の前栽の何となく青みわたれる中に、常とこ夏なつのはなやかに咲き出でたるを(光源氏は)折らせたまひて、命婦の君のもとに書きたまふこと多かるべし。 よそへつつ見るに心は慰まで露けさまさるなでしこの花(光源氏) 花に咲かなんと思ひたまへしも、かひなき世にはべりければ」とあり。さりぬべき隙にやありけむ、(藤壺に)御覧ぜさせて、「ただ塵ちりばかり、この花びらに」と聞こゆるを、わが御心にも、ものいとあはれに思し知らるるほどにて、 袖ぬるる露のゆかりと思ふにもなほうとまれぬやまとなでしこ(藤壺) とばかり、ほのかに書きさしたるやうなるを、喜びながら奉れる、例のことなれば、しるしあらじかしとくづほれてながめ臥したまへるに、胸うちさわぎていみじくうれしきにも涙落ちぬ。(紅葉賀①三三〇~三三一頁)光源氏は、庭に美しく咲く「常夏(なでしこの異名)」を文付け枝として用い、「なでしこ」を詠み込んだ和歌を詠んだ。藤壺の歌にも「やまとなでしこ」が用いられ、「常夏/撫子」の花を中心に交わされた和歌贈答である。「常夏」は「塵をだに据ゑじとぞ思ふ咲きしより妹と我が寝る常夏の花」(『古今集』夏・167)、「撫子」は「あな恋し今も見てしが山がつの垣ほに咲ける大和撫子」(『古今集』恋四・695)と詠まれるように、どちらも愛しい妻や恋人によそえられる。特に「撫子」は子を撫でる、という名から「幼子」や「愛児」の喩として用いられた。光源氏や藤壺の歌にある「なでしこ」とは、二人の密通の証であり、惑乱の原因である不義の子(若宮)のことであった。「常夏」の花を手折り、藤壺を想起し、その子若宮への連想から「撫子」が歌の言葉として用いられた。(特集テーマ「歌」・作中和歌の解釈をめぐって
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