特集テーマ「歌」メアリー・ポピンズは歌わない?杉村 使乃「ディズニーさん、メアリー・ポピンズは歌いません。」1(“Mr. Disney, Mary Poppins does not sing.”)2013年公開の映画『ウォルト・ディズニーの約束』(Saving Mr. Banks)では、エマ・トンプソン演じる「メアリー・ポピンズ」シリーズの作者、パメラ・リンドン・トラヴァース(Pamela Lyndon Travers 1899-1966)と、トム・ハンクス演じるウォルト・ディズニーが映画製作権をめぐって交渉を重ねる過程を描いた映画である。冒頭の言葉は、ミュージカルとして製作することにトラヴァースが反対の意を述べるセリフである。主演の二人がそれぞれイギリス、アメリカを代表する俳優であり、メアリー・ポピンズが降り立つさくら通りを思わせるロンドンの住宅地から、燦々と太陽が降り注ぐ椰子の木の通りのアメリカ西海岸、ロサンゼルスへの移動、そしてトラヴァースがそこで体験するカルチャー・ギャップも強調される2。この映画では、トラヴァースが幼い頃を過ごしたオーストラリアのクイーンズランド州、アローラで父と過ごした日々がフラッシュバックで挿入され、家族の大黒柱としての役割に押しつぶされそうな父の姿とフィクションの中のバンクス氏が重なってゆく。この映画では、トラヴァースはディズニーのアニメーションとミュージカル、ビジネスのあり方を軽佻浮薄であると容赦ない批判の言葉を浴びせ、真面目で頑固なイギリス人を体現する。そしてミュージカルに欠かせない歌やダンスは、教育者(“governess” “educateress”)であるメアリー・ポピンズには相応しくないと喝破する3。メアリー・ポピンズは本でも確かに歌っている、と反論するディズニーに対し、「あれは歌ではなく、詩の朗唱である」(1)文學藝術 第47号(2025)
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