八月二日筆者の育った街、長岡の花火大会の一日目。しかし、中3のダンス部の娘が地元の祭りに出演するのを見る(曲は、十年ほど前のEDM、最近の日本のアイドル、Kポップの三曲)ために東京にいたので、長岡花火はNHKのテレビ中継で見たものの、あまり伝わってこない。距離感、立体感、音、振動などを含めてこその花火なのだろう。元は、一九四五年八月一日夜の空襲で亡くなった人たちの鎮魂のために始まった祭りで、最初に「白菊」と呼ばれる白い十号の花火が、追悼の意を込めて打ち上げられる。その後、二〇〇四年十月の中越地震からの復興を願って、「フェニックス」が打ち上げられるようになった。長岡の市章は、漢字の「長」を不死鳥、フェニックスに見立ててデザインしたもの。戊辰戦争、太平洋戦争などの戦禍、中越地震のような災害から何度もよみがえることを象徴しているようだ。灰燼の街に生まれた不死鳥の飛跡をたどる打上花火 筆者八月三日日中はルーティーンの翻訳と読書。夜は近所の体育館でバドミントンの練習。高校生のとき一ヶ月ほど部活でやって辞め、久しぶりに再開してからもうすぐ一年。少しずつは上達しているかもしれない。長岡花火の二日目だが、テレビは少し見るだけ。岡崎の花火大会で、ドローンを花火が弾ける付近まで飛ばして撮影している映像が、ネット上で見られることに気づく。幾多の、色とりどりの炎が放射状に飛び出す様を、浮遊する視点から体感できるような映像。宇宙の始まりとは違うだろうけれど、星間で何かの現象を目の当たりにするような。(12)特集テーマ「歌」・日々と歌々
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