文學藝術
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空襲の夜の記憶をあらためる夏ごとに散る花火千輪 筆者八月四日花火大会が終わった翌日の四日、混雑の跡形もない長岡に帰省。例年、夜と朝には東京より涼しいけれど、今年はそうでもない暑さ。父は定年後に俳句を始めて、もう十年以上になる。さまざまな新聞へ投稿して採用された作品も、数百になっているという。その父が、最近、朝日新聞で採用された俳句を見せてくれる。夏草や墓所を残して消えし村さらに、同じテーマで作ったという短歌も。墓じまい終えて三年夏草を刈りにゆかんと鎌を研ぎたり短歌としては情報の出し方が平板で、展開がない感じがする。四句「刈りにゆかんと」は、結句「鎌を研ぎたり」から類推される自明のことなので、変えたほうがよいと助言する。少し考えて「刈らぬあいだに錆びついた鎌」という下の句を提案する(それでも元の俳句のほうが作品としてはよいと思う。)墓じまい終えて三年夏草を刈らぬあいだに錆びついた鎌八月五日父に車を出してもらい、堀之内町にある宮柊二記念館へ。短歌結社「コスモス」を創始した昭和を代表する歌人のひとり。筆者にとっては長岡高校(当時は長岡中学校)の先輩に当たる。(13)文學藝術 第47号(2025)

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