見上げれば歴史を分けた空があり八月六日に雲は流れる 筆者八月七日午後からブラジル俳句をテーマにした科研の研究会にオンライン参加。和歌の伝統が、心情を客観的な物に託して表現する「寄物陳思」から、心情そのものを表現することへの志向に移ってきて、その先に俳句の「写生」があるといった趣旨の話を、なるほどと思いながら聞く。発表へのコメントとして、以下のようなことを述べる。・ 2022年の大統領選のとき、日本在住の日系ブラジル人は、9割程度がボルソナーロを支持していた。根底には、ルラの支持層である黒人労働者階級への侮蔑意識もあった。現在の日系人には、単なる労働者ではないという、ある種の選民意識がある。・ ブラジルの日系コミュニティには、「ニホン幻想」が純粋培養されてきた。俳句という文学ジャンルも、それを継承するツールの一つとして機能していたのではないか。・ 「日本的美意識」(のオーセンティシティ)を措定し堅持することによって、言ってみれば「ニホンジン/ガイジン」の差別構造が、隠微に再生産されるのではないか。・ また「ニホン幻想」「日本的美意識」はブラジルだけではなく、日本国内でも同じ問題をはらんでいるのではないか。近所で倒木があって、京王線が七時間ほど運休していた。駅辺りで大勢の人が足止めされ滞留していて、心配していたが、夜、窓から電車の音が聞こえて運転再開に気づいた。特急が通過する音、各駅停車が走り出す音が、これほど爽快に耳に響いたことはなかった。(15)文學藝術 第47号(2025)
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