八月十七日オープンキャンパスのため久々に大学に出勤。B101で、阿部学部長が文芸学部で学べることや入試の制度について説明する傍らで、グーグルフォームに集まった質問に対する回答を中本先生と準備。説明会の最後に質問に回答する。なかなかスムーズに進められたと思う。その後、希望者の個別相談。所属している結社の短歌誌の原稿〆切前日で、原稿を送付。夜、バドミントンの練習。八月十八日暑い一日。いつもの翻訳、読書。甲子園を見る。CIAと戦後日本についての雑誌記事をまとめ読み。次に出る予定の短篇集の翻訳はひととおり終わる。出版はこれからまだ長いやりとりを経たあとになる。来年の上半期には出せれば。その次に出す予定の小説の翻訳にも取りかかる。この夏読み始めて遅々として進まなかった村上春樹『街とその不確かな壁』上巻の最後あたりまで来たが、続きはもう読まなくていいと判断する。八月十九日「結社賞受賞歌人」として先生にご推薦いただき、『角川短歌』に初めて掲載してもらう予定の原稿を送信。歌人という肩書きにはまだまだ相応しくはないと感じてはいる。野坂昭如「火垂るの墓」「アメリカひじき」などを読み直す。この世代が敗戦後にアメリカに対して抱いていた、憎悪や劣等感や卑屈さや羨望の入り混じった複雑な感情は、現在では理解しがたいものかもしれない。宮崎駿も、もしかすると高畑勲よりもあからさまにその姿勢を示すことがあった。日本(21)文學藝術 第47号(2025)
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