文學藝術
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の戦後文化の多くは、この感情の渦から、さまざまな方向に向かっていった。二十世紀末頃から二十一世紀の現在に至るまで、アメリカへの憧れは日本社会において無色透明な感情として通っていることが多いが、実際にはそれは今でも混濁したものであるはず。アメリカは日本の友好国、同盟国であって、自分たちは名誉白人だ、と無意識に思っている日本人も少なくないが、アメリカ人の多くが原爆投下は正当だったと考えているという事実は、そんな幻想を覆す綻びのひとつである。いまは極右の政治家がむしろアメリカに追従している。伊勢崎賢治が語るような独立国家としての対米自立は当然あるべきだろうが、いわゆる「コスパ」の観点からも理想的と言い切れるのかわからない。有事に在日米軍が日本を守るとは思わないけれど。秋学期に本郷で担当するブラジル文学についての講義の準備で、作品の選定を進める。作品を実際にその場で読んでグループディスカッションをする授業にしてみようと考えている。ブラジル関係の雑誌からジョアン・ジルベルトについての原稿依頼を受け、承諾の返事。八月二十日『角川短歌』の担当編集者さんより折り返しのメールがあり、その方は共立・文芸の卒業生で、筆者のディズニーにおけるジェンダーについての授業を大教室で受けたこともあるそう(二〇一五年頃かと思われる)。お送りしたプロフィール写真を見て気づいたとのことで、うれしい驚き。担任の先生を尋ねると滝沢先生とのお答え。一年時の北村先生にもお世話になってよく覚えているそう。八月二十一日まだ暑い一日。午前中、大学の仕事でオンライン会議。午後はそれに関連(22)特集テーマ「歌」・日々と歌々

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