当時の阪急には、今でいうエンターテイメント部門として阪急ブレーブスがあった。小林一三はプロ野球の将来性に着目して逸早く参入し、宝塚とブレーブスは決して手放すなと遺言したとも伝えられる。しかし、二兎を追うことは困難であったのか、創業家出身で歌劇団理事長や阪急の社長会長を歴任した小林公平氏の決断により、ブレーブスは売却され、オリックスブレーブス、後にはオリックスバファローズとなった。経営統合により、かつては関西のライバル企業であった阪急と阪神さらには近鉄バファローズまでが複雑に絡んだ予想外の再編劇が現実のものとなったたばかりか、2023年の日本シリーズにおいては、その阪神とオリックスが対戦することになったわけである。そのようにして宝塚歌劇は阪急の事業として継続することになったが、前近代的な体質の改善も迫られた。依然としてその内情は一切公表されていないものの、演出家出身の植田紳爾理事長の下で大胆な改革が進められ、2001年に東京宝塚劇場が新築開場して以来、毎公演完売が続き、かつて阪急のドラ娘だった宝塚が孝行娘になったと噂された。少なくともホールディングスのエンターテイメント部門は毎年黒字を弾き出している。そして、創業家の小林公一理事長の下、盛大に100周年を祝ったことは未だ記憶に新しいところである。その一方で、歌劇団全体の活動がどんどんと拡大し、生徒が多忙になりファンの支出が増大していったのは誰の目にも明らかだった。しかしそれは、宝塚の社会的認知度が高まり、事業として隆盛に向かっていると肯定的に捉えられていたようである。そんな中で、実は歪が拡大し、それが一連の不祥事として噴出したのだろうか。そもそも宝塚歌劇の本質とは何であり、いかなる方向に向かうべきであったのか、というのが私達の問題提起である。(その後、井上氏、川崎氏の発表と質疑応答に続き、締め括りとして以下のようなことを述べた。)演劇を公共のものとして、市民のコンセンサスと監視のもとで公的資金を注入することが当然のこととされるヨーロッパ、地域に根差した演劇活動が(29)文學藝術 第47号(2025)
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