文學藝術
119/158

う意味に留まらず、「多様性が包摂されている」という現在まさに求められている在り方を具現したものでなくてはならないだろう。ところで、文芸学部がどのような人材を育成しようとしているのかは、上の引用に明記されているが、「人材養成目的」という語を素直に解釈して「人材養成の目的」あるいは「人材を養成する目的」と取るならば、それは「社会に貢献すること」であったり、「卒業生が豊かで幸福な人生を送ること」であったりするのではないだろうか。「どのような人材を養成することを目的としているか」の意味でこの語を用いるのには違和感を感じる。管見の限り、全国の大学でこれを掲げているところは極めて少ない。学園歌が制定された1957年3月、文芸学部は第一回の卒業生を世に送り出した。当時の入学定員は100名で第一回の入学生は129名とされるが、そのうち放送関係に就職したのは5名、出版関係は6名であり、全体の1割に満たない。この状況は、その後現在に至るまでほぼ変わらないと言ってよい。だからといって、目的が果たされていないということにはならないだろう。「綜合的見地に立って鑑賞・批判・創作力を養う」という目的を達するべく我々は不断の努力を続けており、「創作力」が必ずしも芸術作品のみに限らず広く「表現力」を意味するものと考えれば、文芸学部の卒業生はすべてこれらの力を身につけた上で社会に旅立ち、それぞれの可能性を実現していると信じたい。しかし、時代は移り行き、文芸学部の体制も発足時から大きく変化し、実学系の教員も増えてきた。今後どのようになるか、なるべきか、もはやそれに携わることはできないが、最後に希望だけは述べておきたい。宝塚歌劇団にも通じることだが、改革は常に必要であり、「天網恢恢疎にして漏らさず」「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」といった格言は拳拳服膺すべきであろう。それにあたり、ともすれば規則を設けシステムを変えればエビデンスができるように思われるかもしれない。だが、そのエビデンスは誰を満足させるためのものなのだろうか。そして規則やシステムは「一律」を要求する。しかし、研究教育の場において、それは本当に正しいのだろうか。総合大学ならば、もっと多様性の包摂を真剣に考えるべきではないだろうか。少なく(38)特集テーマ「歌」・宝塚歌劇団と文芸学部の今後

元のページ  ../index.html#119

このブックを見る