最近の北朝鮮の話題 @  
         〜 経済不振 ・ 食料不足 ・ 亡命( 脱北者 )  〜
                          TERUO MATSUBARA

 

  経済不振・品不足 

 

 

 経済が成長した韓国とちがって、北朝鮮は、食料・衣料・医薬品他、日用品の生産は十分ではなく経済は停滞
している。

 

  経済不振の理由は何か?

 ――――――――――― 

  ● 経済友好国であったソ連が崩壊し、経済援助がストップしたから
      ソ連から北朝鮮への技術・軍事支援がストップした影響で、1990年〜1996年は7年連続のマイナス
     成長 ( 韓国側推定 )を記録した。  
      エネルギー不足も深刻で、1998年の石炭の生産量は1989年の半分である。 原油は旧ソ連の崩壊
     で、輸入が大幅に減った。  原油が入ってこないということは、原油から加工される石油・軽油・ガソリン
     などが不足するということだ。 石油が不足すれば電気をおこせないし、軽油やガソリンがなくては車を
     動かすこともできない。 これでは、工業生産に影響が出る。 1996年からは、KEDO( 朝鮮半島エネ
     ルギー開発機構/ 「 核疑惑 」 のサイトに説明ありが重油を供給しているが、それでも、1999年の全供給
     量は10年前の40%だという。
      製造業は、機械の老朽化と原材料・エネルギー不足で操業率は30%以下 ( 2001年 ) ともいわれて
     いる。
 
 ● 共産主義( 社会主義 )の体制に原因がある。  
     社会主義の会社は国営なので、そこで働く労働者は公務員
    である。 公務員は、日本の場合( 資本主義の場合 ) もそうだ
    が、一生懸命働いて生産量を増やしても、自分の給料が1年
    の途中で上がったり、ボーナスが大幅に増えるわけではない。
    ( 民間企業なら企業の利益が拡大すればボーナスが出たりす
    る ) 
     したがって、労働意欲は低下し、そういう人たちがモノを生産
    すれば、生産量にも影響する。 生産量の低下がありうるの
    だ。         両国のGNPをあらわしたもの

 

 “計画経済、社会主義の労働者は公務員” など 社会主義のしくみ については、
    『 社会主義経済とその変容 』 のサイトに詳しい解説があります。

 

  品不足の理由は何か?

 ――――――――――― 

 ● 軍事を優先する国家だから。   それと、社会主義の特徴=計画経済が結びつく!
     北朝鮮は軍事国家である。 国家としては、韓国・日本・アメリカの戦いを想定して軍事力強化に力を入
    れている。 北朝鮮政府としては、戦車・ミサイル・戦闘機・軍艦などの生産に力を入れたい。
     共産主義国・北朝鮮は、計画経済というしくみをとっているので、企業( 国営 )に軍事関係品を優先的に
    生産するように指示が出せる。 その結果、日用品や衣類、食料品の生産がおろそかになってしまうの
    だ。 


 また、社会主義国の品物は質が悪い ――― とよく言われる。 その原因も共産主義( 社会主義 )の体制にある。

 

 社会主義国の労働者( =公務員 )は、労働意欲が低
下すると述べたが、労働意欲がない人たちがモノを作れ
ば品質がよくなるはずがない。
 右写真は、モノ不足が伝えられる北朝鮮の学校で子
供たちが使っている教科書である。 ページをめくれば
ポロポロ崩れてしまうほどの粗悪な再生紙に、かすれた
印刷、そして、糸でとじられてある。 紙質・はっきりしな
い印刷とは裏腹に、教科書の中身は勇ましい。 アメリカ
への敵意をむき出しにし、愛国心をわき起こす内容であ
ふれている。 徹底した思想教育で、指導者・金正日の
英雄話、美談などが集められ、いかに、金日成の孝行息
子だったかを強調している。 また、算数の問題にも軍
隊を例にとったものがあり、全体的に軍事色が強い。 
 北朝鮮では使い終わった教科書は次の子どもが使うという形で、1冊の教科書を何人もの子どもが使っている。

 

 

【北朝鮮の経済改革】

 経済不振から抜け出すため、北朝鮮は資本主義へのアプローチを始めた。

   1984年 ――― 外国の投資を認める。 
   1991年 ――― ロシアとの国境付近にある羅先 ( ラソン )を初の経済特区と指定する。 
 経済特区は、2002年以降に新義州 ( シニジュ )・金剛山 ( クムガンサン )・開城にも広がった。 4つの経済特区は
国土の四隅に置かれている。  経済貿易地帯とされる羅先の経済特区には、住民の出入りを防ぐための鉄条
網が張り巡らされている。
 2013年には14ヶ所の経済特区を新設した。法人税を低く抑え、50年にわたって土地の利用・開発権を与える
としている。しかし、どこまで外国資本が応じるかは不透明である。
 

 

    2002年9月 ―― 新義州特別行政区に関する基本法が採択される。
    ( 内容 ) ・ 特区内では個人財産や相続権が保障され、外貨の持ちこみや持ち出しの制限をつけない。
           ・ 住民は言論、出版、集会、デモ、スト、結社の自由を持つ。
           ・ 自主的に優遇税制を設け、税金の種類や税率を決めることができる。  
 このように 「 1国2制度 」 を積極的に認める内容となっている。

 

    2002年7月 ――― 経済管理改善措置という経済改革を行う。  配給制が一部廃止される。
    ( 内容 ) ・ 物価と賃金を大幅に引き上げ、賃金は職種で格差をつける。 働けば働くほど収入が増える
           ようにした。
             ( 例 ) コメは、これまで政府が 1kg を 0.8ウォンで農家から購入し、これより安い
                0.08ウォンで市民に流していたが、40ウォンで買い取り、44ウォンで売ることにした。
               一挙に、550倍の値上がりである。 
                 衣類は10倍、バス・地下鉄の料金は0.1ウォンから2ウォンと20倍に値上がりした。
          ・ 穀物は配給制が続くが、それ以外の衣服など日用品すべてにわたり配給制はなくなり、配給券
           なしでの直接購入が可能になった。 
          ・ 企業に独立採算を求める。
      ※ 北朝鮮では、1952年から穀物の配給制が始まった。

 

   2002年8月 ――― 通貨ウォンの対米ドル交換レートを70分の1に切り下げる。
 1ドル=2.15ウォンだったものが、1ドル=150ウォンになった。 ウォンの闇市での交換レートに近づけよう
という措置である。 この切り下げと同時に給与改定が行われた。 一般労働者の月給は15〜20倍になった。
 公定価格の国営商店にはモノはなく、農民市場や闇市に頼らざるを得ない。 その市場では公定価格の何十
倍、何百倍の値段で売られている。 ウォンでは1ヶ月分の給料でリンゴ1sほどしか買えず、ドルや中国の元が
使われている。 これを解消するために、農民市場や闇市での実際の価格に近づけ、同時に賃金も増やすこと
で、労働者がウォンでモノが買えるようにしたかったのだ。
 2003年8月、ピョンヤンには統一通り市場がオープンした。 制限はあるが工場や企業も商売に参加できる。
品数は豊富だが、値段は高い。 しかし、利用者は1日7〜10万人で、それだけ国営商店のモノ不足が深刻だと
いうことだ。

 

   2004年12月 … 北朝鮮の古都・開城(ケソン)の、開城工業団地で操業が始まる。
 言葉が通じて勤勉で安価な労働力を求めて韓国企業が進出し、生産高も年々増えていった。 製品は衣料品
が中心で、韓国からヨーロッパ、東南アジアにも輸出された。

 

 

【北朝鮮の外貨かせぎ】

 北朝鮮の主要な外貨獲得源は、麻薬武器といわれる。
 麻薬は朝鮮労働党の資金をかせぐために取引されている。 ヘロインの原料となるケシは、北朝鮮北部の山間
部で栽培されている。 覚せい剤の製造にも力を入れており、日本の警察庁によると、1998年〜2002年の間
に日本で大量押収された覚せい剤の35%は北朝鮮ルートだったという。

 

 北朝鮮では「2つの国がある」と言われるほど貧富の差が拡大してきている。 ピョンヤン市内では交通量が増
え、ハンバーガー店やイタリアンレストラン、絶叫マシンがある遊園地が出現した。 また政府が導入に慎重だっ
た携帯電話は契約者が増え、党幹部やヤミ市場でもうけた人の家族らが使用している。 ただし、国際電話やフ
ェイスブックは使えないようになっており、インターネットの力が独裁政権を倒したアラブの春のような状況は望
めない。                                        … 2011年12月「朝日新聞」の記事より

 

 北朝鮮は国外への労働者派遣を行っている。 その背景は外貨収入の減少だ。 貿易赤字も増えてきている。 
北朝鮮は国外労働者の賃金の70%以上を収奪している。 年間数億ドルを国にもたらす国外労働力は貴重な
外貨獲得源となっている。
 劣悪な労働環境にもかかわらず、今では国外労働を希望する者が増えている。 北朝鮮の国外労働者は派遣
期間が一律3年と決まっている。 しかし、現金を稼ぎたくて、役人にわいろを渡してロシアに居残り、副業(アルバ
イト)もしてさらなる現金を稼いでいる者もいる。

 

  <北朝鮮の主な国外労働者の分布> ( 2012年 )
   中東へ 2万人   ロシア 2万人   中国 1万9千人   モンゴル 3千人   アフリカ 2〜3千人

 

     ※ ロシアの採掘労働者の場合 … 平均月収 300ドル 
        ( 国へ70%以上  食費・住居費 10〜20% 残りが本人の手取り )

 

 

 

  食料不足 

  1990年代に入り、北朝鮮は食料不足に悩まされている。

 食料事情悪化の理由    1) 1995年と1996年の2年続きの夏の水害  ――  これは天災だからしょうがない
 2)  社会主義の体制に原因がある。
      国の土地を耕して給料をもらっている農民は、日本とちがって公務員だ。
     したがって、一生懸命働いて収穫量を増やしてもボーナスが出るわけでも
     なく、給料も上がらない。 そうなると労働意欲が低下し、農業生産量も
     伸びない。
 3) 農業のやり方が悪い   北朝鮮は、山地が多く寒冷で耕地面積は少ない。
     ( 例 )  ● 狭い土地に多く植える   ● 米の品種が悪い
      ● 全国一律にとうもろこしを植えさせた ―― 場所によっては適さない所もある
 4) 軍事第一の体制  ――  農業より軍事を優先している。
     ( 例 )  ● 農業機械を作る工場が軍事工場へ転換される
 5) 穀物輸入停止
      農業生産は1970年代半ばから消費を下回っていたが、不足分は旧ソ
     連・中国・東欧からの援助などでしのいでいた。  しかし、旧ソ連の崩壊な
     どで、ソ連からの輸入はストップし、北朝鮮の食料配給も破たんした。

 

 北朝鮮ではたびたび大きな洪水が起き、特に1995年7月の洪水では、50万人もの人々が家を失い、田畑も
大きな被害を受けた。 その後も洪水がしばしば起きて、食糧不足が続いた。
 北朝鮮がたびたび洪水に襲われるのには、原因がある。 北朝鮮には山が多く、平地だけでは農作物を植える
土地が足りない。 そこで、山の木を切り倒し、山の上まで田畑を作った。 山の木には、山崩れを防ぐ働きがあ
る。 さらに、根が水分を吸収するので、ふもとまでいっぺんに水が流れてくることがない。 その山の木を切り倒
したため、降った雨がいっぺんにふもとに流れ、土砂崩れも起こりやすくなり、田畑もダメになってしまった。

 

 北朝鮮は社会主義国。 土地や機械は
共同所有で、集団作業により生産を行う。 
また、自分の空き地(自留地)でできたわず
かな野菜などを売ることができる。
                  北朝鮮の国営農場 →
 情報鎖国の国でもあり、食料危機や流通
経路の実態が他国に伝わってこない。
どれくらいの人が苦しんでいるのか、本当
に援助物資が全国民に回っているのか、
軍の上層部だけに回っているのではない
か、との噂もある。
 
 複数の北朝鮮を抜け出した人 ( 脱北者 )の話によると、  「 援助米は一般国民にいかない。 多くは軍や党の
関係者に回る 」 と指摘される。

  北朝鮮の1日の米の配給量は?

  1996年夏の新聞記事によると ・・・・    250g前後 ( 1995年水害以前の半分 )

  1997年冬の新聞記事によると ・・・・    100g前後

                       ※ 150g ≒ 1合 ≒ ごはん2杯分 と考えてみよう。  1997年は 1日に ごはん1杯半 という計算に。

 中国や旧ソ連は、農業生産を高めるため、農家が収穫量の一部を自由に販売できるという生産責任制を採用
したが、金日成主席は、こうした自由化に反発していた。  その北朝鮮も、1996年に小集団の農家に、収穫量
の一定量を国家に納めた後は残りを自由市場で販売することや、農地の一部自主利用を認めた。  あくまで、
個人請負ではなく、小集団を基準とした不徹底なものにとどまっている。

  

 国民は、アパート周辺の自留地を利用して栽培した野菜
や、手持ちの物品を農民市場で売ったり、物々交換して必
死にやりくりをしている。 この庶民の台所・農民市場は全
国に約350ヵ所あり、食料、日用品、自転車、電気製品な
どが売られているが、モノ不足からインフレはひどい。
 食料不足のしわ寄せは、老人、障害者、子どもに集中す
る。 ユニセフの調べでは、60%以上の子どもが栄養失調
や栄養障害にかかっている。 15歳で身長が130cm代し
かない子どもが多い。
                  ―――  2000年/北朝鮮事情

 

 食糧不足は軍にも及び、末端の兵士には行き届かない状況である。 コメや小麦などの穀物の配給を受けられているのは、
ピョンヤン市民と軍の一部の400万人程度で、1990年代半ばにはピョンヤン以外では穀物の配給はほぼ停止された。  食べるために娘を中国に売った家族もいる。 地方の人たちは道端のタンポポを食べたりした。  ★ 北朝鮮の全人口は2400万人
 首都ピョンヤンは食料が優先されていたが、政府は負担を減らすため、2009年から2011年にかけて、ピョンヤン
の面積を縮小した。                                        ―――  2011年/北朝鮮事情

 

 

 

  増える亡命者 

 

 亡命の「命」とは、戸籍のことである。 したがって、亡命とは 「 戸籍を失う 」 「 自分の国を逃げ出して別の国 
に住む 」 ことをいう。  
 しかし、日本人がどこかの国に亡命した ―― というニュースは聞かない。 それは、日本人は、外国に行きた
ければ、いつでも行けるからで、亡命とは、外国に自由に行くことができない国の人が思い余ってすることなのだ。
 亡命者と難民はよく似た意味だが、大量の脱出を難民、個人や家族単位の脱出を亡命者と使い分けることが
多い。
 経済不振や食料不足は、北朝鮮から逃げ出す 「 脱北者 」 の増加につながっている。 中国側国境地帯には
数万人の北朝鮮人が逃れているとされる。  深夜に川を渡って脱北する。 国境を見張る兵士がいて危険だが、賄賂を渡して見逃してもらうケースも多い。 一部が韓国などへの亡命を求め、中国の外国公館へ駆け込む事
件が、2002年に入って急増している。

 

   1997年2月 ――― 北朝鮮の黄(ファン)書記が韓国に亡命する。
  黄書記 ( 左写真 ) は、亡くなった金日成主席の親戚で、日本の国会にあたる
 最高人民会議の議長をつとめたことがある。 チュチェ思想確立に中心的役割を
 果たした長老的存在の人で、この考えを国中に広める指導者だった。 金日成主
 席や金正日書記を支えてきた幹部が、自分たちのリーダーや自分の国の状態を
 批判して、中国の韓国大使館に亡命を希望してやってきたのだ。
 ファン書記は、韓国の知り合いに送った手紙の中で「人民、労働者、農民、知識人が飢死(うえじに)している」と
書いている。 そして、金正日書記について、「すべていいことは自分のおかげ、失敗は部下のせい」にしていると
批判している。 「 労働者・農民が飢えているのに理想社会建設とは・・・」 という思いが亡命した理由のようだ。

 

なぜ、亡命するのか?

 

  政治的な理由  
   金正日の独裁政治で人々に自由がない。
      ―― 言論の自由・表現の自由がなく、政府を批判すれば処罰される。
  経済的な理由 
   経済不振・食料不足などの問題を抱えて、生活が苦しいから。
   豊かで華やかな韓国の暮らしへのあこがれ

 

 

 韓国に亡命した北朝鮮脱出者数   累計=約3万5千人 ( 2013年末 )

 

1995年 1999年 2000年 2001年 2002年 2006年 2009年
  41名  148名  312名  583名 1000名超える 約2000名 約3000名

<脱北者の主な居住先> ( 2013年 )

 @韓国 26000  Aイギリス 3300  Bドイツ 2200  Cカナダ 500  Dオランダ 300 日本とアメリカは200

 

 

 

 金日成死去した1994年に52名と急増し、その後も大きく伸びている。 繁栄する韓国にあこがれ、北朝鮮を脱
出して韓国に亡命する人が急増している。 北朝鮮と中国の国境を越えて中国に脱出したケースがほとんどだ
が、北朝鮮からの脱出者の数が増えてきた中国では、取り締まりも強化され、北朝鮮に送還される人数も増えて
いる。

                                                                       

   2002年5月、中国の瀋陽で起きた5人の北朝鮮住民亡命事件
  ついて 詳しい解説があります。  最近の亡命事情がわかります。

 

 韓国での脱北者の失業率は40%だという( 2004年 )。 教育問題も深刻で、学力不足が9割いる。 思想教
育が強制された北朝鮮とは教育体系が違うし、脱北者とすぐわかる北部なまりに劣等感を感じる者が多い。 脱
北者の定着を支援する施設 「 ハナ院 」 を作った。
  「 韓国入りを希望する脱北者は全員受け入れる 」 同じ民族である韓国の基本方針だ。  しかし、脱北者の
累計が増えてくると、韓国政府は支援制度を見直し、月額54万ウォンと優遇されていた生活保護を韓国人困窮
者と同額の32万ウォンに減らし、対象を厳格化した。 入国後の支援金も減額し、就職や進学の実績に応じて
支給する方式も導入した。
 また、韓国が脱北者を受け入れていることに北朝鮮は反発し、南北対話停滞の一因にもなっている。

   2011年9月 … 能登半島沖で、脱北者9人が保護される。 ▽ 韓国への亡命を希望している。

 

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