日本の朝鮮学校
            TERUO MATSUBARA 

 

 朝鮮学校は、大学校を含めて計 119校、全国で12,000人が通う ( 2002年現在 )。  初級・中級・高級・大
学校の6・3・3・4制は日本と同じである。  他に幼稚園もある。  高級学校は、北海道、宮城、茨城、東京、
神奈川、愛知、大阪、京都、神戸、広島、福岡の計11校ある。
 朝鮮学校は、在日本朝鮮人総連合会( 朝鮮総連 )が経営する学校法人・朝鮮学園が設立している。 北朝鮮
の赤十字社から送られてくる教育援助費や寄付金、授業料で運営されている。 全国の朝鮮学校の生徒の8割
は朝鮮籍で、残る2割のほとんどが韓国籍で、日本籍や中国籍の子も通う。 
 ただし、日本の学校教育法第1条で定める 「 学校 」 ではなく、 「 各種学校 」 という扱いになっている。
 日本の公立小学校の公費負担は児童1人当たり約90万円だ( 2004年度 )。  そうした補助のない朝鮮学
校は月謝と寄付金が頼りである。 運営費は1人当たり約35万円と、公費負担分の半額にも及ばず、資金が不
足している状況が続いている。
 朝鮮学校の前身は、植民地時代に日本語を強要された在日の人たちが、戦後、各地に作った国語講習所で
ある。 朝鮮総連は1955年の結成に際して、綱領の中で 「 民族教育の実施 」 を宣言し、各朝鮮学校を指導下
に置いた。
 授業では朝鮮総連のもとで編纂された独自の教科書を使う。 中3 「 朝鮮歴史 」 を読むと、金主席の名前は
異なる活字で印刷され、 「 敬愛する 」 という枕詞がついている。 最近は韓国の現状も取り上げているが、海外
公民教育という基本は変わらない。

 

 

 東京朝鮮高級学校で
 教えられている主な教科
   ( 数字は時間数 )
  国語( 朝鮮語 ) 5    日本語  4    朝鮮歴史( 3年間で ) 4  
  英語  5      理科  2     数学  2    
  社会  2     現代史  2

 

 韓国籍と朝鮮籍  ―― 2004年2月 「 朝日新聞 」 の記事より

   日韓国・朝鮮人の外国人登録証明書の 「 国籍等 」 欄には 「 朝鮮 」 か 「 韓国 」 と書かれてある。
 1947年、植民地時代に日本に来た全員を朝鮮籍としたが、1948年の韓国成立後、韓国籍への書き
 換えを認めた。 1965年の日韓協定で韓国籍の人に日本での永住権を認め、1982年には朝鮮籍の
 人にも永住権を認めた。
  @北朝鮮を支持した、A朝鮮半島全部を祖国と考えて一方だけの国籍を取りたくなかった、Bかつて
 の韓国の軍事独裁を拒否した ――― そういった理由で朝鮮籍を維持してきた人も、最近は韓国籍に
 替える人が増えている。 
  韓国籍に替える理由は何か? 韓国で民主化が進む一方、北朝鮮は日本人ら致に関わり、テロ支援
 国家と呼ばれるようになり、海外旅行のしにくさや留学など、朝鮮籍であることの不自由さがまずあげら
 れる。 さらに、北朝鮮本国への失望が背景にある。
  2002年、朝鮮籍から韓国籍に替えた在日は、約7500人で前年の倍以上である。 2003年は上半
 期だけで6400人を超えた。 特別永住資格を持つ在日48万人のうち、朝鮮籍は10万人を切った。

 

 在日韓国・朝鮮人の児童・生徒の80%は日本の学校に通っている。  日本国籍をとる韓国・朝鮮人は1989
〜1999年の10年間で倍増した。
 朝鮮学校は、地域住民向けにバザーを開くなど、日本社会にとけこむ努力を重ねてきた。  朝鮮大学校は、
1999年度から法律学科を新設し、日本の憲法や法律を教え始めた。 自分たちが作ってきた殻を少しずつ打
ち破ろうとしている。

 

 

【東京朝鮮高級学校】

 授業を含め、校内では朝鮮語が公用語。 しかし、休み時間の生徒同志の会話は
日本語である。 生徒は在日3、4世で、朝鮮語は単語から教えなければならないの
が実情。  初級学校1年では、週24時間のうち10時間が朝鮮語の授業である。 
 文部省が学校教育法の1条校として認めないため、公的補助や国立大学受験資格
で不利な取り扱いを受けている。  高校無償化がスタートし、私立高校や他の外国
人学校は年約12万円が国から給付されるようになったが、朝鮮学校は適用除外さ
れた。
 最近では、学齢児そのものの数が減っているうえ、日本の教育を受けさせたほうが
有利と考える人が多く、経営はよくない。 1960年代のピークには約65000人を数
えたが、朝鮮学校の生徒数は、5分の1以下の約12000人 ( 2002年 ) まで落ちこんだ。 
教師の給料も公立学校の半分程度で、やめていく生徒も多い。
 ← 左写真 日本にある朝鮮高級学校の教室
    教室の壁には、故・金日成主席と、金正日総書記の肖像画が飾られてある。

 

 卒業生は、ほぼ全ての国内大学で受験資格を事実上認められ、近年は3割が進学している。 それ以外の多く
は、小平市の朝鮮大学校に入学している。

 

 

 教室から肖像画が消える

 2002年、朝鮮総連は各教室に掲げられていた金日成・金正日親子の肖像画をはずし、歴史科目の内容も変
えていく機関決定を行った。 その背景には、在日朝鮮人の間に帰国志向より日本での永住志向が増し、保護
者から 「 日本での生活に実際に役立つ教育を 」 といった改善要求が出ていたことがある。
 2002年9月から、全国110校の初級中級学校で肖像画の撤去が始まった。 高級学校や大学も徐々に行わ
れるという。  一方、中級3年で教えてきた金日成・金正日親子の革命偉業を中心とした 「 現代朝鮮革命歴史 」
を 「 朝鮮歴史 」 と改称し、二人が中心だった内容も変えていくという。  また、これまで 「 南朝鮮 」 と呼んできた
韓国は、初めて 「 大韓民国 」 と表記され、その記述も増えた。 朝鮮学校は北朝鮮よりのイメージを持たれすぎ
たが、北でも南でもない、すべての在日が通える学校にしなければならないと考えているようだ。
 金正日総書記も 「 総連も朝鮮学校も、在日同胞の要望に応じて変わらなければならない 」 と言っており、北朝
鮮側の変化の姿勢を示している。

 

 

【チマチョゴリ義務化の規制緩和】

 東京都北区の東京朝鮮中高級学校では、1999年6月から通学
時のチマチョゴリ着用義務を改め、ブラウス ( 秋冬はブレザー ) を
第2制服として通学を認めるようになった。  
  ← 左写真  登校するチマチョゴリを着た生徒とブレザーの生徒
 
  きっかけは、女子生徒たちへのいやがらせである。   1998年
8月31日のテポドン発射を機に、チマチョゴリの生徒を標的にしたい
たずらが、全国で40件以上も相次いだ。
 東京朝鮮中高級学校でブラウス通学に変えたのは3分の1 ( 同年6月現在 )。 「 いくらブラウスに変えたっ
て、それが朝鮮学校の制服とわかれば同じ 」 ・・・チマチョゴリ隠しが問題の根本的解決にならないことは、生徒
が一番よく知っている。 
 民族・文化のちがいを理由とするいやがらせは、欧米では刑事罰の対象だ。 日本も排他性・閉鎖性から抜け
出す必要があろう。