大学入試のための 政治・経済
  日本国憲法の基本的人権     TERUO MATSUBARA

 

   法の下の平等

【法の下の平等】   ☆ 平等権は、すべての人権の基盤となる権利である。

  日本国憲法

   第14条

   すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または
  門地によ り、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。

 

 憲法第14条では、貴族制度の禁止、両性の平等、選挙権の平等、教育の機会均等を定め、不合理な差別を
 禁止している。
 19世紀の夜警国家では、差別を一律に禁止して、誰でも自由競争に参加できる機会の平等さえ確保すれば
よいという形式的平等が当たり前だった。 ところが、20世紀の福祉国家では、各人の実質的な差異を考え、
経済的弱者に社会権を保障して結果の平等まで確保すべきであるという実質的平等が重視された。 実質的
平等とは、個人間の格差やハンディキャップを是正した平等のことで、合理的理由のある差別は憲法上認めら
れる。
  <実質的平等の例>  
    ・ 累進課税制度で、所得の多い人に高い税率をかける。  ・ 少年犯罪は刑が軽い。
    ・  目の不自由な人に特別な投票権を認める。  
    ・  国籍条項(日本国籍でない者が公務員になることを認めない) 、など。

 

  人種差別撤廃条約( アイヌ文化振興法 ) 、女性差別撤廃条約( 父母両系
 血統主義・男女雇用機会均等法 )、尊属殺人罪項目削除、・・・など
 法の下の平等に関する条約・法律の詳しい説明は ――― 、
   『 法の下の平等・人権に関する法律&条約 』 のサイトにあります。

 

 日本国憲法は家族に関する法律( 民法など )も、「 個人の尊厳と両性の本質的平等 」 に基づいて定めなけ
ればならないとしている( 第24条 )。  

 

 旧民法
1) 個人より家を重視し、戸主に強い権限が
  あり、妻の地位は低かった。
2) 財産は原則として長男がすべて相続した。
  
⇒⇒⇒
 新民法
1) 個人を尊重し、夫と妻、兄弟姉妹は互い
・ に同等の権利を持つ。
2) 財産の相続に関しては均分相続になり、
  男女はまったく平等になった。

  

夫婦別性

 結婚したらなぜ 「夫婦同姓」にしなければならないのか…夫婦に同姓を強制することは憲法違反ではないか、最高裁が判断することになった。
   1870年 … 広く国民が「姓」を持つことが許される。  ※ この時は、結婚後も実家の姓を名乗るように指示するなど、夫婦別姓が認められていた。
   1898年 … 明治民法が施行される。 
 「家族は同じ家の姓を名乗ること」と規定され、戸主が家を統制し、夫が妻よりも上に立つ家制度だったので、「家に入る=夫の姓を名乗る」が慣習になった。 同時に「女性
は離婚後6か月間は再婚禁止」という規定もこの時にできた。
   1948年 … 民法が改正される。 
 「家の姓を名乗る」という規定はなくなったが、夫婦同姓の規定に変化はなかった。 ただし、夫と妻のどちらの姓を名乗ってもかまわない。 96%が夫の姓を名乗っている
( 2014年 )。
 夫婦同姓で姓が変わると、仕事上、せっかく多方面に名前を覚えてもらったのに、わかってもらえなくなるなどの不都合がある。
 ▼ 結婚後に旧姓を通称として使う女性もいる。  民間企業での旧姓使用は浸透しつつあり、約65%の企業が旧姓使用を認めている( 2013年 )。
      パスポートや免許証は戸籍名なので、海外で仕事をする時は不便だったり、本人確認のために提示を求められた時は困る。
      教員免許は原則、戸籍名だが、日常の業務で戸籍名と旧姓のどちらを使うかは、学校の裁量に任されている。
 ▼ 結婚届を出さない事実婚ならば改姓しなくていい。 しかし、配偶者となれないのでこんな不都合が↓
    ● 相続ができない。  ● 税金の配偶者控除など法律婚の夫婦にある税金の優遇が受けられない。  ● 子どもがいたら、どちらかは親権がもてない。 
 
 夫婦別姓に対しては「家族の一体感がなくなる」「親と子が別の姓になり、よくない」などの反対意見も根強い。

 

 <外国では…>  夫婦同姓を義務づけているのは日本くらいか!
  中国、韓国、ブラジルは夫婦別姓で、結婚しても姓は変わらない。  フランスも別姓だが、妻は夫の姓を名乗ることもできる。  アメリカは州によって異なる。
  ドイツやロシアは、夫の姓か、妻の姓か、結婚しても姓を変えないか、を選択することができる。

 

 

 

    自由権 

 

 自由権とは、公権力の不当な干渉を排除できる権利のことで、体と心とお金の3面から考えることができる。
 それぞれを、身体の自由・精神の自由・経済活動の自由という。

 

【身体の自由】

 大日本帝国憲法の下では、不当な拘束や拷問など国家権力による身体の自由の侵害が少なくなかった。
 そういったことが二度と起こらないように、公権力によって不当に身柄を拘束されないように、個々人の行動の
自由を保障した。
 1) 奴隷的拘束・苦役からの自由 ( 第18条 ) 
      ※ 奴隷的拘束 ――― 奴隷のように自由を奪うこと。
      ※ 苦役からの自由 ――― 苦しい肉体労働からの自由。
 2) 法律によらなければ罰せられない権利 ( 第31条 ) 
     『 何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を
    科せられない 』 として、法定手続きの保障を定めた( 適法手続き=デュー・プロセス )。  
     この第31条は、刑事手続きだけでなく、税務調査などの行政手続き、捜査における違法性にも適用さ
    れる。 たとえば、おとり捜査による逮捕は無効となるし、違法収集証拠も排除される。
        ※ 政令も、法律の委任がある場合は、罰則を設けることができる。 
     また、第31条は、犯罪と刑罰はあらかじめ成文の法律によって定められていなければならないとし、
    法律(刑法をさす)によらなければ逮捕されないという罪刑法定主義の原則も含む。
 3) 現行犯逮捕を除き、逮捕する場合には裁判官の発する令状を必要とする( = 令状主義 )。 ( 第33条 ) 
   住居等の不可侵を保障するため、捜索・押収にも令状が必要である ( 第35条 )
      ※ 警察から「 話が聞きたいので署まで来てほしい 」と言われても、あくまで任意同行なので、令状が
        なければ拒否できる。 また、取調べに同行しても身柄を拘束されない。
         人権の侵害を最小限に抑えるため、身柄を拘束は、逮捕から最大23日間となっている。
      ※ 指名手配中の者を逮捕する緊急逮捕も令状はいらない。
 4) 弁護人依頼権を保障している。 ( 第34条 )
   被告人が貧困などの理由で弁護人を選任できない時は、裁判所が国選弁護人を選任してくれる。
 5) 公務員による拷問と残虐な刑罰を禁止した。 ( 第36条 )
   死刑が残虐な刑罰にあたるかどうかという議論があるが、最高裁は「残虐刑にあたらない」としている。 
・  死刑が
 6) 何人も、自己に不利益な供述を強要されない( = 黙秘権が保障されている ) 。( 第38条 )
 7) 「強制、拷問若しくは脅迫による自白」「不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白」は証拠にできない。  
  また、「自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合」有罪とすることはできない。  ( 第38条 )
   だから、被疑者が自白した場合でも、凶器をさがすためダイバーが湖にもぐったりするのだ。
 8) 『 何人も、実行の時に適法であった行為・・・については、刑事上の責任を問はれない 』 ( 第39条 )
     ある行為が犯罪と認定されて刑罰が科せられるのは法律に規定がある場合に限られるという原則だ。
    これを具体化したのが、第39条の遡及( ソキュウ )処罰の禁止( 事後法処罰の禁止 )である。
     つまり、実行の時に犯罪でなかった行為は、後になってその行為が刑法で犯罪と定められても、過去に
    遡( サカノボ )って処罰されることはない。 行為後の刑法によって処罰されるとしたら、私たちは行動する
    時に、常に将来の刑法を予測して行動しなければならなくなってしまし、行動の自由が奪われてしまう。
    この遡及処罰の禁止は罪刑法定主義のあらわれで、罪刑法定主義にいう「法」とは、行為時の刑罰法規
    のことである。 
     他に、第39条は、一時不再理( 一度無罪が確定したら、再び刑事責任は問われない )、二重処罰の
    禁止( 一つの行為を前と異なる罪として再度処罰することを禁止する )を規定している。
      ( 注 ) 裁判によって無罪を勝ち取った被告人を保護するのが目的で、被告人に不利な方向=有罪
         の方向で再審を認めない、ということだ。 だから、被告人に有利な方向=無罪の方向での再審
         は、この39条の解釈上、被告人保護の観点から認められているので、無罪の方向への再審は 
         認められている。

 

 被疑者や被告人は、裁判で有罪が確定されるまでは無罪として扱われる( = 無罪推定の原則 )。 
 刑法第66条には酌量減軽規定があり、被告人の事情や犯罪の動機を考慮して、法定刑の最下限より軽い
判決を下すことができる。
  ※代用監獄制度 ――― 拘置決定後も、被疑者の身柄を法務省管轄の拘置所ではなく、警察署の留置場
                 に拘留する制度のこと。 時として、自白強要の温床になり、誤判を招きかねないと
                 いう批判もある。

 

 

【精神の自由】

 精神の自由として、1)思想・良心の自由、2)信教の自由、3)表現の自由、4)学問の自由の4つがある。

 

1) 思想・良心の自由 (第19条)  ・・・ 外部に発表されない内心の自由
  思想のために他者から抑圧や差別を受けないこと、そして、自らと異なる思想を強要されないことを含む。
  国旗・国歌法(1999年)は、日の丸・君が代を事実上強制する点で、思想・良心の自由を侵害する可能性が
 あるという批判がある。 国および郷土を愛する心を明記した改正教育基本法(2006年)も、同様の批判があ
 る。 愛国心や郷土愛は自然発生的なもので、国家によって強制されるべきものではないとする批判である。
    良心の自由とは、良いと思う心( 何を正しいと思うか )は個人の自由であるということである。 

  

    三菱樹脂事件    思想・良心の自由(第19条)が問題になった判例

    大学を卒業して三菱樹脂に入社した高野達男さんが、在学中の学生運動歴を隠していたという理由
   で、3ヵ月の試用期間の終了時に本採用を拒否された事件。 高野さんは、これを思想の自由の侵害
   であるとして争い、第一審・第二審では勝訴したが、1973年・最高裁は企業の本採用の拒否を認め
   高野さんの主張を退けた。 
    最高裁が合法とした理由は、@企業にも 「 雇用の自由 」 がある、A私人間の問題については公法
   である憲法は適用されない。 民間企業と個人の雇用契約という私人間の問題であるから、契約自由
   の原則が優先し、企業としては雇っても雇わなくてもよい、であった。 
    この訴訟は、当事者間で和解が成立し、原告・高野さんは職場復帰を果たした。

 

 他に、思想・良心の自由が問題になった判例に、裁判所が下した謝罪広告命令が第19条に違反しないかどう
かが争われた裁判がある。 意思に反して謝罪の広告を出すことを強制される点が、思想・良心の自由の侵害
ではないかが争われたが、最高裁は 「合憲判決」 を出している。

 

2) 信教の自由 (第20条)
  信仰の自由や宗教活動の自由をいい、どんな宗教を信じてもよい、また信じなくても自由である、という意味
 だ。 その保障を徹底するために、国家の政治と宗教は結びついてはならない政教分離の原則を定めた。
  明治憲法でも信教の自由を保障していたけれど、実際は神社神道が国教として特権を受け、キリスト教や大
 本教( オオモトキョウ )のように弾圧された宗教も少なくなかった。 そして、戦前の国家神道は国民に強要され、ひ
 いては軍国主義、戦争の遂行にも利用されたという深い反省から、政教分離の原則を明らかにしている。
 政教分離については緩やかに考えて、ある程度の国のかかわりはやむを得ないという判決が多く、最近では、
愛媛玉串料訴訟だけが違憲判決を出している。
 ▽ 津地鎮祭訴訟 
      三重県の津市が市立体育館を建設する際に、神道式の地鎮祭を行い、公金を支出していたことが政
     教分離に反するかどうか争われた。 最高裁は、津市の地鎮祭への公金支出は宗教活動にはあたらな
     いとして、1977年に合憲判決を下している。     ※ 地鎮祭 ―― 工事の安全を願う神道形式の儀式。
 ▽ 自衛官合祀訴訟
      殉職自衛官の護国神社への合祀が政教分離に違反し、妻の信教の自由を侵害するかどうか争われ
     た。 下級裁判所は違憲判決を出したが、最高裁は、1988年に合憲判決を下している。
 ▽ 愛媛玉串料訴訟
      愛媛県知事が護国神社と靖国神社に公費で玉串料を支払ったことが政教分離に違反するとして、
     最高裁は、目的効果基準をもとに、1997年、違憲判決を下している。
      目的効果基準とは、問題となった行為の目的が宗教的意義を持つかどうか、特定の宗教に対する援
     助や助長、圧迫、干渉になりうるかどうかを裁判所が判断する基準をいう。
 ▽ 小泉首相の靖国神社公式参拝
      2004年4月の福岡地裁、2005年9月の大阪高裁では政教分離の原則に違反するという違憲判断
     が示されたが、2006年3月の最高裁では、憲法判断の必要なしとして判断が回避された。 
       ※ 判決主文中に示されれば違憲判決であるが、判決理由中に示されたので違憲判断であった。
 最高裁が政教分離に違反するかどうかを認定する時には、目的効果論を用いている。 国に禁止される宗教
的活動とは、@目的において宗教的意義があり、A効果において特定宗教を援助・助長し、他宗教に対する圧
迫・干渉の効果がある行為かどうかである。 

 

3) 表現の自由 (第21条) ・・・ 精神内部の思考を、外部に発表する自由
 第21条1項では 『 集会、結社及び言論出版その他一切の表現の自由は、これを保障する 』 と定めている。
 この表現の自由は、個人の自己実現とともに、民主政治を支える重要な自由でもある。 表現の自由は内心
の自由とは異なり、個人の自由や権利との関係で 「 制限 」 が必要とされる場合がある。 プライバシーの権利
を保護するために表現の自由が制限されたり、公安条例によってデモ行進や集会が制限されるなど、公共の福
祉による必要最小限の制約を受ける。
 表現の自由の制限が合憲か違憲かが問題になった事例では、最高裁はすべて合憲判決を下している。 過去
の裁判例をみると ――― 、
  ・ 東京都公安条例事件    デモ行進許可制は合憲とされ、その理由として、デモの暴徒化を防止して、他
                    者の通行の自由と安全という公共の福祉を守るための必要最小限度の規制
                    措置であるとした。 
  ・ チャタレー事件    わいせつ文書( 『 チャタレー夫人の恋人 』)の販売を禁止することは、善良な性道
                徳と性的秩序を守るための必要最小限度の規制措置とした。 
  ・ 『石に泳ぐ魚』事件   芥川賞作家・柳美里(ユウ・ミリ)が、知人の在日外国人の私生活を小説にした事件
                の裁判で最高裁は、正式にプライバシーの権利を認め、小説の発行差し止めも初め
                て認める判決を下す。
 第21条2項は、検閲の禁止通信の秘密を定めている。 これまで、文部省による教科書検定( 家永教科書
訴訟 )や税関による図画・写真の検査がこの検閲にあたらないかが問題になった。
   ※ 検閲 ――― 公権力が、出版物や映画などさまざまな形で表現される思想内容を、事前に強権的に取り
            調べ、不適当と判断した場合にはその発表を禁止すること。
 また、1999年に成立した通信傍受法( 反社会性の高い組織犯罪(集団殺人・薬物や銃器関係)などの捜査
で、盗聴などの通信傍受を可能とした ―― 裁判官の捜査令状を必要とし、最大30日間 )が、通信の秘密を侵
すのではないかという批判がある。

     家永訴訟( 教科書裁判 )

   文部科学省が教科書の検定を行うことは、憲法が禁止する検閲にはあたらない、合憲であるとした。 
  その理由としては、@全国の高等教育水準統一の必要性から、検定制度自体は教師の教育権への
  不当な侵害とはいえない、A一切の表現を禁止するものではなく、教科書としては不可でも一般図書
  としての出版は禁止していないので検閲には当たらない ―― である。

 

 最高裁判所は、「表現の自由」は送り手の自由であるが、情報の受け手の自由として「知る権利」を認め、「知
る権利」を保障する前提として、報道機関の報道の自由と取材の自由も憲法第21条の解釈により、十分尊重に
値すると判断している。
  <例> 外務省機密漏洩事件( 沖縄密約事件 ) 
    1972年、アメリカから沖縄返還の際、日本側からアメリカに資金が提供されたことを、毎日新聞の西山
   記者が取材・報道し、国家公務員に対して国家機密漏洩を教唆した罪に問われた。 裁判では、国民の
   知る権利を認め、報道の自由と取材の自由を認めている。

 

4) 学問の自由 (第23条)
 明治憲法には学問の自由を保障する規定がなく、滝川事件・天皇機関説事件のような国家権力によって学問
の自由が踏みにじられる事例が少なくなかった。

     東大ポポロ事件

    東大の学生劇団・ポポロが、東大内の教室で演劇発表会を行った際に、学生が私服警察官に暴行
 を加えたとして起訴された事件。 警察官は大学の了解なしに、長期に渡り東大構内に入り、情報収集
 活動を行っていた。 
  憲法に明文はないけれど、学問の自由には大学の自治が含まれている。 大学の自治とは、大学内部
 の運営は大学の自主的な決定にまかせ、外部勢力( 公権力 )が干渉してはならないという原則をいう。
 東大ポポロ劇団事件は、最高裁が一般論として大学の自治を認めた裁判として知られている。
  第一審・第二審は暴行を加えた学生に無罪判決を下したが、最高裁は、1963年、ポポロの演劇発表
 会は政治的社会的活動( 学生運動の拠点 )であり、一般論として大学の自治は認めるが、学生サークル
 には大学の自治は保障されず、警察捜査権は及ぶとした。

 

 

【経済活動の自由】

 経済活動の自由として、1)居住・移転、および職業選択の自由、2)財産権の保障 ――― がある。 
 社会権が登場すると、社会的・経済的弱者を救済するために、経済活動の自由は公共の福祉のために、法律
によって大きく制約を受けることになる。
 1)に関して、第22条では、外国移住及び国籍離脱の自由も認められている。 また、明文化されていないが、
営業の自由も、職業選択の自由に含まれると解釈されている。
   <例> 「営業の自由」が制限される場合 
          … 複数の企業が商品の価格を相談して決めること( カルテル )は、禁止されている。 
 2)に関して、『 財産権は、これを侵してはならない 』と規定し、私有財産制を保障している。 その一方で、財
産権の内容については、公共の福祉に適合するように法律で定めるとされ、 『 私有財産は、正当な補償の下
に、公共のために用ひることができる 』 ( 第29条 ) とある。
 したがって、道路を拡張するとか、空港を作るといった公共事業を行う場合に、正当な補償を条件に立ち退か
なければならないこともある。
 経済活動の自由に関する最高裁の判決には次のものがある。
 ▽ 薬事法違憲判決 ( 1975年 )
     薬事法第6条では、過当競争と不良薬品の供給防止を目的に薬局開設に距離制限を設けていた。 し
    かし、薬事距離制限と不良薬品供給防止には因果関係がなく、憲法第22条1項( 職業選択の自由 )に
    も違反するとして、違憲判決を下した。  ⇒ 薬事法は改正され、第6条の制限条項を廃止した。
       ※ 大衆浴場に関しては、制限する必要性を認めている。
 ▽ 共有林分割制限規定違憲判決 ( 1987年 )
     共有林の分割請求に制限を加えた森林法第186条( 内容=森林の共有者は総価値の過半数の持分
    がなければ共有林の分割請求をすることができない )について争われた。 この法律を設けた目的は、
    共有林の分割に伴う森林伐採を防ぎ、森林を保護することにあった。 しかし、共有持分権者は、分割請
    求ができないと自分の所有地を確定できず、結局、第三者に持分権を売却することが困難になってしま
    う。 よって、憲法第29条の財産権を不当に制限し、違憲・無効であるとする判決を出した。 
     この違憲判決後、国会は森林法を改正して同条項を削除した。

 

 

   基本的人権と公共の福祉

 

  日本国憲法が保障する基本的人権は、誰かから与えられたものではなく、すべての人間に認められる自然権
て、明治憲法のような法律の留保は、認められない。

 

  日本国憲法

   第11条

    … 基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在、及び将来の
    国民に与へられる。

 

  日本国憲法

   第12条

     この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、
    これを保持しなければならない。 又、国民は、これを濫用してはならないので
    あって、常に公共の福祉のために、これを利用する責任を負う

 

 つまり、この第12条が言いたいことは ――― 人権というのは、他人に迷惑をかけない限りで保障されるもの
で、「権利!権利!」 と主張しすぎてはいけないということである。 
  <例> ゴミ屋敷 … 自分の土地だからゴミを捨てようが自由だでいいのか?悪臭や美観など、周囲の人の
              生活も考えないといけない。基本的人権は万能ではない。
 また、「不断の努力」とは、普段から努力していればいいというのではなく、「不断=絶えることのない努力」、つ
まり、努力を怠ってはならないということである。  

 

 公共の福祉とは?

  社会全体の利益。  多くの人が受ける幸福や生活の安定。
    ※ 他者の人権保障や弱者保護のための原理といえる。 明治憲法下での
     「 法律の留保 」 とはちがうので注意! 「 法律の留保 」 は、政府の都合
     で個人の権利を縮小(極限0%まで)するための原理である。 

 

 人権を制限するのに法を使うと、権力者のやりたい放題になるので、「公共の福祉」の出番となる。 「ある人に
とってどんなに大切な権利だろうと、大勢の人の幸せを妨害するような人権は認めない」というわけだ。  

 

  日本国憲法

   第13条

   すべて国民は、個人として尊重される。 生命、自由及び幸福追求に対する国民
  の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大
  の尊重を必要とする。

 

 この個人の尊重幸福追求権新しい人権の根拠となるもので、憲法の条文に明記されていないものであって
も、人間としての生存に不可欠な権利は幸福追求権に含まれるとする考え方の根拠になっている。

 

 

Q どのような場合に基本的人権は制限されるのだろう?

 1) 他人の自由や権利を不当に侵害する場合
   <例> 表現の自由が制限されるのは、どんな場合か?
      ・ 私生活を暴露するなどプライバシーを侵害する場合    ・ 他人の名誉を傷つける場合
 2) 公共の福祉のために制限を受ける場合
    ・ 労働三権の1つ、団体行動権が制限される場合 ⇒ 公務員のストライキ禁止
    ・ 集会の自由が制限される場合 ⇒ 公共の場でのデモ行進には許可が必要である
    ・ 居住、移転の自由が制限される場合 ⇒ 特定の伝染病患者は、感染を防ぐために病院へ隔離
    ・ 職業選択の自由が制限される場合
        ⇒ 医師、裁判官などになるためには国家試験に合格することが必要である
    ・ 営業の自由( 憲法には明文化されていないが職業選択の自由に含まれると解釈 )が制限される場合
        ⇒ 複数の企業が商品の価格を相談して決めること( =カルテル )は禁止されている。 
    ・ 「 財産権 」 が制限される場合
        ⇒ 道路や空港などの建設のために、正当な補償を支払い、個人の土地を買い取ったり、使用で 
         きる。( 正当な補償のもとに、立ち退きをしなければならない場合もある )  
           
   これらは、経済を調和的に発展させることや、経済的弱者の保護をめざすもので、福祉国家を実現するため
  の政策的な制約( 政策的制約 ) であるといえる。

 

 二重の基準( ダブル・スタンダード ) ⇒ 判定基準を2つに区別している。
  ▼ 自由国家的公共の福祉  ―――  表現の自由など精神の自由の限界を示す。
      民主主義に直結する権利だから、必要最小限の制約にとどめ、安易な規制は認めない。
  ▼ 福祉国家的公共の福祉  ―――  経済活動の自由など、経済的弱者を保護するための経済施策。
      弱者保護の観点から、規制( 土地の強制買収・カルテル禁止、など )は幅広い制約を許し、合憲と判
     定する。