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イ ス ラ ム 教 | ![]() |
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イスラムとは、唯一神・アラーに絶対的に帰依する( =すべてをゆだねる ) という意味である。
| 今、世界にはイスラム教徒が13億人いると |
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| いわれている。 | ||
| 1980年に世界全体の18%だったイスラム | ||
| 教徒の人口は、2000年には20%を超え、 | ||
| 世界の人口の5人に1人の割合である。 | ||
| 2025年には30%という予想がある。 | ||
| イスラム教徒の分布は右地図の通りだ。 | ||
| アフリカの北部から中東( 西アジア )、中央 | ||
| アジアにかけてその割合は高い。 南アジアか | ||
| ら東南アジアにかけては、 インドネシア、マレ | ||
| ーシア、パキスタン、バングラデシュなどがイス | ||
| ラム教徒が多数を占める。 |
| アメリカでもイスラム教徒が増えつつある。 ニューヨークのタクシー、いわゆるイエローキャブの運転手の約 |
| 80%はイスラム教徒である。 貧困からの移民が増えてくるにしたがって起きた現象だ。 |
| 世界で一番イスラム教徒が多い国は、インドネシアである。 人口2億1700万人の9割近くがイスラム教徒で |
| ある。 13世紀にイスラム商人によって伝わり、インドネシアの島々を行き来する中で広まっていった。 |
| 世界で注目を浴びるイスラム世界 |
| イスラム教のおこり |
| イスラム教はアラーの神を信じるとよくいうが、アラーという言葉自体が 「 神様 」 を意味する。 また、イスラム教徒のことをムスリムというが、これは |
| 「 神に帰依する人=神にすべてをゆだねた人 」 という意味である。 |
| イスラム教は、イスラム教が生まれる前に存在していた宗教をすべてまとめる最後の宗教という立場に立つ。 キリスト教で説くような 「 神の子 」 は存在 |
| しない。 イスラム教をおこしたムハンマドもまた、『 旧約聖書 』 に出てくるノア、モーゼ、ヤコブ、『 新約聖書 』 のイエスと同じように、神からの預言者の |
| 一人で、最後の預言者という受け止め方である。 預言者とは、神からの言葉を預かった人という意味で、予言者ではない。 |
| キリスト教の場合は、カトリックだと神父さん、プロテスタントだと牧師さんが、信者と神様の仲介者として存在す るが、イスラム教には存在しない。 |
| 信者一人一人が神と直接向かい合うのである。 |
570年頃 ――― ムハンマドは、メッカ( 現サウジアラビア )で生まれる。
| 彼は商人として活動していたが、各地を旅するうちに、ユダヤ教やキリスト教の影響を受けた。 40歳の時に |
| 神の言葉を聞いたとされ、その後23年間、神から少しずつ啓示を受け、それを書き留めたものが 『 コーラン (クルアーン ) 』 |
| である。 彼は、神の前では全て平等であると説き、偶像崇拝や貴族の悪徳を攻撃した。 その教えは貧しい人 |
| たちに広まったが、裕福な支配層に迫害された。 こうして、7C初、イスラム教は成立し、広まっていった。 |
622年 ――― ムハンマドは、メディナに逃れる(=聖遷、ヒジュラ)。
| イスラム暦では、この622年を元年としている。 メディナは、メッカに次ぐイスラム教の聖地となっている。 |
| 630年、ムハンマドはメッカを征服し、以後、交易商人や旅人らによって、イスラム教は世界に広まっていった。 |
| ムハンマドの後継者はカリフと呼ばれ、政治・宗教の権利を握り、その地位は世襲となって、ウマイヤ朝が成 |
| 立した。 歴代のカリフは領土の拡大に努め、イスラム帝国を作っていった。 カリフは、1924年まで続いた。 |
| アラーの神を信じ、イスラムの教えにしたがって正しい生活を送れば、同胞と仲良くやっていけ、最後の審判に |
| も救われるが、そうでないものは、厳しい地獄の罰を受けなければならないとされている。 |
| このアラビア語で書かれた 『 コーラン 』 は、ムハンマドに下された神の啓 | ![]() |
| 示を集めたものとされ、イスラム教の聖典として、114章から成り立っている。 | |
| 『 コーラン 』の中には、宗教的教えだけでなく、日々の服装、飲食など個人の | |
| 生活から、商売上の契約、国家の政治・経済、法律、戦争処理の規則まで規 | |
| 定されている。 社会主義や平等主義の教えが色濃く、神への絶対的服従が | |
| 再三説かれている。 信者はすべてこの教えにしたがって生活し、コーランを | |
| 学ぶことは、イスラム教徒の義務である。 | |
| サウジアラビアはイスラム教発祥の国だけあって、『 コーラン 』に基づいて | |
| 国家運営が厳格に行われている。 国営のコーラン印刷所もあり、ここから世 | |
| 界に無料で配布される。 サウジアラビアは、コーラン普及の役割を担う。 | |
| コーランを学ぶ子どもたち アラビア半島の国で 右写真 → |
| スンニ派とシーア派 |
イスラム教には、スンニ派とシーア派の2つの宗派がある。
| 第4代アリーの時に指導者争いが起きた。 アリーに対立したのはウマイヤ家のムアーウィヤだった。 アリ |
| ーは暗殺され、イスラム教の指導権はウマイヤ家が握ることになりウマイヤ朝が開かれ、これがスンニ派につな |
| がる。 一方、シーア派はアリーとその子孫たちが後継者であると主張し、スンニ派と対立してきた。 |
【スンニ派】
| スンニ派は正統派( 多数派 )とも呼ばれ、全イスラム教徒の90%程度を占める。 |
| ムハンマドの言葉・行動のことをスンナといい、コーラン解釈の唯一のよりどころとしてきた。 スンニ派とは、ス |
| ンナを理想とし、従う人々の意味である。 ウマイヤ朝以後の歴代のカリフ( 後継指導者 ) を正統と認める。 考 |
| え方には柔軟なところがあり、スンニ派が多数の国では近代的な国づくりを進めるところも多い。 |
【シーア派】
| 一方、スンニ派のような現実への妥協を許さず、ムハンマドの理想を追求しているのがシーア派である。 ム |
| ハンマドの娘の夫アリー ( 4代正統カリフ ) とその子孫をムハンマドの後継者とする。 ペルシャ ( イラン ) の |
| 国教ともなった。 現在でも、シーア派はイランで大きな勢力を持つが、シーア派はイスラム教徒全体の 10%程 |
| 度で、コーランの教えをより厳しく守るとされる。 |
| スンニ派はムハンマドやカリフをただの人間とみなす。 シーア派は指導者をイマームと呼び、神格化していく。 |
| 六信五行 |
六信とは、イスラム教徒が信仰するものをさす。
| 1)神・アラー |
| 2)天使 神と人間の中間的存在。 神によって創造され、神の命令を伝える存在。 特に、ムハンマド |
| に神の啓示を伝えたガブリエルが最上位の天使とされる。 |
| 3)聖典 『 コーラン 』 |
| 4)預言者 ムハンマドが最後の預言者。 彼を通して神は聖典である『 コーラン 』を啓示した。 |
| 5)来世 イスラムの教えだと、復活の日に人はよみがえり、神の前で最後の審判を受ける。 その時 |
| に、現世の行動について神によって裁かれ、正しい行いをしてきた者は天国へ、信仰せずに |
| 不義をなした者は地獄へ行く。 |
| 6)予定 過去・現在・未来において、世界に起こる一切のこと、人間の行為すべては、あらかじめ神に |
| よって定まっている。 |
| イスラム教徒と待ち合わせの約束をしても来ない時、2時間ほどして平気で遅れて来ることがある。 彼らには約束を守る気がなかったわけでは | |
| ない。 例えば、( 眠かった、ということは、神が約束の時間に私が行くことを望んでいないのだ ) とかそういうふうに考えてしまうのである。 しかし、 | |
| イスラム教徒を責めてはいけない。 コーランにこう書いてあるのだ。 『 何事においても、「 私は○○をする 」 と言ってはいけない。 ただし、「 イン、 | |
| シャー、アラー ( 神の御意ならば )」 と付け加えればいい 』 |
イスラム教では、次の五行の実践を強調している。 五つの行を実践しなければ、真の信者にはなれない。
| @ 信仰告白 |
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| A 礼拝( サラート ) |
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| B 断食( サラム ) |
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| C 喜捨( ザカート ) |
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| D 巡礼( ハッジ ) |
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この五行は、すべてムスリムの連帯意識を強化する機能を果たしている。

イスラム暦
| イスラム教では、ムハンマドの聖遷・622年を元年とするヒジュラ暦を用いる。 完全な太陰暦で、すべての |
| 行事はこのヒジュラ暦によって行われる。 この暦だと、1年=354日。 毎年、季節はどんどんずれていき、 |
| 32年で一回りする。 そのため、イスラムの9月といっても、少しずつずれて、断食月( ラマダン )は酷暑にあた |
| ることもある。 |
礼拝
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← 左イラスト | ![]() |
| イスラム教徒 | ||
| の礼拝の方法 | ||
| 右写真 → | ||
| 航海中でも、イス | ||
| ラム教徒の船員は | ||
| メッカの方に向かっ | ||
| て礼拝をする | ||
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← 左写真 |
| ホテルの部屋の天井にとりつけられているキブラ | |
| ・ | |
| 左写真は、マレーシアのホテルで撮影したものである。 | |
| メッカの方角を指していて、イスラム教徒はその方角に向かって祈る。 | |
| どこにいてもメッカの方角がわかるようになっている。 | |
| ・ | |
| ・ |
| 金曜日が安息日 |
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| イスラム教では、金曜日が安息日となり、モスクと呼ばれる | ||
| 寺院に行って祈る。 礼拝・断食・巡礼は世界中のイスラム | ||
| 教徒が集団で行うので信徒の連帯を強化する役割を持つ。 | ||
| モスクで礼拝するイスラム教徒 右写真 → |
ラマダン
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喜捨(ザカート)
| イスラム教徒が所有している通貨・家畜・果物・穀物などに対し | ![]() |
| て、政府の統制の下に毎年決まった時期に、所有通貨の2.5% | |
| というように一定の率で徴収される。 宗教的義務による喜捨を | |
| ザカートといい、自発的な喜捨をサダカと呼ぶ。 | |
| 喜捨は、1年以上一定の資金を有する人、収入のある人に課せ | |
| られる。 最近では、個人の任意の支払いに変ってきたが、パキス | |
| タン、サウジアラビア、リビアなどイスラム色の強い国では、政府 | |
| による徴収が行われている。 | |
| イスラム独自の貧しい人を救う喜捨 自由意志によるものもある 上写真↑ | |
メッカ巡礼 ↓ 下の4枚の写真は、いずれもカーバ神殿 中央の四角い黒い建物がカーバ
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イスラム暦の最後の月(12月)は巡礼月と呼ばれ、イスラム |
| 教の聖地・メッカのカーバ神殿は巡礼者でにぎわう。 | |
| 罪を犯しても、断食や巡礼によって清められるとイスラム教は | |
| 説く。 何年もお金をためて、遠い異国から来た者もいる。 巡礼 | |
| 者は白い布を体にまとって神殿へ行く。 カーバ神殿へ巡礼に | |
| 来た者は、キスクという中央の黒い布に覆われた建物の周囲を左回りに7回回る業を行う。 大人に | |
| なってから犯した罪を清める意味があるという。 偶像崇拝を禁 | |
| 止しているイスラム教なので、カーバの壁面には、アラーの言葉 | |
| が書かれてある。 |
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| イスラム教徒の生活 |
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| イスラム教には禁忌(ハラム)がある。 厳しく禁止された事物・場所・行為のことで、それを犯せば、罰や死な |
| どの不幸におそわれると信じられている。 イスラム教の場合、神の罰を受けないためにこれを守る。 コーラン |
| の解釈は国や地域、学者によって微妙に違う。 禁止されているものに、次のようなものがある。 |
女性が公の場で肌を出してはいけない。
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| 偶像崇拝を禁止している。 |
| 偶像崇拝とは、木・石・土・金属などで作った像を信仰の対象としておがみ、大切にすること。 イスラム教 |
| では、アラー以外に神は存在せず、崇拝するのはアラーだけである。 したがって、偶像や人間、自然に対 |
| する崇拝は許されない。 ムハンマド本人に対する崇拝も認められない。 |
| 偶像は、神・アラーをおとしめるものだと考え、偶像崇拝を禁止している。 イスラム教の寺院には、神の |
| 像は全く見られない。 |
| 酒を飲んではいけない。 |
| 『 コーラン 』 では、酒を厳格に禁止してはいないが、酔ってはいけないとしている。 神を忘れ、礼拝を怠 |
| ることにつながるからだ。 しかし、エジプトやトルコなどには国産のビールがあり、国民の間に飲酒が定着 |
| している国もある。 こうした国ではイスラム過激派・政治運動家が飲酒の習慣に反対している。 |
| 同様、神経を刺激するという理由で麻薬の使用も禁じられている。 |
毎日新聞・2002年2月の記事より
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イスラム教国・パキスタンは禁酒国である。 空港でアルコールの持ち込みが見つかれば没収である。 |
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紙パックの日本酒を見破られた日本人もいる。 禁酒国ではあるが、国産ビール工場がある。 キリスト |
| 教徒など人口の約3%を占める非イスラム教徒やイスラム教徒ではない外国人は登録すれば購入でき |
| る。 ムシャラフ大統領は穏健派のイメージがあり、最近は税関でのチェックがゆるんできているそうだ。 |
| 豚肉は食べてはいけない。 |
| 理由は「コーランに書いてあるから」=神様がダメと言っているから食べないというのだ。 宗教とはそういうものである。 コーランには理由は書いてないが、ブタは |
| 不潔な動物とされていたことや、ブタ肉が原因とみられる病気がアラビア半島で流行していたためだろうといわれている。 また、カニやエビなどの甲殻類もタブーである。 |
| 牛・羊は食べるが、イスラム風に厳格に決められた儀式にしたがって殺したものでないと食べてはならず、異教徒が殺した動物を食べる ことも禁止している。 具体的に |
| は、頚( ケイ )動脈を切って殺害した動物の肉しか食べてはいけない。 イスラム諸国は、冷凍肉や缶詰を輸入しない。 生きたままの動物を船に積んで、イスラムの方式 |
| にしたがって殺して食べる。 また、羊の頭( 脳みそ )を食べるのは最高の客とされている。 |
| 日本に住むイスラム教徒は肉を食べるのが困難である。 日本の肉屋で販売されている肉は、多くが扼殺( ヤクサツ/殴り殺すこと )されたり、電気ショックで処理されてい |
| るものがほとんどだからである。 ただし、食事に関する規定についてもムスリムに様々な考えがあり、チャーシュ( ブタ肉 )のラーメンが好きな日本で働くイラン人もいる。 |
| 2000年には、インドネシアの味の素で発酵菌の栄養源を作る過程で触媒として豚の酵素を使用していたために日本人技術者1人を含む味の素工場幹部4人が逮捕され |
| る事件が起きた。 |
| ※ ハラール認定 … 「ハラール」とは許されている、合法的な、という意味。 イスラム法において合法なものの事をハラールといい、非合法なもののことをハラームと |
| いう。 ハラール認定とはイスラム教徒が食べてもいい食品を認定することで、認定を得ればハラールマークが発行される。 |
| 左手は不浄の手であり、物の受け渡しに使わない。 |
| 左手は用便の後始末に使い不浄の手になっている。 食事は右手の3本の指で食べる。 イスラム教の国に行ったら、左手の握手はしないように気をつけなくてはな |
| らない。 |
| ばくち( かけ事 ) をしてはいけない。 |
| 『 アラーは商売を許したが、利息をとってはいけない 』 ―― コーランには商売について、こう書かれてある。 |
| サウジアラビアにあるイスラム多国籍企業にアルバラカグループがある。 鉄鋼・機械・農業などの事業 |
| を行うが、イスラム教が禁止する豚肉や酒は扱っていない。 アルバラカグループの銀行は無利子銀行 |
| である。 コーランの教えにかなっているとして、イスラム教徒はこぞって預金をしている。 この銀行では、 |
| 預金で集めたお金を運用している。 企業のために機械を買って、貸すなどの方法をとる。 企業が利益を |
| 上げれば、機械の代金と手数料を払ってもらい、その機械は企業の所有物になる。 企業が損をすれば、 |
| 機械を引き上げ、銀行もいっしょに損をすることになる。 銀行は企業と利益・損失を共にするのだ。 |
| 預金者は、利子の代わりに銀行から配当を受けるしくみになっている。 銀行が資金運用で利益を上げ |
| たら、銀行2割、預金者8割で還元する。 銀行が運用に失敗したら、預金者は元本割れもありうる。 預金 |
| 者・銀行・企業の3者が等しく利益と損失を分かち合うシステムがある。 |
| エジプトのファイサル・イスラム銀行では、預金に利子がつかないばかりか、酒・たばこメーカーへの投資 |
| はしない。 また、豚の毛を使ったブラシ製造業者への投資を持ちかけられたこともあったが、断った。 |
| 業績の方は着実に伸びており、1996年〜1999年の3年間で純利益は50%増えた。 |
| エジプトでは利子がつく普通の商業銀行も営業している。 エジプト人の中には、普通の銀行とイスラム銀 |
| 行の両方に預金している人もいる。 |
【イスラム教における結婚】
| 結婚は商取引と同じく契約が必要である。 契約式では、離婚の際の慰謝料も決めておく。 |
| イスラム社会では、男性は最高4人まで女性を妻にすることができる。 が、あくまで例外的な措置で、複数の |
| 妻を迎える時は、それぞれの女性の合意が必要になる。 また、多額の結納金や結婚後の生活費がかかるの |
| で、男性にそれだけの経済力が必要になる。 そして、男性はそれぞれの女性を平等に扱わなくてはいけない。 |
| このしくみができた時は、戦争で多数の男性が死に、妻や子どもが残され、このままでは結婚できない女性が |
| 多く生まれるという状況があった。 一夫多妻は、一種の社会政策として生まれたものだ。 しかし、イスラム社 |
| 会の男性が、みんな複数の妻を持っているわけではない。 2人以上の妻を持つのはまれで、ほとんどの家庭 |
| は一夫一妻である。 |
| また、離婚に関しては、イスラムでは、夫は離婚の意思を3回唱えるだけで離婚が成立する。 |
【ジハード( 聖戦 )】
| ジハード ( 聖戦 )のアラビア語での本来の意味は 「 神の道における努力で、邪悪な欲望と戦い、信仰への |
| 真摯( シンシ )な心を持ちつづけること 」 である。 この大切な信仰を妨げるものが現れたら、命を惜しまずに |
| その敵と戦うようにとコーランは教えている。 |
| 自殺はイスラムの教えに反するが、神の敵と戦う聖戦の中で亡くなるのは殉教とみなされ、天国に迎えられる |
| と考えている。 かつて、ムハンマドはメッカの人々に教えを説いたが、大商人たちから経済的利益を脅かすとし |
| て、迫害を受けたことがある。 622年、ムハンマドはメディナに移住して共同体を作り、かつて、ムスリムを迫害 |
| した者に対するジハードを起こした。 ジハードは個人の義務ではなく、イスラム共同体の集団的義務と考えら |
| れ、イスラム布教の手段とされた。 |
| 長い歴史の中で、ジハードという概念は変化し、今では、イスラムの拡大と防衛のための異教徒との戦いを意 |
| 味する。 そして、政治的な意図でジハードが利用されることがある。 |
| イスラム原理主義 |
【イスラム教徒の変化】
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| 最近、イスラム社会にも変化が出てきた。 |
| 政治面では、ヨーロッパ風の法律を採用し、政治や経済も近代化されてきた。 豊富な資源によって豊かにな |
| り、近代化・産業化が進んだ。 その結果、貧富の差が拡大し、失業やインフレなどの経済問題が発生した。 |
| 政治家は国を私物化し、国民のことを考えず、政治腐敗が進んだ。 |
| また、イスラム社会には欧米文化がいろんな形で入っている。 国や社会によってどれだけイスラムの教えを |
| 守っているか、差がある。 例えば、 「 酒を飲んではいけない 」 とコーランに書かれてあるのに酒を飲む人、 |
| 「 女性は公の席で肌を見せてはいけない 」 のに、肌や顔を出す女性が出てきた。 多くの国では、女性たちは |
| 黒いベールを脱いで社会に進出している。 |
| こうした現状に対して ( これは欧米とつきあうようになったからだ )と考え、 ( 神の前ではみな平等というイスラ |
| ム教の理想・本来の教えに戻ろう )という運動を起こす人が出てきた。 こうした人たちを欧米の人は、イスラム |
| 原理主義と呼ぶようになった。 自分たちでそう呼んでいるわけではない。 したがって、イスラム原理主義の人 |
| たちは、変化の原因となった欧米諸国、特にアメリカを 「 敵 」 とみなしている。 |
| イスラム原理主義者にとって、欧米文化は堕落したものとして映る。 そして、貧富の差が拡大したので、原理 |
| 主義者の組織は、社会福祉に力を入れ、貧しい人たちの支持を獲得している。 原理主義自体は暴力的ではな |
| いが、少数派なので、穏やかな方法では主張を通すことができないと考えている。 その結果、過激な行動に走 |
| る人がいて、欧米主導の中東和平に反対してテロ活動を行うグループもある。 |
| (例) ヒズボラ ( イランの支援を受けてイスラエルに対抗しているレバノンのシーア派民兵組織 ) |
| ハマス ( 1987年結成。 パレスチナ暫定自治を否定し、イスラエルに対するテロ活動を展開 ) |
| イスラム原理主義は主流派ではない。 ハマスの本拠地でのハマスの支持率は17%( 2000年8月 )で、そ |
| の時々の政治・社会状況によっても変ってくる。 経済的に豊かで、自由な社会ではイスラム原理主義は育たな |
| い。 一般のイスラム教徒の中にイスラム原理主義の支持者が生まれ、そのごく一部がイスラム過激派という構 |
| 図で、イスラム過激派への支持率となると、0.01%以下となる。 |
| イスラム原理主義はすべて危険というわけではない。 エジプトのムスリム同胞団、パキスタンのイスラム協会 |
| など穏健な原理主義組織は議会制民主主義を認め、議会に議員を送っている。 |
【テロに走る過激派】
| 1988年8月7日 ――― ケニアとタンザニアの米国大使館付近で爆発テロがある。 |
| ( アメリカ人12人を含む 257人が死亡する ) |
| アメリカは、イスラム原理主義過激派組織によるテロと断定、報復として活動拠点とみられるアフガニスタンと |
| スーダンの施設をミサイル攻撃した。 |
| サウジアラビアは、国防面でアメリカとの結びつきを深めた。 最近は、王族ら約1万人が毎年、アメリカに留学 |
| し、酒を覚え、公に女性と交際するなどしている。 このため、サウジアラビアの世俗化が進んだ。 アメリカの |
| 武器輸出の約半分は中東向けといわれるが、アメリカ企業と兵器購入にからみ巨額の手数料を受け取るなど |
| 政治腐敗も目に余るようになった。 |
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