大学入試のための 政治・経済
     資本主義経済   TERUO MATSUBARA

 日本やアメリカなどの資本主義( 自由主義経済 ) はどのような特色があるか?

  資本主義 ( 自由主義経済 )   社会主義
 特徴
経済活動の自由がある
   会社を作るのは自由だし、何を作るか、
  どれだけ作るか、いくらで売るかということ
  は、各会社が自由に決めていい。
              ( = 自由主義経済 ) 
市場経済 
   商品は、市場における自由競争で売買
  される。 国は市場に介入せず、商品の
  種類・価格・量などは、市場のしくみで決
  定される。
計画経済
   何を作るか、どれだけ作るか、いくらで売る
  か、といった計画は国がたて、各会社に指示
  を出す。 企業が自由に決められない。
私有財産制度を認めている
 ( 生産手段を個人で所有できる )
   ★  生産手段とは、土地・機械・工場など
    商品を作るのに必要なものをさす。
  ↓
 私企業( 民間企業 )が経済活動の中心
生産手段は国有 共同所有( 公有 ) 
   多くは国の所有となっている。 ほとんどの
  会社が国営企業である。 労働者は国の会
  社で働くサラリーマン( 公務員 )である。
  ↓
 国営企業や協同組合が経済活動の中心
資本家と労働者の2階級が存在し、資本
 家が労働者を雇って生産・販売活動を行う。
● 資本家や地主は存在しない。
 ―― 労働者中心の平等な社会をめざしている
● 企業は利潤を追求するため活動する。
● 企業間の自由競争が行われている。
● 利潤は国のものになる。( 利潤動機がない ) 
企業間の競争はない  ―――  ほとんどが
 国営会社なのだから、競争する必要がない。
● 企業間の自由競争は否定されている。
政治的には
● 複数の政党を認めている。
● 議会制民主主義をとっている。
● 言論、表現、思想の自由などがある。
共産党の一党独裁体制をとる 
● 人々の自由が抑えられている
● 国民への情報を制限している
冷戦
時代の
主な国
アメリカ   日本   カナダ   韓国
イギリス   フランス   西ドイツ
イタリア   オランダ   オーストラリア
ソ連   中国    キューバ    ベトナム
北朝鮮    東ドイツ    ハンガリー 
ポーランド   チェコスロバキア   ブルガリア

 ※ ドイツは、冷戦の中で戦後、東ドイツ西ドイツに分かれた。 統一するのは、1990年である。    

 

 

   資本主義の歩み  

【アダム・スミス】

 資本主義は、18世紀後半、イギリスから起こった産業革命を通して成立し、その後、西ヨーロッパやアメリカ、
日本に波及していった。 資本主義経済の特徴を理論的に明らかにし、分業と自由競争の利点を主張したのが
イギリスのアダム・スミスである。 彼は、『 国富論( 諸国民の富 ) 』 ( 1776年 ) の中で次のことを説いた。
 @ 自由放任主義の立場から、従来の特権商人を保護する重商主義を批判し、国家が経済活動に干渉せず
   に自由競争を行わせれば、国富は増大する。 ( 保護貿易主義はアダムスミスの批判対象 )
       ※ 重商主義 ――― 16〜18世紀の絶対王政期には、国王が特権商人を保護して輸出の振興につと
                                    める重商主義政策がとられた。 一国の富の増大は外国貿易の繁栄によってもたら
                                    されるとされ、金銀の獲得が奨励され、国家が貿易を統制し( 保護貿易 )、国内産業
             を保護した。
 A 国家が経済活動に干渉せず、市場での自由競争に任せておけば、神の見えざる手に導かれるように生産
     や消費が調整され( = 予定調和 ) 、結果として社会全体に利益がもたらされる。
 B 経済に対する国家の介入は自由競争を制限し、市場の働きを損ねる。  「 安価な政府 」  「 小さな政府 」
   を理想とし、国家は国防・司法行政・公共事業( と公共施設の配置 )の3つに限るべきだとした。 アダムスミ
  スの国家観は、のちにラッサールによって 「 夜警国家 」 と呼ばれ批判されたが、19世紀の資本主義の基本
  的な国家観となった。
 C 分業の利益を説いて、分業こそが生産力を飛躍的に増大させる。
 このスミスの主張は、当時の市民階級、中でも工場経営者である産業資本家の主張を代弁するものであった。

 

【資本主義の歩み】

 @ 初期( 15〜18世紀 ) 成立期   絶対王政の時代
     商業資本が形成された。 重商主義の下で商業活動によって得た資本である。
     問屋制家内工業や工場制手工業( マニュファクチュア )を特徴とする。
 A 18世紀後半イギリス産業革命以降 ――― 19世紀初めに資本主義は確立
     マニュファクチュアから工場制機械工業となり、産業資本が支配的な資本となった( 産業資本主義 )。
     労働者の労働条件は苛酷で、労働条件をめぐって労働者と資本家の対立が激化し、各地で労働運動が
    展開された。 市場では、小規模な企業による自由競争が行われ、政府が経済活動に介入しない自由放
    任主義がとられた。      
     古典派経済学の始祖アダム=スミスは、『 国富論( 諸国民の富 ) 』の中で、産業資本主義を理論的に
    支えた。  この時に理想とされた国家が、国民生活に何も干渉しない夜警国家( 小さな政府 )だった。
      ↓
 自由競争の結果、競争に負けた企業は市場から撤退し、勝った企業は弱い企業を吸収・合併して規模拡大。
      ↓
 B 19世紀後半 独占資本主義  資本の集積・集中が行われ、少数の大企業が主要な産業を支配する。
     これらの企業は、@利潤を蓄積したり( 資本の集積 )、A他の企業を吸収・合併したり( 資本の集中 )し
    て、企業の規模を拡大していった。 カルテル、トラスト、コンツェルンなどの独占体が結成され、自由競争
    が阻害されるようになった。
     産業資本と銀行資本が結合した金融資本が支配的な資本となり、独占市場が形成された。
     また、この頃、各国は周期的な不況を経験するようになり、市場を海外に求める動きも活発になった。
    企業は過剰な生産物の市場を海外に求め、国家も強力な軍事力によって植民地獲得に乗り出した。 こ
    が、帝国主義である。
      ↓
  貧富の差の拡大、景気変動( 特に、世界恐慌は深刻だった )は、国家として放置できない状態になる。 
      ↓
 C 20世紀 修正資本主義 混合経済ともよばれる ) 
     世界恐慌以降の政府が経済的自由を調整し、国民の福祉を実現しようとする段階の資本主義である。
     国家観でいえば、夜警国家から福祉国家( 大きな政府 )へと転換した。 
     それまでの自由放任主義をやめ、国家が市場に介入して景気変動の調整をし、社会保障などによる
   貧富の格差解消に乗り出した。

 

 

   現代資本主義への変容  

【資本主義の経済思想】

18世紀 産業革命
重商主義  トマスマン
古典派経済学  アダムスミス 『 諸国民の富( 国富論 ) 』 ( 1776 )
19世紀 資本主義の矛盾
マルクス経済学  マルクス 『 資本論 』( 1867 ) 
 リカード 『 経済学および課税の原理 』( 1817 )  
   ※ 比較生産費説・保護貿易 
20世紀 技術革新

自由放任の転換

シュンペーター  『 経済発展の理論 』( 1912 )   ※ 技術革新
ケインズ  『 雇用・利子および貨幣の一般理論 』( 1936 )  ※ 有効需要
フリードマン  『 選択の自由 』 ( 1980 )  ※ マネタリズム

 

 産業革命期のイギリスの経済学者にマルサスがいる。 マルサスは 『 人口論 』を著し、労働者の貧困を問題
にし、人口は等比( 幾何 )級数的に増加するが( 1、2、4、8 ・・・ ) 、食料は等差( 算術 )級数的にしか増加せず
( 1、2、3、4 ・・・ ) 、このギャップが貧困・悪徳の根本原因であるとした。  問題解決には、人口の道徳的抑制
が必要であるとした。

 

 

 マルクス『 資本論 』 において資本主義の構造を科学的に分析し、資本主義から社会主義への変革の必然
 性を論じた。 また、エンゲルスとの共著 『 共産党宣言 』 において、労働者の国際的団結を呼びかけた。

 

 マルクスの考え方は、 『 社会主義経済とその変容 』 のサイトにあります。

 

 19世紀後半から20世紀前半にかけて、技術革新( イノベーション )の大きな波が起こり、資本主義経済は大
きく飛躍した。
 アメリカの経済学者シュンペーターは、『 経済発展の理論 』 において、経済成長の原動力は技術革新( イノベ
ーション ) であると考えた。 彼によれば、経済発展は技術革新から生じ、革新の担い手として少数の人物が企
業者となる。 そして、技術革新は旧来の経済を変革して、新しい価値体系と大量の生産物を作り出す。 企業
が古いものを破壊して新しいものを創造する 「 創造的破壊 」 と技術革新を繰り返すことによって、経済は発展す
ると主張した。

 

 

【修正資本主義】

   1929年 ――― 世界恐慌が始まる。
 アメリカでは、フランクリン・ルーズベルト大統領がニューディール政策を実施した。 これは、アダムスミス以来
の自由放任主義を放棄し、政府の経済活動への積極的な介入を認めたものだ。 資本主義はこれをきっかけ
に、修正資本主義へと変容していった。
 この大転換は、イギリスの経済学者・ケインズの唱えた有効需要の原理に基づいて行われた。
 ケインズは考えた。 道路を作ると雇用が生まれ、労働者に給料が支払われ、その給料で買い物をしてくれる。
消費が増える=要するに、需要が増えるのだ。 しかし、景気が悪いと所得税・法人税などの税収が減るので
政府収入も減り、公共事業ができない。 そこで、国債を発行して公共事業を行えばいいと考えた。 公共事業で
景気がよくなれば、人々の所得が増え、税収が増えるから、そのお金で国債の借金を返せばいい ―― このケイ
ンズ理論を使ったのが、ニューディール政策だった。 彼により、公共事業が景気対策の常識の1つになった。

                   ※ ケインズは、ロシア人バレリーナに恋をして、略奪愛の末に結婚したという。

 

  資本主義の問題点

 

 

 

  社会主義を建設
    ↓
 ( 問題点 ) ・ 品不足、経済停滞 
          ・ 労働意欲の低下が原因で、
         製品の質・サービスの低下
 修正社会主義
  ・市場経済の導入
  ・競争原理の導入
 社会主義の放棄
 資本主義への移行
貧富の差が大きくなる
景気の変動がある
(倒産、失業などの問題)
  修正資本主義   ・ 国家が景気調整のために市場に介入する。 
  ( 混合経済 )      ・ 貧富の差を縮める政策を行う。
 ケインズの考えが根底にある        ( 社会保障制度を整える ) 

 

 第二次世界大戦後の先進資本主義国は、ケインズ有効需要の原理に基づき、景気変動を調整する財政政
策を展開してきた。 ケインズはイギリスの経済学者で 『 雇用・利子および貨幣の一般理論 』 ( 1936年 )を著
し、有効需要の原理を説いた。  
 ケインズの有効需要の原理とは、その国の雇用や国民所得の規模は、市場における有効需要の大きさで決ま
るという理論である。 有効需要は、消費需要と投資需要からなる。 有効需要が市場にあふれれば、モノが売
れ、雇用や国民所得が増大する。 しかし、不足すればモノが売れず不況となり、非自発的失業 ( = 働きたくて
も仕事を得られない人 ) が増大する。 したがって、不況を克服し、完全雇用( = 働く意志と能力を持つ者がす
べて雇用される状態 )を実現するためには、政府が金融政策・財政政策を行い( 財政支出を拡大する、など )
積極的に有効需要を作る必要がある ――― これが、有効需要の原理である。 また、輸出が伸びることも、新
しい投資や雇用を呼び込むので、有効需要としての役割はある。
 現代の資本主義では、政府の有効需要政策により、景気の安定や完全雇用をめざす修正資本主義が一般的
となった。
  <例> アメリカのフランクリン=ルーズベルト大統領は、世界恐慌の時に、テネシー渓谷の大規模な開発を
      行うなど大規模な公共投資を行い、有効需要の拡大に努めた。

 

 第二次世界大戦後には、どの先進資本主義国でも、政府が財政政策を展開し有効需要の拡大を図るようにな
った。 完全雇用を維持し、社会保障を充実させ豊かな福祉国家を築き上げていくことも政府の重要な仕事とみ
なされている。 この修正資本主義への転換は、 「 安価な政府( 小さな政府 ) 」 から 「 大きな政府 」 への転換
である。 
 このように、経済における政府の役割が増大し、民間部門( 私的経済 )の自由な経済活動と並んで公共部門
( 公的経済 )が行う積極的な経済活動への介入が共存している現代の修正資本主義経済は、混合経済と呼ば
れている。

 

【反ケインズの動き】

 しかし、ケインズの考えに沿った政策も、1970年代の石油危機とその後のスタグフレーションの中で多くの批
判にさらされるようになった。 
 景気がよくなっても公共事業を続けたので、政府の財政赤字が増えていく国が多くなった。 建設会社と政治家
の癒着が背景にあり、公共事業を景気回復を理由にやめることができなくなったのだ。 有効需要政策は、物価
上昇や財政赤字をもたらすだけでなく、行政機構が肥大化 して 「 大きな政府 」 を生み出しがちだ。 
 アメリカの経済学者フリードマンは、市場に供給される通貨量のコントロールを重視するマネタリズムを主張し、
ケインズの主張した積極的な公共投資による財政政策を批判した。
 ケインズの政策は財政支出を増大させるので、通貨供給量 ( マネーサプライ )が増え、インフレに結びつくと考
えた。 そこで、経済の安定化のためには、通貨供給量の伸び率を維持するような金融政策が必要であるという
考えが、マネタリズムである。 フリードマンはこの考えに立って、規制緩和や国営企業の民営化などによって、
大きな政府から小さな政府への転換を図り、市場原理を重視( =自由競争を重視 )することが望ましいと主張し
た。
 政府が国債の大量発行で金融市場から資金を調達すると、民間部門の資金調達を阻害する( クラウディング・
アウト効果 )と批判した。 
  「 小さな政府 」 をスローガンとするフリードマンらの主張は、1980年代にアメリカのレーガン政権やイギリス
サッチャー政権で取り入れられ、政府の規制緩和、国営企業の民営化、福祉支出の削減、減税などを実施
した。 
    ※ 1981年、アメリカのレーガン大統領は 「 小さな政府 」 をめざす経済政策 ( = レーガノミクス )を掲
      げた。 しかし、この結果、アメリカは貿易赤字とともに財政赤字も( 双子の赤字 )増大した。
    ※ 日本では、中曽根内閣の下で、国鉄や電電公社の民営化などが行われた。 その後の規制緩和、
      行政改革も、小さな政府をめざす改革である。 1990年代後半の橋本政権から金融ビッグバンが進
      み、その流れは、2000年代になり小泉・竹中路線が継承した。 小泉・竹中路線の郵政民営化は、
      フリードマンの考えが影響している。