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otayori 募集中

国際交流室では留学している皆さんからのお便りをお待ちしています。後に留学を希望する後輩の方々へ、また共立を目指す受験生の方々への情報提供にご協力をお願いします。
メールアドレスを公開下さる方はその旨お書き下さい。  
 
 

             


交換留学生として現在、スイス ジュネーブへ留学中の 二葉愛子さんからのお便りです。


お気にかけてくださってありがとうございます。

今少し風邪ぎみですが、先日母から湯たんぽが届き、心も身体もあたたまっております。

今日は新聞記事に関する授業のテストがありました。

同じ主題の三つの新聞を比較して、答えるものでしたが、とても難しかったです。

明日は、聴き取りのテストがあります。

 

今回は、去年の写真を添付してみました。

@ジュネーブから電車で1時間ほどの距離にあるニヨンへ行ったときのものです。一番右奥にいるのが、元同居人で去年の10月頃ドイツへ帰国したカトリンです。彼女はジュネーブ大学で1年間交換留学を終えたのち、国連のILOでインターンとして働いていました。

私以外の子たちはそこでカトリンが知り合ったお友達で、みんな国連のILOでインターンをしていました。

奥の一番左がガーナ人のデヴォラ、奥の真ん中が韓国人のカイヨン、手前の左がアメリカ人のエイミー、手前右がシンガポール人のポリーです。

Aサン・セルゲ(Saint Cergue)というジュネーブから電車で1時間半ほどのところにある町に行ったときのものです。

この日は、放牧されている牛を、別の新しい草が生えている場所へ移動させる行事が行われていました。大きなベルを首から下げた牛がカランカラン音を鳴らして行列を成してしました。

ここでは、ヨーロッパの甘酒、ホット・ワインを飲みました。甘くフルーティーで、アルコール分はほとんどありません。

B同じ日に撮ったスイスのホルンです。実際にホルンやヨーデルを聞くことができて、とても貴重な体験でした。

Cこれはエスカラードというジュネーブ独自の行事のときのものです。

1602年のジュネーブ独立をかけた戦いで、一人のおばあさんが大量の野菜スープを作って、サヴォアの相手方兵士をやつけたという言い伝えから生まれた行事だそうです。

この日は、兵士が鉄砲を撃ったり、剣をかざしたりというデモンストレーションが行われていました。

もちろん、このすぐ近くで、野菜スープも売っていました。

Dジュネーブの旧市街で取ったものです。この日はカトリンの帰国を前に、みんなでジュネーブの旧市街をじっくり回っていました。

後ろに見えるのがジュネーブの観光名所のひとつジェ・ドー(Jet d'eau)です。



 
















今ジュネーブは、先週から突然冷え込み、毎日雪景色を眺めながら登校しております。今回は、写真を添付してみました。
 
@うちのキッチンからの雪景色です。
A同居人3人とクリスマス・パーティーをしたときのものです。
左の赤毛の子がスイス・ドイツ語圏からきたカーラです。彼女は国際関係学専攻です。
私の後ろで洗い物をしている子はアメリカ人のエリザベスです。彼女は政治学専攻で、交換留学生としてスミス大学から来ています。
右の子が、ロシア人のカティアで、彼女は経済学専攻です。今は博士号を取得するためにHEIという研究室へ通っています。
Bそのときに私が作った、巻き寿司です。サーモンと鮪くらいしかこちらでは手に入らないので、二種類だけですが。少し具が大きすぎて、食べずらかったです。  
二葉愛子


















こんにちは、ジュネーブ大学交換留学生の文芸学部3年の栗原里枝です。
到着してからの連絡がすっかり遅くなってしまい、申し訳ありません。
ご心配をお掛けしました。

みなさん、お元気でしょうか。
こちらは入学試験と結果発表を無事に終え、
来週はオリエンテーション、そしてその次の週からは授業が始まります。
なので未だクラス分けも何もされていません。来週を待つばかりです。
夏休み中に数人、同じ学校(フランス語フランス文化研究所)に通う人とも知り合い
ました。

もうお会いされたと思いますが、前回の交換留学生、大野さんと新田さんにも大変お
世話になりました。
大野さんとは出発の都合上お会いする事ができませんでしたが、
新田さんからは現地でいろいろとアドバイスをいただきました。
私も彼女たちを目指して頑張ります。

では、短くはありますがこれで失礼させていただきます。
授業の内容など、またいろいろと分かり次第ご連絡させていただきます。
それでは。

共立女子大学 文芸学部 仏文コース
栗原里枝


お元気でしょうか。
連絡遅くなり申し訳ございません。
インターネットが最近できるようになりましたが、接続があまりよくありません。
COURS D’ETEも終わり、10月は特にすることなく今はまだ学校が始まる
を待ってます。
田中景子さんとも会いよくしていただいてます。一緒に勉強や食事に行ったりしてま
す。
新田さんにもこっちで色々教えていただき、私も次の人にちゃんと土台を残せるよう
に頑張ります。
色々な手続きも栗原さんと助け合い、今のところ大きな問題もなく無事に過ごしてい
ます。
ここはとても環境が良く、のんびりしていますが
気づけばもう2ヶ月、本当にあっという間です。
悔いのないように貴重な時間を大切に過ごします。

来年こちらに来る人が決まったと聞きました。
どうぞ何でも聞いてください。
力になれることはできるだけやります。

鈴木絵里奈




大変ご無沙汰いたしております。国際交流室の皆様、お元気でしょうか。
私は97年に文芸学部英文学コースを卒業し、ペンシルバニア大学教育学部大学院に進学させていただき、その後99年に卒業いたしました、山田加奈(旧姓:東島)と申します。大変長い間連絡もせずに大変失礼致しました。
 
まず近況報告させていただきますと、未だペンシルバニア州フィラデルフィア郊外に住んでおりまして(8年になります)、職業はと言いますと兼業主婦(ここがミソです。)をしております。幸い日本生まれの国籍だけアメリカ人の主人と二人の娘(4歳と1歳)に恵まれまして、子供の世話やら、学校や習い事の送り迎えやら、趣味の生活をして楽しく暮らしております。それでもご縁があって勉強をさせていただいたのでそれを無駄にするのは勿体無いと思い、時間を見つけては自分が感銘を受けた本を細々と翻訳をして日本で出版させて頂いております。(まだあまり売れていないですが・・・。)
 
アメリカの文化や教育について学びたいと思い、有り余る若さもあって日本を出たものの、日本で言う幼稚園年中の長女には土曜日にフィラデルフィア日本語補習校に通わせ、家族同士の会話で少しでも英語が混ざるとオニの形相で正している自分がいると思うと可笑しくなってしまいます。永住組と言われる私達(いわゆる日系1世になるのですね。)はこちらのコミュニティーにどっぷり浸かってくると子供達に少しでも母国・日本について知ってもらって興味を持ってもらおうと必死になってきました。何せ学校にいる時間が長いとどうしても英語が優勢になってしまい、今では私の英語の発音に真顔でびっくりされたり、直されたりしていますから・・・。(笑)
 
前にも触れましたが、主人の仕事の関係上あまり日本に定住する機会はないかと思いますが、毎年冬の一時帰国の際に是非とも懐かしい交流室に遊びに行かせて頂けたらと存じます。その時は何卒よろしくお願い致します、またかわいい後輩達の為に、私に何か出来る事があったら何なりとお申し付けくださいませ。それではまたお会い出来るのを楽しみにしております。
 
山田加奈





お久しぶりです♪
家に新しいインターコムが届いてました!
ありがとうございます^^

すごいこんなにたくさんの学生が留学しているのですね☆
励まされます。

もうすぐ卒業です(;;)
卒業前に、何でも留学のことや色々とお手伝いできることがあ
りましたらいつでも何でも言って下さい(^^)
私自身も思い出に・経験に色々お手伝いできればと感じていま
す。

ではでは、寒い日が続きますが風邪を引かぬように気をつけて
くださいね♪


たかの あやみ



こんにちは(^^)お元気ですか?私はかなり、元気にやって
います。
私の来ている学校は、カナダのヴィクトリアというところにあ
る、PACIFIC GATEWAY INTERNATIONAL COLLEGE というとこ
ろです。
ここの学校は、ENGLISH POLICYがかなり、厳しく決められて
いて、学校はもちろん、学校のまわり(ワンブロック位)では英
語しか話してわいけません。もし話してると、イエローカード
というものがてわたせれ、ぺナルティーが科せられます。しか
も三枚になったら、退学を命じられてしまうほどです。
日本人同士で英語って、ここに来る前はかなり抵抗を感じまし
たが、みんながしてるので今は何にも感じずに、英語で話して
ます。ここに来ている人たちはみんな、意識が高い人が多いの
で、すごくみんな意欲的で、負けないように頑張っています。
あと、ここ学校では毎月OFFICIAL TOEIC が受けられます。
スコアを残したい人にもお勧めです。

☆授業内容 ☆
午前の授業も午後の授業も必須です。
午前の授業は、レベルによって選べる幅が広がるのですが、ほ
とんどの人が、CONVERSATIONクラスです。
レベルは、初日に、一時間くらいのミニTOEIC(LISTENING&READIND
)と、COMMUNICATION ASSESMENT(会話テスト)を受けて決ま
ります。
全部で6段階です。
レベルが決まって、自分自身しっくりこなかったら、相談にも
のってもらえます(^^)
午前の授業内容としては、Reading、Speaking、Listeningすべ
て、毎日勉強します。なんだか大変そうに聞こえるかも知れま
せんが、本当にここの学校の先生は、いかに楽しく教えるかと
いうのを、すごく考えているので、12時までの午前の授業は、
あっという間です。(^^)V
私のいるレベルIntermediateでは、週に一回自分の意見を書く
「Journal」があります。Writingの力がつきます。
また、一ヶ月に二回、Presentationがあります。speakingの力
がつきます。
また、(まだあるんです*^^)一ヶ月に一回、Book Report
といって、本を読まなくてはいけません。
一週間に一回は、クイズがあり、その週に学んだ文法や、単語
の復習をします。
本当に色々な課題があるので、正直やる気が問題の学校だと思
います。けれど、学ぶ気があれば、本当にいい環境だと思いま
す!!

午後の授業はまた次に送ります(^^)

今日はこの辺で。。。
お返事待っています。

高野綾美
 
 
 
 

ジュネーブ大学に交換留学生として派遣されている田中景子さんより

お元気ですか?
ジュネーブは、冬が早くも到来したようです。
私の手紙が届いたようでホッとしています。
次の希望者の方たちには、参考になっているでしょうか?

さて、いよいよ大学の授業が始りました。
授業は週に4回あり、日本の大学のように必修授業とOPTIONで好きな授業を半期ずつ最低1個選ばねばなりません。
必修授業は、ECRITとORALがあります。
ECRITは、今はDURASの作品の抜粋を読んでいます。
日本の授業と違うのは、派生語を調べたり別の言葉で言い換えたり、
また授業内でDICTEEがあり、書き取ってから自分で何フレーズが考えて
書いたりしています。
ORALは、2人で与えられたテーマで会話をしたり、配られたプリントの熟語を使って
会話をして発表したりしています。
また自分の発言を先生がテープに取って次の授業で、自分が話している中から
文法の誤りを見つけたりしています。
どちらでも言える事は、当たり前のことなのですが、皆とても出来るという事。
初めて授業を受けた時には、カナリの衝撃を受けました・・・・。
今は1週間がたち、慣れ、日々、仏仏辞書と向き合っています。
OPTIONの授業は、私はパソコンを使って問題を解く授業を取っています。
人数が30人くらいで、先生があらかじめパソコンに、その日の問題を用意しておき
各自で解いて、パソコンで答え合わせをするというものです。

私のクラスは、今は30人ばかりで5人が中国人であとは色々な国の人がいます。
アラブの人や、ロシア人、オランダ人など様々です。
ホームスティでは家のパパが毎日、会話をしている時に文法の誤りや発音の
間違いを直してくれます。
今週末は、木曜に授業が終わってから、パパとスイスを1週する予定です。ベルンやチューリッヒ、モントレーに行き、日曜の夜に帰る予定になっています。
今週末は晴れるので、初めてのドイツ語圏への旅行を楽しみにしています。
まだ授業は本格的ではないので、またしばらくしましたら
メールいたします。
 

PART II

お元気ですか?
先日念願の最後の壁だったヴィザが届きました。
先月申請しに行きようやく1ヵ月後の今日届きました・・・。
長かった。。、
本当スイスには悩まされぱなしでした。

色々経験していますね・・。確かに。
望んでしているわけではないのですが、周りの環境が自然に私にそうさせるんですよね。

色々初めは異常気象で、家も見つからず大変な毎日を過ごしていたなと
思います。
もう5ヶ月!!!
早いものです。
私が日本へ帰るのは8月1日なのでまだ留学生活の半分までは
終わっていないと思いますが。
でもフランス語の生活にも慣れ、留学してるんだなぁと最近実感しています。
留学したことで、今まで気が付かなかった日本の良さに
本当痛いほど気が付かされました。
言い方が変かもしれませんが、来年日本に完全帰国してから
日本という国を大切にしていけそうな気がしています。

愛国心とか自分が日本人だという実感は生まれてからこのかた22年
全くなかったので、こっちに来て「日本人です」
という度に、だんだん日本人だという事が嬉しくなってきました。
 

田中 景子
文芸学部4年 仏文学コース

共立女子大学に留学していたエバと・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【中国留学生活 ぴくちゃ〜編】

田代 明子  ( 北京語言文化大学留学中)
 

         

こちらに来た当初、2月に天安門と王府井という都会に行ってきました。
友達は日本人で同じ楼の仲間です。

天安門は本当壮大でした。

スタバ@王府井の写真は感動して撮ってしまいました(笑)
やはり他国だけあって食べ物のメニューは違います。
肝心のコーヒーは万国共通の味で本当美味しかったです!!
基本的に北京のケーキやお菓子類はニセモノの味って感じであまり美味しくないけど
スタバだけは美味しいです。

王府井にあるホテル内の1階、B1階、2階はショッピングモールになっていて
そのB1階で高山茶という台湾の有名な烏龍茶と撮りました。
私はこのお茶がとっても大好きなので北京にあって本当嬉しかったです。
上海にはたくさんあるんですが、北京にはここにしかないっぽいです。

そして王府井の夜景です。
とても都会的で華やかです。
ここは北京でも東の方で、私の大学は西の方にあって遠いです。

こっちにも吉野家を発見しました。
しかしメニューが日本より多くて、これは必殺☆角煮丼です。
とっても美味しかったです。

田代 明子

  
 

【中国留学生活 ぷらいべーと編】

こんにちわ。

さきほど午前の授業を終えました。今日はこれだけなので のんびり過ごします(笑)
こんな私のメール@北京で良ければ共立の留学希望者の参考に是非使ってください。
 

さて、今回は私のプライベートを書きたいと思います。

平日の昼は友達と適当に学内にある食堂やレストランなどで食べ、授業後は家で真面目に勉強か、
それ以外は友達と学校内のカフェで談笑したり(今は気候もいい感じなので外のベンチなんかも利用します。)
(ベンチにはたくさんの外人さんたちが談笑したり勉強したりしています。)学校外にあるCD,DVD,VCD屋に行ったりしています。

こっちはコピー商品が主なのでCD1枚10元(日本円150円)、DVD1枚25元(日本円約380円)でかなり安いです。
違法ですが本物を置いてる店は少ないほどこの違法店が中国にはたくさんあります。映りも普通に本物と変わりありません。
もちろん日本の映画や漫画、ドラマ1話〜最後までや有名な外国映画、韓国も同様といったものが
置いてあります。こちら側としてはかなりおいしい特典ですね。

あとは家でそのDVDを観たり(DVDを観る機械がもちろん必要です)ネットしたりしてます。

こっちの電話はカード式なのでカードを買って電話します。(テレホンカードみたいなものですかね?)
なので、プロバイダー契約をしなくてもこのカードを使ってネットをすることが可能です。

そして夜は友達とご飯食べに行ったり面倒くさい時は出前してDVD観ながらダラダラ食べたりなど(笑)
まぁ軽く引きこもりですね。。。

時々遠いところにも食べに行ったりします。その交通手段は全てタクシーですね。
もう大学の門の前にはたくさんタクシーが待ってるほどこちらではタクシーに乗るのが当たり前です。
もちろん白タクもいっぱいいます。時々安くなるし車がタクシーより大きいのもあり(正規のタクシーは日本で言う軽車くらいの大きさ)
けっこう親切なので(なかには悪い人もいたりする)けっこう利用しますね。

バスや電車もありますが混んでるし中国人はお風呂に毎日入る習慣がないほど汚いので私はタクシーしか利用しません。
料金も初乗り10元(日本円150円)からなので安くて早くて便利です。こちらの車社会のルールはずさんなもので
人より車優先だし制限速度などないのでかなり運転は危ないです。我、先に!といった具合いですね。

休日は家でのんびりしながら勉強したり最近は金、土か日にタクシーで10分の所にある当代市場という
語言大学から一番近いショッピングモールに行ってスタバがあるのでそこで読書したり勉強したりしてます。
私はカフェが大好きなのでここが私の一番落ち着くところですね。語言の近くにはカフェなどないし
あったとしてもまずいしスタバ愛好家の私としてはちょうど良いです。
 

そして私はサッカーのマネージャーをやってるんですよ。
姉が2、3年前にここに留学していた時代の友達がまだここにいてサッカーをやっているんですよ。
もちろん日本人のチームです。同じ語言大学か北京大学か他の大学の学生達の集まりで年も大体同じです。
これがまたとっても楽しいんですよ。みんなサッカーうまいし(負けてばっかりだけど・・)本当おもしろい人達でいい人達で最高です。
毎週土曜か日曜に外人チームや日本人チームと試合してます。

昨日は彼らの友達の韓国人の誕生日会ですごく楽しかったです。韓国式の誕生会は誕生日の人のために、
祝うみんなが1人ずつ大きな器に好きなものを入れるんです。強いお酒だったりケーキだったり・・・などのこっち系。
主役はそれをまずイッキし、ケーキを投げられるんです。本当テレビの中の世界みたいでおもしろすぎでした。
こっちにいるとお酒が強くなりそうです・・・。

最近はこんな感じでちょっと真面目路線から外れていますが、これもまたこれで楽しいです。
でも、学校を休むことだけはしていけないという自覚だけはあるので、これを基に遊びのほうも十分楽しんでいきたいと思います。

話は変わりますが、北京にも今流行の急性肺炎の患者がいます。
うちの大学にも感染者が数人でたみたいでその懸念のために帰国する外国人もちらほらでてくる状態ですが
でもよっぽどのことがない限り移らないので十分気をつけつつ毎日を送りたいと思います。
 

また長く書いてしまってすみません。今日はこんな感じで報告終了したいと思います。
あとで、デジカメ写真を送るので是非ご覧になってください!!

では、さようなら☆
またメールを送りたいと思います!

田代 明子
 
 

【中国留学 キャンパス編】

こんにちわ。
返事遅れてすみません。

 こちらの近況ですが、 毎日かなり楽しく過ごしています。
 留学して本当良かったと心底思うほどです。

 こちらで共立・国際4年の吉野美穂子ちゃんに 出会いました。 同じ大学の人がいてびっくりしました。

 さて、大学についてですが、 2月24日から授業が始まり、 かなり毎日大変です・・。
 月〜金までで 8時〜12時、14時〜16時までのプログラムで 1時限50分授業、 各授業は2時限といった感じです。
 総合、リスニング、リーディング が必修授業です。
 その他に選択授業がとれます。 選択には趣味、発音、漢字、会話、科学、映画、 などがあり、 私は趣味、発音、会話を取りました。
 趣味(先生がかなり癒し系のおじいちゃんでいい感じです。)では 習字や料理や判子作りなどをします。

 クラス分けについては HSKという国家認定の試験(日本でも実施しています) を受け、決まります。
 上級(上)(下)、中級(上)(下)、初級(上)(下) があり、私は初級(下)です。 (上)より(下)の方が上です。
 私的に自分の能力より一歩上のレベルだと思います。 日本人は大概そうみたいです。

 辞書を引くのが当たり前な環境なので 嫌気はしませんが 来た当初はチャイ語が全く分からなくて 理解するにに本当苦労しました・・。
 当然、授業はすべてチャイ語・・・。 生徒皆が理解に苦しんでる時は英語・・。
英語もそこまで喋れない私にとって(日本人にとって) かなりやばすぎでした・・・。

 毎日宿題・予習・復習は当たり前で もちろんやらなければやらないで その分自分に返ってきます。
 だから毎日2〜3時間は勉強してます。 これでももっと勉強しなくてはならないんですけどね・・・。
 (でも今週はダレてしまい 全く勉強しませんでした・・(笑)) でも、不思議と苦じゃないんですよね。 飽きはするけど(笑)時々。

 その成果、 そして一ヶ月が経ち、 慣れてきたからか 最近は授業もかなり楽に聴けます。 もう先生が言ってることは分かるようになってきました。
 最近その変化に気づいたので かなり嬉しいです。

 私のクラスには インドネシア人(別名・インニー)8人くらい、 韓国人2人くらい、 アメリカ人3人、 ヨーロッパ系2人くらい、 日本人7人くらいの
 計20人以上くらい生徒がいます。

 うちのクラスは比較的年齢が上の方ばかり。 インニーは皆25〜才ですね。 なんか皆華教出身らしく かなりのお金持ちなので
 親がビジネスのために こっちに留学させたらしいです。 日本人以外韓国人までもが 英語を普通に分かっているので 本当びっくりしました。
 日本語解釈の教科書と 英語解釈の教科書、2つしかないんですよ。 かなりショックでした。

 先生方は皆いい先生ばかりです。 分からなければ分からないで 親切に教えてくれます。

 そして友達についてですが こちらの方は本当親切です。 逆に日本人の冷たさを指摘されるくらいです。 日本人もいい人ですが
 こちらの留学生に比べれば冷たい気がします。 確かに日本にいた時にはない 温かさがあります。

 私は日本人の友達が圧倒的に多いけれど 香港人(チャイ人)、アメリカ人、韓国人、中国人、インニー の友達ができました。
 特に香港人とアメリカ人といつもいるので チャイ語より英語を使ってます・・。 逆に英語が上達しちゃうんじゃないか疑惑で まぁそんなありがたい
環境にいます。 やはり英語が万国共通語だけあって 北京に限らず、 どこに留学しても英語も上達できると思いました。 嬉しい特典ですね。
 私が住んでる寮ですが 校内で 1ルームにユニットバス付きで 2人部屋、1日7ドルです。 洗濯機とキッチンは 共同です。
 ルームメイトはインニーです。 始めはこのあまりにもの部屋の狭さと プライベートの無さに 本当に辛すぎでした・・・。
でも日本の感覚があっては ここではやっていけないので 捨てたら案外平気になりました。

 ルームメイトはチャイ語、英語、母国語が喋れます。 今日本語を勉強してます。 (というか日本人以外 英語喋れるので本当すごすぎ・・・。)

 1人部屋の希望を出せば 1人部屋になれるので (半月契約ですが) 夏過ぎたら校外の宿舎に1人で住もうと思ってます。
 校外の留学生用宿舎に住んでる子もいます。

 こちらの大学内には 20件以上の寮、 (共同トイレ、バスの所もあり安いです) 留学生用ホテル、図書館、グランド、テニスコート、
 体育館(プール有り)、バレーコート、バスケコート、 売店数件、食堂達、飲食店、 授業がある棟がいっぱいあり、 とっても広すぎです。
 もう15分歩くとか慣れるくらいです。

 これが普通なので 日本の大学が嘘みたいです。

 以上、 長くなりましたが、 こちらの大学についての報告です。 私生活については 後日、パート2として お届けしたいと思います。

 私は留学というものをすごく重く考えていましたが 案外重いものではないということが分かりました。
 多分相当この留学が私に合っていたんだと重います。 日本の大学で平凡に学ぶのは もったいないなぁと思いました。
 正直、私は共立に通っていた時 かなりダレてた方だったと思います。 毎日学ばずに行って帰っての繰り返しで (出席もぎりぎりな方でした・・・。)
 将来のための自分のスキルを作っていませんでした。 そして、それについても悩んでいたし、 だからといって学校では 学ぶ気が起きなくて・・・。
 でも留学して、 かなり良い刺激を受けたし 毎日楽しいし 1年以上留学したいと思えたし。 日本にいた時の私生活の悩みなど 悩まなくて済むし
 皆勉強してるから、 それがあるからか 私も進んで勉強したいと思えるようになれるし まさに私が望んでいた楽園なような気がします(笑)

 こんな感じでまたメールを送ります。 少々誤字脱字がありますが、 ご了承ください(笑)

 では、お元気で♪

  田代 明子









『 海外での体験と交流から感じたこと 』

    00D710 小川淳子 家政学部 食物学科 管理栄養士専攻 4年

「写真にうつっている淳子の笑顔を見ればすごく楽しかったんだろうなってわかるよ。」
部活を休んで海外に行った私を責めていた仲間も、写真にうつる私があまりにも楽しそうで、ついに怒るのをあきらめてしまった。

高校2年のことだった。

庭に松の木が生えているような典型的な日本家庭で育った私も今は「淳ちゃんて純粋な日本人なの?」と聞かれるくらいに海外とつながりをもてるようになってきた。
私は海外の人と出会ったりコミュニケーションをとるのが大好きだ。だからお金と暇さえあれば旅に出るし、旅するために生きている(笑)。最近はもっぱら1人でフラっと出かけるようになった。事前に準備するのは往復航空券のみ、後は現地について人と出会う中で作り上げていく旅のスタイル。泊まる宿すらその場で決めているから残された家族親戚一同、たまったものではない。友人は帰ってきた私を、「淳子、生きてたんだね。」と温かく迎えてくれる。周囲の人間に迷惑をかけつつも、私はこの自由奔放な旅が楽しくてやめられない。10年後の私はいったいどこにいるのだろう。
しかし、私が英語をしゃべれるかといえばたいしたことはない。現地のなまりが加わるとさらによくわからない。きっと現地の人からすれば「この子、こんな悲惨な英語でよく一人旅をしようと思ったものね。本当に大丈夫なのかしら」といったところだろうが、本人はのんきなものである。というのも英語と一口に言っても、世界には色んな英語がある。イギリスの英語とアメリカの英語は違うし、私が大好きなオーストラリアにもdayをダイと発音するような独特の発音がある。私はそれをオーストラリアなまりだと思うのだが、現地の友達は「ちがう!それはなまりじゃない。別の言葉だ。民族がちがうように私たちには私たちの英語があるのだ」と熱弁し、あくまでもなまり説を認めない。例えば英と米で単語がかわることがある。

ガソリン   → gass(米)   petrol(英豪)
エレベーター → elevator(米)  lift(英豪)
などである。またアメリカの英語はRがかかっているので言葉が口にこもりやすい。「アメリカ人よ、もっとはっきり英語をしゃべりなさい。」などという人もいるくらいだから、フランス人の英語も、インド人の英語も、もちろん日本人がしゃべる日本語なまりの英語も、それはそれで一つの英語なのである。
 例えば、海外で暮す日本の若者は口をそろえてこういう。「なんか、現地の人と話すより、アジア人のつたない英語のシャワーをあびてるほうが安心するんだよね」と。だから、英語に対するコンプレックスを持って完璧な英語を話そうとモジモジしているのはもったいない。下手でもいいから積極的に伝えようとすることが大切なのだ。

  英語はあくまでも人と意思疎通するための手段であり、目的でない。コミュニケーションでは言葉以上のものをその人の態度、表情や声の大きさが伝えてくれる。だから大切なのは上手くしゃべることより、相手と分かりあおうとする気持ちや話しかける勇気ではないだろうか。そういった自分の人間性という土台を基礎に、語学力が必要になってくるように思える。言語はあくまでも必要な能力の一つにすぎない。冒険心、好奇心、ユーモアのセンス、適応性、創造力、柔軟性、逆に強い意見をもつことも必要だ。欧米では自分の考えをもち、自分の判断に責任をもつことがより必要とされてくるように思える。

日本にいれば黙っていてもお茶が出てくるかもしれない。しかし“何か飲みたい?”ときかれ“Yes please”というと次は“Tea or coffee?”とくる。内心飲めれば何でもいいと思いつつも“コーヒー”と答える。すると“ミルクとシュガーはいるか”“どれくらい入れたいか?”など次々に質問がとんでくる。一杯のコーヒーを飲むのも楽じゃない(笑)。
 これは文化のちがいだからどちらが良くてどちらが悪いというわけではない。しかしこういった“各国の文化やマナー”を知らなかったがために相手に不快な思いをさせ、関係がギクシャクしてしまうことがある。
 例えばフランスでお店に入る時は自分から店員さんにあいさつをするのがマナーだけれど、知らない日本人は店員さんの存在を無視するかのようにズカズカ入りこんでいく。そうとも知らず注文すると、店員さんの態度は明らかに悪く、時々けんかを売る店員を目撃した。ただ知らなかったために・・・。笑顔で“Bonjour”といってお互い気持ちよくすごしたいものだ。

 また飛行機の中でもマナーについて考えさせられる。英語圏の人は注文の最後に“Chicken, Please”と“Please”をつけ、受け取る時には笑顔で“Thank you”という。それに対し、そういった習慣のない日本人は、乗務員さんの英語に圧倒され、ガチガチに緊張しながら、“Chicken!”とだけいって無言で受け取る。客室乗務員もなかなかやり手だ。そんな人が機内食のフタをあけると、中からはチキンでなくフィッシュがでてくることがある。たかがマナーされどマナー。
 私はH15年3月の旅でショックを受けた。街の広場に何千、何万という人が集まって戦争のデモを行っていたのだ。小さな子どもが折り鶴を頭上にかかげ私の前を歩いていた。 デモそのものというより、私は戦争や平和に関する市民の意識の高さに驚いた。現地に住む日本人の友人と立ち止まった。「なんだか考えさせられるものがあるね・・・。」
 帰国前夜、ステイ先での討論は同じく私に衝撃を与えてくれた。テーマは“ナショナリズム”もとはといえば、私の一言がきっかけだった。「ねぇDave、Daveは仏人なのにアジア好きで差別意識がないんだね。いい意味で私の仏人像をかえてくれたよ。」フランスからの留学生Dave、家の長男で歴史の先生をめざすMartin、ワーキングホリデー中の信吾さんと4人でその夜は熱く語った。
 国民性、愛国心、政治態勢、そして始まったばかりの戦争...。
 特にフランス人のDaveは燃えていた。アメリカの政治を批判し、興奮しすぎて時には涙を流すシーンも。政治のことで涙を流せるほどの情熱がもてるなんて。
 フランス人は政治に対し自分の意見をきちんともつ国民性だと後から知ったのだが、少なくとも私はもっと政治と国際情勢を学ぶ必要があると痛感した。
 政治に疎い私なりに言えたことは、「今回の戦争、アメリカの個人に注目してみると人々はフレンドリーで、ここの人みたいにね。私はアメリカ人好きよ」とか討論が熱くなりすぎた時に「争いより平和がいいわ」と場をなごますことだった。
 その時思った。英語を勉強することも大切だけど、まず日本語で幅広い知識がなければ始まらない。日本で土台作りにはげもうと思った。常に好奇心の塊のような人間でありたい。

海外旅行
1 高2年(夏) 12日間 オーストラリア地球体験プログラム
2 大1年(春)  3週間 フランスと周辺国周遊プログラム
3 大2年(夏)  3週間 アメリカ横断旅行(初自由旅行)
4 大3年(夏) 16日間 オーストラリア横断旅行(初全行程1人旅)
5 大3年(春) 16日間 オーストラリアに暮らす旅(周遊)

アメリカ横断はテロのときでした。NYに1人で行き、友人と合流してNYを出た直後、生命の危険にされされた経験が「いつ死ぬかわからない。やれることは今やろう」という行動力につながった。
 もしあの時日本にいたら、よその国の出来事に思えたことだろう。旅することで世界が身近になった。その時の体験談が運良く本にのせてもらえた
〇 林望『文章術の千本ノック』小学館
 
 
 
 
 

今回はペンベニア大学への交換留学を経てHISに就職された野田さんより、自社のHPにスタッフとして紹介されたとのお知らせを頂きましたのでここに掲載させて頂きます。

 HIS 関東営業本部     新宿NO1     「世界を舞台に活躍したい」
 
 野田 伊保子 ( のだ いほこ )
 共立女子大学 国際文化学部 H14年3月卒業
   H14年4月入社
 

   Q 現在の仕事について教えてください。

 私がいる支店ではほぼ9割のお客様が外国籍の方です。
英語を話していないときはほとんどないといっても過言ではありません。
 お客様に英語でご旅行のご案内をするのですが、自分が勉強してきたことを活かし、英語でコミュニケーションをとる毎日がとても楽しいです。外国籍のお客様からも私の手配に関してお褒めの言葉やお手紙を頂戴することがあり、また再度ご指名いただくこともやりがいを感じる瞬間です。仕事をしていると社会を大変身近に感じ、報酬に対する義務と責任の重さを痛感します。そして「受け身ではなく、自ら進んで行動を起こさなければ何も始まらない」という認識を強く持つようになり、自分自身の成長も感じています。いずれは海外支店で働 けるように、より一層精進していきたいです。

   Q エイチ・アイ・エスの魅力を一言で?

   「磨けば磨くほど光る石」。成長過程にあるためか限りない可能性を秘めた将来性に魅力を感じています。

   Q 就職活動中の皆さんへ

   「簡単に満足しないこと」。私が学生時代に学んだことです。自分で限界を作らずに、かつ自分を見失わず常   に自信と誇りを保ちながら、いろいろなことにチャレンジしてください。失敗は成功のもとです。  
 
 

Penn大への交換留学をおえて・・・
 

“ Just do it, and just be it.” ペンシルバニア大学に留学中、私の部屋の鏡に貼ってあった言葉です。毎日朝起きて最初に目に付くように、そこに貼りました。初めのJust do it.の所はナイキのコマーシャルで使われています。短い言葉の中に深い意味がこめられています。あとのJust be it!というのは、私が勝手に付け加えました。つまり、Just be the person you want to be. ということです。 留学中、私はペン大で言語学とメディアについて勉強してきました。せっかくメディアの勉強をするのだからと、夏休みの間は通信社でインターンとして働いてみようと思い、時事通信社のワシントン支局で実際に仕事をお手伝いさせていただきました。日本人の記者が6人居るオフィスにアメリカ人のアシスタントが1名おり、私の仕事はそのアシスタントのカルロスの補佐でした。時には記者の方からネットを使ったリサーチを頼まれ
たり、ワシントン市内にいる政治評論家でコンタクトの取れる方を探したりするなどの責任ある仕事を任されることもありました。一度は、在米日本大使の邸宅で開かれたメディア向けのパーティーに参加することもでき、大使と直接お話をさせていただいたり、CNNに毎日出ているリポーターの方を間近に見れたりと、なかなかできないような体験をさせていただきました。中でも、一番心に残っているのは、炭素菌の容疑者でニューズウイーク誌で大々的に取り上げられた科学者の家にインタビューに行ったことです。同じビルに入っていた読売新聞社の記者の方と仲良くなり、その方に突然、通訳として一緒に来てくれないかと頼まれたのでした。結局、その取材はプロの記者の方が「申し訳ない」とおっしゃったほど精神的に大変なものとなりましたが、とても良い経験になりました。これは、普段の大学の授業の中では体験できないことです。留学中、学校に通うだけでなく思い切ってインターンをやってみてよかったなと思っています。誰にでも可能性は同じように備わっています。Just do it.の精神で自分の描く姿に近づけるようがんばっていきたいと思います。

Miki Inagaki
 
 

こんにちは。お久しぶりです。お元気ですか?私は元気にしています。今学期が始まって明日でちょうど1ヶ月です。学期の初めにGSEオフィスに授業のことで相談しに行った際、自由にしていいと言われたので、コミュニケーションの授業を5つ取ることにして、その授業のリストを提出しておきました。それ以来オフィスには行っていませんが、来週には一度顔を出しておこうと思っています。

今学期の授業は、本当に面白いです。5つともメディアに関係しているのですが、その内の3つは文化的な観点から、1つは言語学的な観点から、ひとつは社会的な観点から勉強しています。毎日授業が楽しみです。テストを受けられないので、余った時間は図書館に行き、卒論に使えそうな本を読んだりして過ごしています。ちなみに今日は、ノームチョムスキーが講演会を開いたので、それを聴講しました。言語学の神様をまじかに見れて感動でした。

では、またメールします。

Miki Inagaki   (ペン大留学中)
 
 

はじめまして。私は、2001年8月からイギリスのUniversity of LondonのSOAS(School of Oriental and African Studies)というカレッジで1年間大学院入学に向けての準備をし、現在University of East AngliaのMA in Education and Developmentで教育開発学を勉強している篠崎尚子と申します。これから留学される方々や留学を考えている方々に、私の経験が何らかの形でお役に立てることを祈念しつつ、留学生活を通じて感じたことや学んだことを少し書いてみたいと思います。

留学1年目を終えて最も強く感じたことは「この1年は自分との闘いだった」ということでした。私にとって、慣れない土地で母国語以外の言葉で生活するのは想像以上に大変なことでした。私に限らず多くの留学生が感じることだと思いますが、留学前にしっかりと心がまえをしていたつもりでも、実際に始まってみると何らかの形で壁にぶつかり悩むことが多かれ少なかれあると思います。私の場合、なかなか勉強の成果が見られず焦ったり、周りの学生と比較したりして落ち込むことが多々ありました。そうして知らず知らずのうちに自分自身にプレッシャーやストレスをかけ、色々な局面で自分の弱さを痛感するのです。おそらく多くの人が留学にあたって自分なりの目標をたてると思うのですが、今にして思えば私はこの1年、常に「こういう自分でありたい」「こういう成果を出したい」という目標(理想)と現実とのギャップと闘っていたような気がします。

1年を終えて、実際は、留学前に思い描いていたような自分にはまだまだ程遠いというのが正直な感想です。でも、悩みながらも自分なりの目標にむけて1年間精一杯取り組めたという事実は、少なからず自分の中で自信になっているように思います。そして、もちろん目標に向かって努力することは必要だけれども、誰のためでもない自分のために留学しているわけだから、一度に多くを求めようとせずに目標に向かって自分のペースで一歩一歩着実に歩んでいけばよいのだということも、この1年で学びました。

これから留学される皆さんの中には、大きな目標を持って留学にのぞまれる方が多くいらっしゃると思います。それはもちろん大切で必要なことですが、留学に“気負い過ぎ”は禁物です!!小さなことの積み重ねが大きな自信や成果に繋がっていくと思うので、とにかく1日1日を大切に、自分が納得できる毎日を過ごすことをお奨めします。一方、留学を考えている皆さんの中には、何らかの事情で留学を決めかねている方がいらっしゃるかもしれません。でも、本当に実現させたいと思うことなら何年かかっても必ず実現できると思うし、そのための努力を厭わずにできると思います。実際私も、留学を実現するまでに3年かかりましたが、結果的には自分が入学を望んでいた今の大学で勉強することができているので、おそらく大切なのは「どれだけ真剣に留学を望んでいるか」ということなのだと思います。だから、どんな事情があっても目標をしっかり持ち続けて、それを実現させるための努力を続けていけば、必ず道は開けると思います。

留学に際していろいろな不安があると思いますし、実際いいことばかりではなく上手くいかないこともありますが、いい面も悪い面も含めて全てが自分の人生においてとても貴重な経験になると思うので、臆することなくぜひ1歩踏み出して頑張ってみて下さい。何か私でお役に立てることがあれば(特にイギリスの大学・大学院を希望される方や開発学に興味のある方)、ぜひご連絡下さい。
 

篠崎 尚子(E-mail:nshinozaki@uea.ac.uk)

共立女子大・文芸学部卒業
University of London, SOAS・Contemporary International Studiesコース修了
University of East Anglia・MA in Education and Development











お久しぶりです。ご無沙汰してます。私はいまだにデンバーにいます。
最初は英語の先生になるために渡米したものの、もっと何か新しくて面白いことがし
たくなって、今はウエッブデザイナーになるための勉強をしてます。今最後の学期を
ART INSTITUTE OF COLORADOで勉強してます。2年大学の準学士の学位をもらいま
す。
2000に渡米して以来一度も日本に帰ってないので学校に遊びに行く機会もありま
せんでした。今の学校を卒業したらお正月には一度日本に帰ろうと思ってます。
国際交流室のほうはどうですか?ピーターとか植木先生とかまだ学校にいるんでしょ
うか?
今こうやってデンバーにいても、ペンシルバニアでみんなですごした時間は特別で、
あのときの経験があってよかったと実感するときがあります。本当に楽しかったです
よね。

そういうわけでいまは最後の卒業制作に向けて大忙しです。何度も作って作り直して
の繰り返し。いいものができることを願っていてください。

奈緒子
 
 
 

共立女子大学 国際交流室
「海外からのお便り」担当者様

ご無沙汰しております。皆さんいかがお過ごしでしょうか?
以前お便りを出させていただいた卒業生の中田朝子です。

 実は昨年(2001年)5月に留学先のコロラド大学大学院を無事卒業し、その後日本
に帰国して
外資系の企業で半年ほど勤務し、翻訳を含めた英文事務の仕事をしておりました。そ
の間やはり自分のやりたい仕事である英語教師の仕事を探していましたが、最初の頃
はうまくいかないことも多々ありました。また結婚を機に仕事を探す上でも場所や時
間帯も考慮しなければならず、面接でも実際の仕事の話よりも仕事と家庭の両立につ
いて指摘されることも多々ありました。
 12月でその前の会社を退職し、今年になってから就職活動を再開し、いくつかの英
語学校や私立学校に履歴書を出したら、どれも筆記試験を経て最終面接まで行き着く
ようになり、幸いにも現在勤務しております、都内の私立中高一貫校で英語の専任の
仕事に就くことができました。その学校は主に帰国生や外国籍の生徒が多く、国際交
流も盛んに行われている学校なので、自分の経験をそのようなバックグラウンドを持
つ生徒と共有できるという意味でとてもいい環境だと思います。しかしながら、英語
の授業に関していえば、自分が勉強してきた英語教育の理論や実践法を実際の教育現
場で活かすというのは実際とても難しいことだと感じています。少しでも生徒が英語
や異文化に興味が持てるように授業も工夫していかなければならないとは思ってはい
ますが・・・
 今考えると留学していた頃は、自分は沢山の本を読み、論文に討論にそしてプレゼ
ンテーション等を一生懸命やっていたなぁと思います。今となっては幻(?)であっ
たかのような留学生活でしたが、時々思い出しては「今も留学してた時のように努力
しなくては!」と自分に言い聞かせたりもしています。

それではまたメールいたします。

中田朝子
 
 
 
 

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天野亜紀子

アメリカに来て早いもので6年が経ちました。共立在学中に国際交流室のお世話になり、ペンシルバニア大学教育学部大学院への入学が決まったのが、つい昨日のことのように思い出されます。中学生の頃から漠然と留学というものに憧れていたにもかかわらず、大学を卒業するまで思い切った決断の出来なかった私が、今こうしてアメリカの地で暮らし、アメリカの小学生に日本語を教えているという現実は、なんだかとても不思議なことの様に思えます。

ペンシルバニア大学への入学は、共立を卒業する一ヶ月前に決まりました。やったーと思う反面、心の中はどきどきするばかりで、嬉しさと不安が背中合わせの毎日でした。もちろん英語力に不安のあった私が最初に取った行動は、ペン大付属のELPと呼ばれる英語学校入ることでした。大学付属の寮に住み、英語の勉強だけではなく世界中から来た生徒達と出会い、彼らの文化を学ぶことが出来ました。9月に晴れて大学院に入学してからは、1クラスに何十冊もの教科書、討論形式の授業、卒業論文、と今思えば良く消化し頑張れたなあと思うことばかりです。念願のガウンを着て卒業式に参加した時は感無量でした。

卒業後、アメリカで働いてみたいというかねてからの希望で就職活動をし、そのころのアメリカの好景気も幸いして、仕事を見つけることが出来ました。 しかしながら、就職した日系企業のオフィス閉鎖や、労働ビザ取得の問題など、いくつかの大きな問題に直面し、仕事を何度か変えなくてはなりませんでした。卒業後4年間に、フィラデルフィア、ワシントンDCの2都市に住み、職場をニュージャージー州、バージニア州、デラウェア州と3つほど変えているわけですから、いかに物事がスムーズにいかなかったかおわかりいただけると思います。

現在私はデラウェア州ウィルミントンにあるフレンズスクールという私立学校で、幼稚園生から小学6年生までの300人の生徒に日本語を教えています。ここで働き始めて今年で4年目になりますが、クエーカー教のとても落ち着いた歴史のあるこの学校で、毎日楽しく働かせてもらっています。

アメリカの小学校で、日本語の科目を設けているのは非常に珍しいことです。この学校の場合、外国語教育をできるだけ子供が小さなうちから始めよう、という考えから日本語のクラスを始めたようです。スペイン語やフランス語のような主要なヨーロッパ言語ではなく、あまり触れる機会のないアジアの言語を教えることで、子供たちに真の国際化教育を学ばせるといった学校側の積極的な姿勢が伺えると思います。

日本語を外国語として教える・・・興味はあったものの実際教えてみて、これほど難しいことはないなあと改めて実感しています。普段は英語しか話さない子供たち、しかも英語ですら習得段階の途中にある幼稚園生にどうやって興味を持たせるか。この仕事を始めた1年目は、寝ても覚めてもそのことばかり考えていました。しかし悩んでいても前には進まない、日本語を上手に話させることが第一の目的ではない。と自分に言い聞かせ、楽しく外国語に触れられる授業を目指す事にしました。

言葉の授業では、ただ単に教科書に出ている単語を繰り返し発音させるのではなく、体を使って覚えられるような授業を心がけています。例えば動物の名前を学ぶ時に、自分がその動物に成りきったつもりでジェスチャーをまじえながら単語を練習したり、電話の会話でおもちゃの携帯電話を使って練習したり、日常あいさつの練習を創作劇仕立てにしてビデオカメラに録画したり、日本語に親しむことを念頭において授業を教えています。

息抜きには日本から持ってきたドラえもんのビデオを見せたり、けんだま大会をしたり、日本の音楽番組を通して日米のアイドルやファッションの違いを話し合ったり、スーパーの広告をつかって買い物ごっこをしたり、このようなことを通して日本文化にも触れられるような授業もしています。

アメリカの子供達は、日本が真中に位置している世界地図を見るだけで目を丸くするし、2階建てのマクドナルドの写真を見ただけで驚きを示すほど、普段私達が日本でなにげなく見ているもの一つ一つに興味を示してきます。日本に帰国するたびに次は何を持って帰ろうか、そんなことばかり考えています。 

7年目のアメリカ生活、これからもずっとここでやっていくのか、それとも日本に戻るのか、自分の中ではまだはっきりと決断はしていません。ただ私がいつも思うのは、飽きるまでもう少しアメリカでやってみようかなあということ。もちろん人並みのホームシックはあるし、日本の家族や友達にだって泣くほど会いたくなることもあります。でもそれと同じくらいアメリカで暮らす事は新鮮で楽しいし、自分の考えるように出来る生き方が、今の私にある意味で心地よいことは確かです。挫けて嫌になったらいつでも日本に帰って来ることが出来る・・・そんな気持ちできたから今までやってこられたのかもしれませんけれど。こうして元気に海外で暮らしていけるのも、日本にいる家族、友人、そして国際交流室の先生方の支えがあってこそだと思っています。離れて初めてそういう人たちの大切さがわかったような気がします。そういう人たちの支えに甘えながら、もうしばらくはアメリカで暮らしてみようかな、そんな気持ちでいます。
 
 

こんにちは。お久しぶりです。
東京はとても暑いようで皆さんいかがお過ごしですか? 私は、相変わらずの生活をしていますが・・・。

 学校の授業も終わりに近づいてきて、残り少ない授業となってしまっています。 そして、生徒たちの最後の課題 ‘ジュネーヴと自分の町との比較‘について調べたり、みんなの前で発表したりしています。  私は松下さんと発表することになっているのですが、私たちの発表日ももうすぐです。

 私たちの発表のテーマは「ジュネーヴ大学生と共立女子大学生の比較」です。
共立女子大学の情報を少し知りたいので、私のこっちでの活動の報告のかねてメールをしました。
 今、共立女子大学は年間どのくらい人数の留学生海外から受け入れているのですか?? それと私の知る限りでは、スイス・フランス・アメリカ・中国からの交換留学生がいると思いますが、ほかの国からも受け入れていますか? 
あと、もし交換留学生でなくても外国人が共立女子大学で勉強することは可能なのでしょうか?

突然の質問で驚かれたかもしれませんが、申し訳ありません。 詳細のところは発表しないかもしれませんが、質問の時に聞かれたら答える用意もしておかないとなりませんので詳細も自分の頭にいれておく必要があります。
 
 授業の方は、昨日クラスのみんなと「自分にとってのパラダイスとはなにか」というテーマで話し合いました。 話し合うときに録音してあとでみんなで録音したのをきいて、先生がみんなの語学の面での間違いを指摘してくれました。
この勉強のやり方はすごく役に立ちとおもったし、みんなのいろんな意見を知れました。
 私は、まだまだクラスの中では、落ちこぼれであるけれでも、自分がしなくてはならないものはわかっているので、それをこつこつやろうと思って
います。  
  
それでは、この辺で。         和田 有里子  
 
 
 

Dear Kyoritsu International Office,

Hello.It becomes warmer and beautiful season in England these days.
My course seems well these days and enjoy studying at TVU.

I have got a good news. My assignment,which was an essay
style have got the result last week. Luckily, I could pass it. I felt
really pleased to recieve the result because this was the first assignment
for the PG/MA level.I think another assignment will be back on this week
too. Hope it will also pass it.

Anyway, I will do my best for the next step, which I will hand in before
the
summer holiday. We have a month left for this semester.

I am looking forward to seeing you soon.

Yours sincerely,
Kana Ito
 
 
 
 
 

<ペン大での生活を経て得た経験>                                      03/01/2001

共立女子大学―ペンシルバニア大学間の交換留学プログラムを通して得た、私の長年の夢であった渡米留学生活を今あえて振り返ってみると、本当に様々な物事を実際に目の当たりにし、耳で聞き、そして経験してきました。その中から特に学んだことを書きたいと思います。
 それは「何かを始めたり、決断するのにいかなる時も決して遅すぎることはない」ということです。ほとんどのアメリカの学生は毎日自分のやりたいことや夢をめぐって試行錯誤しています。自分の人生は誰のものでもない自分個人のものであり、充実・成功・満足した人生をおくる為に学生達は早くから家族から自立することで己の道を見つけようとしています。型にはまった人生をおくったり、誰かに踊らされたり惑わされたりするのではなく、自分の納得のいく時を過ごすために学生達は毎日自分自身を戦っています。特にアメリカは多種多様な人種、文化、そして言語から成り立っているからでしょうか。自分の外見や元の文化に誇りを保ちつつも、実際に差別を受けている人はたくさんいます。
「そのような愚行をはね返すためにも、まずは己を強くしなければいけない。実力社会の中で生き延びるためにはこれといった一つの強みや能力に磨きをかけ、その道のスペシャリストになること。その道を歩みだす「時」に遅いも早いもない」と彼らは言います。その反面、チャンスは自分の手で導きだし、掴むべきという厳しい面もありますが。
 それでも、そのことに気付かないで人生を終わらせてしまう人もいることを考えれば、そのことに気付いた私はラッキーだったと思います。正直いえば、私のやりたい事は今だ見つかっていません。けれでも、アメリカでの生活がそれを見つけだすまでの時間に耐えうる私自身を引き出してくれました。ここでの経験が私を強くしてくれたと思っています。私がどの道のスペシャリストになるのか?。一寸先は闇ですが、いち早く光を見出すためにも一分一秒を大切にし、自分の成長に役立てたいと考えています。

<ペン大での寮生活について>

 私が滞在している寮はインターナショナルハウスといって、ペン大だけでなく様々な学校において各国から勉強しに来ている学生達で成り立っている寮です。私がオンキャンパス寮、つまりペン大内における寮を選ばずにこの寮を選んだのは理由があります。まず、この寮では色々な人に会えるという利点があります。特に文化や言語、人種が違った学生達と知り合える機会が大変多く、今まで見えなかった世界がここにいる人たちと出会ったことで狭く感じるようになり、また大変身近に感じるようになりました。例えば、一つの国の深刻な社会情勢を直接その国からきた人と話すことによって、今まで第3者として流してきた物事が無視できないようになったりと、違う文化を持つ人々にたいして親近感がわくようになりました。また、言語面でいえばこの寮に住む大半の人が英語を第1外国語としています。つまり日常を母国語でない英語で過ごさなければならないという状況が返って英語の上達につながっており、けれどもそのような状況の中でも同じ国からきた、同じ文化を分かり合える人からのサポートと共に言語の壁を乗り越えるという、互いに刺激し合える状況がこの寮には存在します。
 この寮に滞在したことによって、私は言語の壁を乗り越えただけでなく、視野が広くなるなど自分自身の成長にもつながりました。また言語はただの手段で、人種や文化の違いがありながらも人間の基本的な思考は世界共通ということに改めて気が付きました。これを機会に将来は国際関係の仕事につくという目標をもたてることができました。今では私も世界各国の友人がたくさんいます。私が彼らの文化・国に興味を持つのと同じように彼らも私を通じて日本に興味をもつので、私自身も己の国のことを学び直す必要の念にかられていますが、このように互いに刺激しあいながら成長しあう友人関係が、滞米中に得ることのできたかけがいのない宝物です。
 

  共立女子大学国際文化学部
アメリカ文化コース4年
野田伊保子
ihoko@gse.upenn.edu
 
 








2001年 交換留学生として ペンシルベニア大学へ留学
                                     井上 裕美

    「留学先を選ぶときに少し気にかけてほしいこと」

一昨年の語学留学、そして去年からの大学への交換留学、それぞれ九ヶ月の留学を通して、留学を少しでも考えている皆さんの様々な想像を現実に近づけるために、また、少なくとも私の犯してしまった失敗を事前に防ぐための処方箋としてお役に立てればと思っております。また、これから皆さんにお伝えすることは、あくまでも、“私”の感じたことであるので少なからず主観が入ってしまうことは避けられません。ですから、書かれていることをそのまま鵜呑みにせず、まずは自分でそれを噛み砕いてから、飲み込むなり吐き捨てるなり。そして疑問や意見があるときにはEメールでも、手紙をくれても電話でも、誠意を持ってお返事をしたいと思っています。とにかくフランクにいきたいと思います。

 語学学校には色々なタイプのバックグラウンドをもった生徒がいます。大まかに分ければ、大学を休学して自費で何ヶ月間か英語を学ぼうという人。高校を卒業してすぐ渡米し、十分な学力が備わったところで進学する人。また、企業の派遣で語学を学んでいる人。さらに、日本で働いていたけれどやめて進学を考えている、という人。この他にも様々なバックグラウンドを持った人がいるに違いありませんが、ここで私が言いたかったのは、人それぞれゴールが違うということ。留学に対する構え方が違うということが、否応なくあなたのゴールを見失わせてしまう可能性がある、ということです。特に一年間を“長い”と考えている人はあっという間に過ぎていく月日に圧倒されるかもしれません。留学をする目的、たとえば、「英語を話せるようになりたいから」「TOEICの点数を上げたいから」「大学(院)に行きたいと思っているから」等々、明確なものがなければ“きっかけ”を思い浮かべてみてください。その構え方次第でどんな風にも留学は変わってきます。

それでは具体的になにがそんなにあなたを圧倒させるか。ここでまず始めに生徒数のことをお話します。生徒の数が少ないと、先生の目が生徒一人一人に行き渡ることは言うまでもありませんが、その分、先生の質も変わってきます。私のいたボストンでは特に夏季は莫大な生徒を抱える為、先生の数が追いつかなくなりアルバイトで先生を雇うようになりました。数は満たされますが、アルバイト感覚で(つまり責任をあまり感じないで)、しかも教えるのと話せることの違いを心得ていない“先生達”がやってきました。勿論そんな先生達ばかりではありませんでしたが、私が言いたいのは、生徒数の多い都市部にはこうした理由から質の低い先生に教わらざるおえない確立が高い傾向にある、ということです。ついでに、ボストンの生徒についてですが、特に大学等の学校の多い地域には、すでに1年以上滞在している生徒もしくは1年以上滞在する予定の生徒が多く、彼らはある種の日本人コミュニティのようなものを作っていて瞬く間に新入生をリクルートし、コミュニティを広げていきました。しかし中には1ヶ月から9ヶ月で英語を習得しようという生徒もいます、そこで留学に対する構え方が変わってくるわけです。例えば、あなたがレポートを提出しなければならないとします。期限は2週間といわれたとしても、実質的にそのレポートに費やした時間はおそらく期限前3日間ではないですか?一方、期限は3日、と言われたら、おそらくあなたはその3日間死に物狂いでレポートを仕上げようとするでしょう(勿論中には2週間と期限が決められても始めの3日間で仕上げてしまう学生もいますが)。つまり同じ時期に費やす3日間でも構え方がまったく違ってくるわけです。同じことが多くのボストンの生徒にいえました。彼らはパーティを欠かしませんし、学校は彼らのミーティングの場と化していました。しかし、せっかくアメリカにいてアメリカの何も知ることなく帰国することほど無駄なものはないと私は思うのです。アメリカに語学学校があってもそこはアメリカではありません。語学学校はどうアメリカと付き合うかの基礎を、またその手段を教えてくれます。

それから、語学学校は世界中から色々なバックグラウンドを持った人が英語を学びに来る、唯一の機関であるので、そういう意味では、色々な国に歩み寄ることのできる貴重な場であると思います(例えば、世界各国の生徒と接したおかげでそれまで新聞の中であまり興味のなかった国際面を、興味を持って読むようになりました)。これらを自分でうまく利用して自分で外へ出て本当の意味での“生のアメリカ”に触れてほしいと思います。日本にいるときに一所懸命自分のできること(単語を増やすなど)をして、語学学校ではできるだけハイレベルのクラスに入り、3、4ヶ月したら、企業にインターンシップをするとか、大学の授業を聴講するとか、地域のコミュニティに参加してみるとか、ボランティアをしてみるとか、自分で切り開いてみてはどうでしょうか、と私は思います。
    inoueyum@gse.upenn.edu
 
 

 







          共立女子大学 国際文化学部 96年3月卒業 天野亜紀子
                      
             ペンシルベニア大学教育学大学院卒業 
                        卒業後はアメリカでの就職にチャレンジ!

私にとって留学とは、自分を試す最後の機会でした。アメリカの大学院は、学生の年齢が幅広く、勉強する機関として認識されています。それだけに授業中の質疑応答も積極的で質問しないといづらい雰囲気がありました。各教官も真剣で講義は毎年工夫が凝らされ、授業後も質問はメールで受け付けるという姿勢です。
        
海外への一人旅以外、共立時代は何もせずに過ごしてきた私がアメリカの大学院を卒業できたことは夢のようです。はじめは専門用語を覚えるのも苦労しましたから。ただ言えることは怖がらずにやってみることが大切だということ。留学したいなら行かないで後悔するよりは行ってダメでも帰ってくる方がいい。
        
現在私はアメリカで就職活動中です。チャンスを与えられている限りは、社会人としてどこまで通用するか試してみたいのです。それには在学中に経験したフィラデルフィアの国際交流団体でのインターンシップが大きな刺激になりました。
     
私が留学の準備をしていたころはTOEFLの学校を探すのも大変でラジオ講座も利用していました。共立は今、TOEFLの授業も充実しているので本当にうらやましいですね。
最後にただアメリカに触れたいだけの留学なら私は薦めません。前述したように外国の大学は勉強を目的としているので物見遊山は周囲の迷惑になるだけ・・。外国にいくことだけが国際交流ではありません。 外国人を自分の仲間として見ることができる人、相手が何をされたらイヤかということをわきまえて接することのできる人が真の国際人だと思います。外国ではこちらを特別扱いしてくれませんし、相手も逆の立場なら決してそれを望んでいないのですから・・・・。
 
 







はじめまして。私は現在コロラド大学大学院に在籍しております。
専攻は言語学で専門はTESOL(Teaching English to the Speakers of OtherLanguages) です。この春学期で卒業予定なので、今3月に行われる卒業試験に向けて日夜勉強に励んでいます。このTESOLのプログラムでは、私の大学の場合クラスメートが現役のESLの先生だったり、以前何らかの形で教職についてた人が多いので彼らの経験談はとても参考になります。私自身も留学する前短期間でしたが共立中学校とその後塾で英語を教えていましたので、その経験が論文を書く時など非常に役に立っています。また大学院に入ってからTA(Teaching Assistant)として中級の日本語のクラスを教えたり、言語学の学科でのColloquiumのコーディネーターをしたり自分の勉強以外でも色々な経験ができてとてもここでの学生生活に満足しています。

私自身留学するまでもまたしてからも苦労の連続で、すんなり大学院に入れたわけでもありません。TOEFLやGREの点数が伸び悩んでもう留学やめようかと思ったこともあります。入ってからも自分の勉強とTAの仕事に追われてつらかったこともありましたが、やはりねばりと努力で何とかなるものだと思います。何かお役に立てることがあ
りましたらご連絡ください。

2001年 1月25日

中田 朝子
(共立女子大学文芸学部 平成8年3月卒業)
email: asako29@hotmail.com
 
 







    2000年9月よりジュネーブ大学へ交換留学生として派遣

             共立女子大学 文芸学部 影山真紀子
        
ジュネーブは毎日寒く、雨や曇りの日が続いています。
交換留学の手続きなどの際には大変お世話になりました。月日が経つのは早いもので私もこちらへきて3ヶ月半が過ぎました。夏期講習もあっと言う間に終わり、本格的に授業も始まりました。今年は15年ぶりに学生数が多いらしく私のクラスは約30人います。授業の方はまだ始まって3週間なので、内容もそんなに難しくはありません。ただ、他の国の人達はどんどん自分の意見を言うのに対し、私はききいってしまうのでこれから少しづつでもみんなに負けず、自分の意見を言わないと・・・と日々反省しております。内容もどんどん難しくなっていくと思うので精一杯がんばります。
 
生活の方はきいていたとおり、とても治安がよく雰囲気も良いので毎日安心して過ごせます。1年前の交換留学生の大橋身和子さんにも助けていただきつつ毎日楽しく過ごしています。  いろいろと有り難うございました。
とりあえずご報告まで・・・。
                                           2000年11月20日
 
 







    1998年9月より1年間 ジュネーブ大学へ交換留学生として派遣

             共立女子大学 文芸学部 島村 麗
 

共立の夏期研修団の皆さんが帰国されてから早くも1ヶ月が経ちましたね。私のジュネーブ滞在ももうすぐ3ヶ月を迎えます。月日の過ぎるのは早い物だと思う反面、日本の生活が遠く感じたりもします。それだけこちらの生活に慣れたのでしょうか?
ジュネーブはさすがに国際都市だけあってフランス語だけでなく英語を使う機会も多く、日々悪戦苦闘しながら会話をしています。
ところで、私は10月2日にCOURS DE TEをおえ、昨日ELCFの登録を済ませました。続いてORAL,発音のテストがあり授業開始となります。これからの9ヶ月間、充実した日々がおくれるようがんばっていきたいと思います。
 
 







共立女子大学 国際文化学部 96年3月卒業 天野亜紀子
                      
              ペンシルベニア大学教育学大学院卒業 

ご無沙汰していますがお元気ですか? 私は毎日元気にやっています。今回のお手紙は新しく決まったお仕事の報告をしたくて書きました。前に手紙に書いたと思いますが9月から三菱重工のニュージャージー州事務所で働いていました。その後何か教育関係の仕事に就こうと思い次の就職先をずっとさがしていましたが、つい数週間前にDEPARTMENT OF STATE(国務省)の中にあるFOREIGN SERVICE INSTITUTEという外交官のための語学研修センターで日本語教師の職につくことができました。
来年、日本のアメリカ大使館で働く人達へ日本語を教えることになりそうです。ずっと日本語教師になりたかったので大変うれしく思っています。大変ですがなかなかやりがいのある仕事です。
それではまたお便りします。
 
 

            ペンシルベニア大学語学学校に学んで・・・。
                                         

   私は、6月から12月、半年間アメリカのフィラデルフィアにいました。第二外国語として英語を学んでいる人のためのプログラムで韓国、台湾、南アメリカの人など、いろいろな国の人と出会いました。たくさんの国の文化に触れられたという貴重な体験もしました。日本ではふつうのことがほかの国の人にとってはとても失礼なことだったり。
   ブラジルのとても仲良しだった友達が最後の日に私に、日本人に偏見があったけど、瑞穂に会えて日本人を見る目が変わった、といいました。ブラジルは日系人が多くたくさんの問題があるそうです。
   ブラジル人のルームメイトや、仲の良かった韓国人に日本のことを教えて、といわれたとき私はあまりに日本のことを知らなさすぎたことにショックを受けました。だから、もっと日本のことを勉強しようと思いました。もしアメリカに行かなかったらそのことに気づかなかったと思います。
   たくさんのすばらしい友達もできました。英語だけでなく私は誇りを持ってたくさんのことを学んだといえます。
                                         
                                                                                                          大久保瑞穂
 

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