一覧へ戻る

トピックス詳細

更新日:2016年04月11日

海外との交流

【渡航報告】ベナン共和国を旅して

渋谷真奈美

 

 2012年3月16日から25日までの10日間、私は西アフリカのベナン共和国を訪れた。

 アフリカと聞いてまず何を想像するだろうか。内戦、貧困、サファリ・・・しかし、ベナン経済の中心地、コトヌーの町並みは私の想像していたものとは全く異なっていた。ゾマホン大使によると、中国資本が流入して、都市部ではだいぶインフラが進んだらしい。白煙を上げて走るバイクや車、物売りの頭に乗せられた大量の商品、店先に山のように積まれたバナナやマンゴー、道端の大きなガソリンの瓶、携帯ショップ、色とりどりの民族衣装を着た人々とバイクタクシーの黄色い制服。空気がかなり汚れているが、街は人とモノが溢れ、活気に満ちていた。

 私が学生の頃、受講していたフランス文学の授業にバクミナさんというベナンからの留学生がいた。美しい民族衣装に身を包み、日本語とフランス語を話す彼女がどんなところからきて、なぜ日本にいるのか気になっていたが、私には話しかける勇気もなく、授業中に一度だけフランス語の間違いを直してもらったきり、彼女と個人的に話すことはなかった。新年度になると、彼女を学内で見かけなくなった。
 それから3 年後、7 月のある日、コースの学生とベナンに行こうという話になった。短期でもいいからベナンに留学してみたいと思ったのだ。私たちがベナンで見たいもの、したいことなどを書き出し、すぐに交流室に相談した。その後、色々な方に説明し、お願いしているうちに企画が完成し、翌年の3月にマーニュ先生がベナンを表敬訪問し、それに私たちが同行することになった。
 べナン到着の翌日、私たちをホテルまで迎えにきてくれたのはバクミナさんだった。彼女は共立での研修を終えた後、ベナンの大学院を卒業し、現在はコトヌーでIT関係の仕事をしている。そして、今年の10月から2年間、日本の大学院で情報工学を学ぶことが決まったばかりだった。なんと彼女は仕事を休んで私たちのガイドを買って出てくれたのだ。

 私がベナンでどうしてもしてみたかった事をここに3つだけ挙げるとすれば、1つ目は現地の日本語学校を見学すること。2つ目はベナンの国立大学で現地語と美術史の授業を受け、外国人留学生用のフランス語の授業を見学すること。そして3つ目は、ベナンの民族衣装を仕立ててもらうことだ。

 まず、バクミナさんの案内で、彼女が日本語を学んでいるコトヌー市内の日本語学校を見学した。ジャパン・ハウスという建物の奥に、15人ほどが入るくらいの小さな教室が1つ。ここがベナンで唯一、そして西アフリカで最大規模といわれるたけし日本語学校である。教壇から見て右側の壁は高さが1.5メートルほどしかなく、天井に繋がっていない開放的な作りになっている。日本語を勉強したい人は誰でも来てほしい、という学校の方針だという。テストの前だったが、お昼のクラスに少しだけお邪魔して、日本語で自己紹介させてもらった。まだ日本語を初めて2年くらいのクラスだったが、ほぼ完璧に聞き取れていた。また、同じ日の夜に見学した上級のクラスでは、ビジネスシーンを想定した敬語表現や電話応対などを学んでいて、そのレベルの高さには非常に驚いた。教室の壁には学校の「心構え」が日本語とフランス語で書かれている。自分の利益だけではなく、他の人のために行動すること、人を敬うこと、努力すること、言い訳しないこと(個人的には一番説明するのか難しいと思う)など、日本人の私が聞いても耳が痛い内容だ。翌日、ジャパン・ハウスの前で近所に住む子供がソーラン節を踊って見せてくれた。確かに、このベナン唯一の小さな日本語学校は日本文化の発信地となっているようだった。

 そして、ベナンに到着して5日目、国立アボメ・カラビ大学を訪問することができた。じつは、ベナン旅行を思いついた日から、ベナンで多く話されているフォン語という現地語を密かに勉強していた。そして、このアボメ・カラビ大学に現地語の授業があると聞き、絶対に受講したいと思っていたのだ。大学のキャンパスは広く、建物の外観も思ったよりも立派である。卒業生のバクミナさんによると、授業料が無料のため、学生数がかなり多く、ひとつの教室に3,000人の学生が集まることもあるという。また、学部によっては制服があるようで、授業を終えたばかりの青いシャツの学生たちとすれ違った。残念ながら、大学に到着した時間が遅く、今回は授業を見学することができなかった。
 ベナンでは植民地時代の名残から、いまだフランス語が公用語であり、行政や学校教育もすべてフランス語で行われている。もちろん、このアボメ・カラビ大学も例外ではない。しかし、元々、彼らにはそれぞれ民族の言葉があり、フランス語は子供の時から学校や家で勉強しなければならないという。確かに、学校が少ない地方を旅した際にはフランス語を話さない人にたくさん出会った。バクミナさんによると、都市部では、多くの人がフランス語を話すが、読み書きが苦手な人も多いらしい。実際、見学をした小学校や幼稚園では、多くの時間がフランス語を習得するのに割かれているという印象であった。すべての教育が母語で受けられる日本では考えられないことである。
 話は戻るが、フランスのインターネットサイトから教科書と会話練習用のCDを買い、一人で始めたフォン語の勉強であったが、後になって、ベナンから来ている留学生に教えてもらえばよかったと後悔した。英語やフランス語とも、もちろん日本語ともまったく異なる言語(例えば、ありがとうはフォン語でA houaunu ka ka/ア ワヌ カ カという)を一から学ぶのは大変で、真面目に文法から始めた私はすぐに挫折してしまい、結局、自己紹介と食べ物の名前をいくつか覚えただけだった。しかし、この現地語の学習を通して、ベナンの日本語学校の生徒や先生方の苦労が想像できた。ネイティブスピーカーが多くないうえに、音源やテキストが少ない。ベナンでもインターネットに接続できるが、非常につながりにくく、オンライン学習も頼りにならない。つまり、私にとってのフォン語と同じように、彼らにとっても日本語はそれほど身近な言語ではないのだ。ところが、バクミナさんは日本を離れて数年経った今でも相変わらず日本語が堪能であったし、また、日本語学校には他にも良くできる生徒がたくさんいたので正直驚いた。幼いころからフランス語を学び、さらに大学に通いながら日本語も学び、日本に留学して、将来ベナンの発展に貢献しようという彼らの志と努力を思うと、すぐにフォン語の勉強を挫折してしまった自分が非常に情けなく感じた。 
 そして、最も楽しみにしていた衣装の仕立てである。ベナンの女性はとてもおしゃれで、身なりに気を使っている人が多いと感じた。日本と同じく「洋服」を着用する女性も多いが、パーニュというアフリカン・ワックスプリントの布で仕立てた服を着る人も多い。バクミナさんも民族衣装のほかに、ジーンズにTシャツ、ワンピースにレギンスなど、さまざまなファッションを楽しんでいるようだった。
 ベナンで服を作る場合は、たいてい、生地屋で布を買い、それを仕立て屋に持ち込んでオーダーする。最もシンプルなものが、ボンバと呼ばれるベナンの伝統的なデザインで、男性は丈の長い上着の下にズボンをはき、女性は長袖の短い上着に長い腰巻を巻く。ボンバの他にも、デザインの凝った自分だけの衣装を注文することができる。バクミナさんがデザインしたという着物風のドレスも素晴らしかった。柄は、幾何学模様、動植物、椅子などの家具や生活用品、飲食物、著名人の顔など様々で、街中の女性たちを見ているだけで楽しい。私もベナン女性のように、バクミナさんと仕立て屋の女性たちと相談しながら、生地を選び、壁に掛けられた大量のカタログの中からお気に入りのデザインを探すこと30分…(実際は、1時間だったかもしれない)大体イメージできたところで簡単な採寸をしてもらう。結局、はりきって2着も作ってしまった。生地が2着分で8,000CFAフラン(日本円で1,300円くらい)。少し多めに生地を買い、余った部分は帽子や腰巻きに使う。仕立て代はデザインによるが、だいたい2着で6,500CFAフラン(約1,000円)だったような気がする。メイドの一か月の給料が6,000円程度といわれるベナンの物価で考えると、決して安い買い物ではない。5日後、完成したものを試着して、その場で直してもらった。その仕事ぶりは丁寧で、細かい指示はしていなかったが、生地の柄を生かしてデコルテの部分に装飾が施されていた。ちなみに、私にとって生まれて初めてのフルオーダーメイドである。後日、バクミナさん行きつけの美容室で女性の編込みスタイルにも挑戦することができた。

 田舎の開放的なトイレや、大量のアリが這うベッド、度重なる停電、断水で髪が洗えない日があったこと、人と家畜と物を乗せた超過積載のバスやタクシーの往来で穴だらけになった道路と人々の運転マナーの悪さに驚き、怖い思いをしたこと、おなかを壊して帰りの飛行機で何度もトイレに立ったこと、今回の旅行のために黄熱病のほかにたくさん予防接種をしたこと、そしてマラリアに注意しなければいけないことなど、よく考えてみれば人生最大の冒険だったわけだが、私がいつか再びベナンを訪れたいと思うのは、ベナンで出会った人々が、明るく親切だったからだろうか。アボメ・カラビ大学の授業が受けられなかったのは残念だったが、ゾマホン大使、バクミナさん、そしてIFEの皆さんのおかげで、ここには書ききれないほど様々な場所を訪れ、現地の人々と話し、共立の特別留学生が生まれた西アフリカのベナン共和国の現状をこの目で見て確かめることができた。確かに、ベナンは発展途上にあり、インフラ、教育、排ガスや廃棄物等の生活公害…課題を挙げればきりがない。しかし、今回の旅を通して、世界には多様な価値観があることを改めて知り、同時に私たちの国や生活について振り返ることもできた。このベナンでの経験、ベナンの人たちから学んだことは、良いことも悪いことも含め、今後の人生に活かしていきたいと思う。ベナンと日本が互いに教え、学び合えるような関係が築ければ……。どのような形になるかはわからないが、今後もベナンに関わっていきたい。

 最後に、私たちのベナン旅行を支えてくださったすべての方々にこの場を借りて感謝の意を表したいと思う。

 


コトヌー


フランス語の授業


採寸中


仕立て屋のカタログ


美容室へ