震災と文芸
文芸学部長 村上 隆(※職名は『共立女子学園報』第44号発行当時))
震災後しばらくして、津波に流され、変わり果てた街のそこここで、家族写真をはじめとする思い出の品々を探し求める人々の姿が報道されました。今はもう失われてしまった日々の暮らしが、確かにかつてそこにはあったのだということを必死に思い出そう、心に刻みつけようとする営みであるようにそれは見えます。
かつて「歴史を貫く筋金は、僕等の哀惜の念」であると喝破した小林秀雄は、次のように語りました。「思ひ出が、僕等を一種の動物である事から救ふのだ。記憶するだけではいけないのだらう。思ひ出さなくてはいけないのだらう」。言葉を失うほどの過酷な情況の中で、彼らが人間らしさを保つために必要なものこそ「思い出」なのであろうと思います。
破壊された原子力発電所の様子を、まるで戦争で、海上から艦砲攻撃を受けたようだと評した人がいましたが、アラブ文学者の岡真理氏は「『戦争』の対義語としての文学」という文章の中で、文学とは「その死を誰にも記憶されることなく死んでいった者たちの人間としての尊厳を担保し続ける」と述べています。
果たして文学が戦争の対義語たりうるか。私には、そうだと言いきる自信も覚悟もありませんがしかし、「文学こそが、ヨルダンへの途上、井戸に落ちて死んだ名も知れない難民の子どもが、井戸の底から最期に目にした空の青さを語るだろう」という彼女の言葉に異論のあろうはずもありません。
文学そして芸術が、安易に〈癒し〉であるとか、大仰に〈鎮魂〉であるなどとは言いますまい。しかし、少なくとも文学そして芸術が、人間の尊厳に深く関わる営みであることを、学生諸君とともに文芸学部に身を置く者として、考え続けていきたいと思っています。
『共立女子学園報』第44号(平成23年7月18日発行)より