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学長メッセージ

入学式式辞(平成28年度)

式辞(平成28年度)

 平成28年度入学式にあたり、お祝いと歓迎の言葉を申し述べます。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。ご列席いただいているご家族の皆様にもお祝いと感謝の意を表したいと存じます。

 新入生の皆さんは、それぞれ大学、短期大学、あるいは大学院で学ばれるわけですが、それぞれの方面でそれぞれに希望がおありのことと思います。その希望を達成するべく、努力していただきたいと思います。本学もそのために全力を尽くす所存です。

 よく、若い人への忠告として、好きなことでなければ長続きしないから好きなことを選ぶように、と言われます。それはその通りなのですが、好きなことの中にもあまり好きでないことが含まれてくることも事実です。たとえ趣味の世界でもそれはありうることで、まして大学での専門となるとなおさらです。好きでないことも含めて努力する、という覚悟が必要です。つまり、好きだから、という動機づけには限界があって、それ以上の何かを持つことが必要になります。
 努力というものは、その言葉の響きは美しいものの、実態は、あまりにも地味で退屈で辛いものです。今日やらなくても明日やればいいのではないかとつい考えたくなります。しかしそう考えているとついにやるときはなくなってしまいます。今日の努力は明日の自分へのプレゼントだと考えてください。明日の自分にプレゼントを贈れば、明日の努力は少し楽になります。毎日、今日の自分は昨日の自分からどのようなプレゼントをもらったか、そして、今日の自分は、明日の自分にどのようなプレゼントをしようとしているのかを考えてください。
 繰り返しますが、努力というものは、いつだって、モタモタしていて格好悪いものです。颯爽とした努力などありえません。企業では高能率を目指しますが、大学での努力は本質的に能率の悪いものです。能率を目指す努力は決して豊かな実を結ぶことはありません。

 では、努力はどの方向でなされなければならないか、という話になります。
 いずれの専攻あるいは専門においても重要なことは、いかにして主観を離れて、客観の世界を自分の内部に持つかということです。その訓練をするのが教育の最終段階だと思ってください。自分の体験からしか発想できないのは訓練が足りないということになります。好きというだけの理由で続けるには限界があると先ほど申しましたが、要するに好きとか嫌いとかいうことは主観の問題であって、そのことのうちにすでに客観性を拒む要素が含まれているのです。ここを克服しなければなりません。皆さんはこれから教養科目や演習科目を通じて、それまでまったく興味のなかったテーマでレポートを書いたり発表したりすることを求められるでしょう。そのとき、ここが勝負なのだと思ってください。興味のない分野については、比較的楽に主観の束縛から逃れることができるので、よい練習になります。そして、考察し、結論に達するためには、根拠がなくてはなりません。根拠は厳密な意味で客観的なものでなければなりません。こういう努力を通じて、初めて自己の内部に客観性を確立することができるのです。

 大事なことは、客観性を確立することによって、初めて自分という存在が見えてくるということです。自分を見るためには、自分を離れなければなりません。むかし聞いた笑い話ですが、パリに住んでいるフランス人でエッフェル塔が大嫌いだという人がいて、その人がそう言いながら毎日長い時間をエッフェル塔で過ごしているので、ある人が、エッフェル塔が嫌いなのにどうしていつもエッフェル塔にいるのだと聞いたら、パリでエッフェル塔が見えないのはここだけだから、と答えたということです。中に入ると見えなくなる、見るためには離れなければならない、という重要な教訓をここに読み取ることができます。つまり、自分から離れられない人には自分が見えていないことになります。つまり、客観性を確立することは、主観性を確立することでもあるのです。
 口で言うのはやさしいのですが、これを達成するのは容易なことではありません。しかし、大学・短期大学での努力はこの方向でなされなければならないこと、そして本学を出たあともこの方向で努力がなされなければならないことは自信をもって言うことができます。なぜなら、それこそが本学で若い一時期を過ごしたことの証だからです。

 皆さんがこれからの努力によって自らを確立し、よってここにご列席のご家族の方々の熱い期待に応えられることを切望いたします。

 これをもって式辞といたします。

平成28年4月1日

共立女子大学・共立女子短期大学
学長 入江和生

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